第11話 仲間のスキルを<追放>する

「あの……ちょっといいですか」

 ギルドマスターレインが、いつのまにか俺の傍らによっていた。

「なんですか?」

「ちょっと……こちらへ」

 ザードとマキ、二人のいないところへ連れて行かれる。

「これを……見てください」


 そういって、ギルドマスターから見せられたのは、マキのステータス。

 その一番下に、俺は目を留める。

 

「これって……」

「思い当たることはありますか?」


 俺はマキと出会った時のことからを思い返す。


「よくわからない……というのが正直なところだ。あまり慣れていない魔法使いの初心者……だと思っていたのだが……」

「ギルドの情報網を駆使して、彼女のことを調べさせて貰いました」

 

 俺は彼女から手渡された紙を見る。

 マキのステータス。

 そこにある内容は、驚くべきものだった。

 

「ご存じでしたが? ディーン様」

「いや、知らなかった」


 彼女の生まれた村は『エベックス村』。

 ビイング王国の辺境、国境地帯にほど近いその村の名前は、血塗られている。

 

「――『血の十日間』」

「彼女は、それの生き残り……もしくは、被害者の身内の可能性が高いです」


 大規模魔力暴走事件の代表格として、その名は夙に知られている。

 俺の<追放>スキルが、潜在的なものだったことを説明するときにも、ザードが引用していた。

 

 まさか、マキが関係者だったとは。

 

「……意外だな」


 俺はため息を吐いた。

 そんな過去があったなんて。

 だが、経緯がそういうものならば、彼女の妙に引っ込み思案でネガティブなところもうなずける。


「私どものギルドでも、この事件は秘密裏に調査しております……できることならマキさんも、我々の監視下に置きたいところなのです」

「それは避けてくれるか」

 俺は明言する。

 彼女をムリに刺激するようなことはしたくない。

 まして彼女は、過去を積極的に俺たちに話そうとはしない。

 まだトラウマを感じているのだろう。

「勿論。――私どもも、信頼でやっておりますので」

「頼む。何かあるときは情報を提供するし、力を借りるかもしれない」

「ギルドとしても、Aプラスランクの冒険者様には助力させて頂きます」

 一応、お耳に入れましたと、頷くレイニー。


「……ええと、ギルドマスター。一つ思いついたのだが……」

「――はい、何でしょう?」


 *  *  *

 

「……あ、ディーン様」

 レイニーの元から帰った俺を見て、マキが手を振った。

「遅かったですね。どうしたんですか?」

 訊ねるザードに、なんでもないと答える。

「もう少しかかるそうだから――マキ、ちょっといいか?」

「……はい?」

 怪訝な顔をするマキ。

「その――マキにも、スキル<追放>を使っておいた方がいいと思って?」

「え」

 声を上げるザード。

「ん、その、何だ」

 俺は言葉を探す。

「……どういう事ですか」

「ノーキンとのパーティとは別れたことになっているが、今後つきまとわれないとも限らない。今回みたいな事例もあるしな。だから、ひょっとして万が一のことがあるから、マキをきちんと元のパーティから<追放>しておかなければと思ってね」

 ちらりと、マキを見る。

 さしあたり不審そうな顔をしていない。

 俺の事を疑っている様子は、ないようだが……。

「マキ、ここでノーキンのゴミ野郎と完全に<追放>で縁を切れば、これから先悩まなくてすみますよ」

 そのとき、ザードが助け船を出してくれた。

 こちらに視線を送ってくる。

「それに、ここで<スキル>を使っておけばディーンの経験点稼ぎになります」

「……ディーン様のためならば」

 そう言って頷くマキ。

 

「じゃあ、納得してくれたな」

 俺はホールの隅によって、一目に付かないようにしてスキルを発動する。

 

「スキル――<追放>」


 手のひらの光が強くなる。

 マキが目をそばめた。

 

「よし、これで<追放>は完了した」

 俺が言うと、マキが安堵の笑顔を漏らす。


「うまくいきましたね」

 ザードが俺のそばに寄る。

「ああ、ありがとう」

「それで、本当は何を追放したんですか」

 バレバレか。

 俺は頭を掻いた。

「ごまかしきれないな」

「ディーンのことだから、マキの害になるようなことはしないと思ったのですが――」

 まあ、いずれ彼女にも話をしなければならないと思っていたからな。

 

 俺は、先ほどのマキのステータスの写しを、ザードにチラリと見せた。

 

「これは――!」

 ザードが口元を手で隠す。

 大声をかろうじてこらえた。

 

 マキのステータス、その最下部にあるスキル。

 

 

 <暗黒魔法>




「<暗黒魔法>は、普通の人間の習得できるスキルじゃない」

「何で、このスキルをマキが――」

「彼女の出身地は『エベックス村』だ」


 ザードの顔色が変わる。

 

「そういうこと――」

「察しが早くて助かる」

「では、ディーンが<追放>スキルを使ったのは――」

「<暗黒魔法>だ。彼女には不要なものだからな」


 通常の人間が使用することのできない<暗黒魔法>は、危険すぎる。

 よくわからないことも多い。

 たとえレベル1であっても、どんな凶悪な魔法が使えるかわからない。

「俺のように、自分でいらないスキルを消していくこともできるが、本人が望まない以上は消すこともできない」

「――たぶん、マキは自分のスキルに気づいていないんだと思います。それがどんな意味を持っているかも」

 庇うようにザードが言う。

 たしかに、マキが自分のスキルに自覚的ならば、暗黒魔法を行使しているだろう。

 ノーキンに無能扱いされることもなく。

 

「あの脳味噌宿便のゴミカスインチキ魔法戦士のノーキンに無能扱いされても、暗黒魔法を使わなかったんだ……」

 ザードが不安げに胸を押える。

 マキの苦しみを想像したのだろう。

「そう。そんなスキルはない方がいいんだ」

 俺は断言する。

 間違えて発動しても困る。

 いつか彼女が、そのスキルと向き合う日が来るのかもしれない。

 でも、それは今日ではない。

「とりあえず、その日までは――<追放>しておけばいい」

 俺は言った。

 

「でも、ディーン。あなた<追放>したスキルって、取り返せましたっけ」

「あ」

 しまった。そこまで考えていなかった。

 何となくできるかも、と思っていたのだが。

「人のスキル、取ったままじゃいけませんよ」

「練習しておきます」

 頭を下げる俺。

 

 その時。

 

「ディーン様、ザード様、マキ様! お客様がお見えでーす!」


 レイニーの声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る