第2話 <追放>スキルに目覚めた男、さらなる追放を求める

「ディーンが……ディーンが追放されるなんて……」

 扉の奥に立っていたのは、パーティの回復役、ザード。

 年若いながら、高度な白魔法を駆使する<高位僧侶(アークプリースト)>。

 俺とは、魔法学園時代からの付き合いだ(俺は学園から追放されたが)。

 

「おお、ザード。いいところに来た。これから無能を処分するところなんだ」

 勇者ジーグが笑って言う。

「他の人員の当てがついたんだ。いつまでもこのクズを俺たちのS級パーティにいさせるわけにいかないからな。これで俺たちも、もっと上を目指せるってものだ」

「……貴方、正気ですか?」


 榛色の瞳を怒りに燃やして、ザードはキッと勇者をにらみつける。

 

「な……どうしたんだ。学園時代からの友人だからって、こんな奴に義理立てする必要はないんだぞ」

「気づいてなかったんですか?」

「何をだ? こいつがスキルも何もない、ただのクズだってことにか」

「クズ……」


 言葉を失うザード。


「だってそうだろう。スキルもないし、能力もカス。できることなんてなにもない。ウジ虫以下の存在だ」

「……本気で、そんなことを言ってるんですか」

「何だと?」


 今度は勇者が言葉を失う。

 

「私には分かります! ディーンがほんとうは、すごい力を持ってるって!」

「だって、こいつはノースキルじゃないか」

「それは、きっと何か理由があるんです! ディーンを……仲間を信じられないなんて……」

「……っ……」


 ザードの応酬に、怯む勇者ジーグ。

 

「……とにかく、俺はコイツを追放することに決めてるんだ。ボランもレフも賛成している!」

 そういって、俺に向き直る。

「おい、わかってるんだろうな! 俺はお前を追放した。とっとと荷物をまとめて……」

「もっと……」

「何?」

「もっと俺を、追放してくれないか?」


 俺は思わず、ジーグに懇願する。

 

「は?」

「もう一回、はっきり俺を追放してくれ」


 そう言う俺の目は、ステータス画面から離れることがない。

 たった今、勇者から追放された時、確かにステータス画面が変化した。


「な、何だ」

「今度はもう少し強めに追放してくれ」

「どういうことだ……」


 唖然とするジーグとザード。

 

「どうしたんですか、ディーン。せっかく、追放を取り消して貰おうと思ったのに……」

「おい、追放を取り消すわけないだろう」

「ザード」

 俺は無我夢中で、彼女の手を握りしめる。

「は、はいっ!」

 何故か顔を真っ赤にして、激しく頷くザード。

「俺は、追放されなければいけないんだ。何か……何かが起こりはじめているんだ」

「デ、ディーン……」

 言葉を失うザード。

 

「わ、わかりました。そこまでこのパーティを見限っているということなのですね。それならば私も……」

 なにやらぶつぶつ呟いている。

 

 俺はジーグに向きなおった。

「勇者ジーグよ聞いてくれ。俺は今、スキル『追放』をラーニングした」

「……はぁ?」

 馬鹿にした顔を向ける勇者。

「あらゆるものを追放できる力だ。現に、俺は今、ナイフを『追放』した。

 おそらくこれまでも、俺は『追放』の力を持っていたんだ。

 モンスターがいなくなったことも、罠がすべて無くなっていたことも、これで説明がつく」

「……」

「俺はこのパーティから追放されてはいけない。この『追放」のスキルを、もっと役立てなくてはいけない。

 だから、俺は追放されて、追放を極めるため、追放されてはならないんだよ」

 

「お前が馬鹿なのは、よくわかったよ」

 皮肉気に顔をゆがめるジーグ。

「なんだその、スキル『追放』っていうのは。バカか? そんなものあるわけがない」

「だから……今までモンスターがいなかったり、ダンジョンの壁がなかったり……」

「嘘をつくなら、もう少しましな嘘をつくんだな」

「……」


 だめだ。

 何を言っても、通じる気がしない。

 

「お望み通り、追放してやるよ。二度と、俺たちの前に顔を見せるな」

 ジーグの顔は、軽蔑に満ちていた。

 どうしようもなく、俺は追い詰められていることに気づいた。

 万策尽きた、とはこのことだ。


 俺は黙って、荷物を手に取った。

「それでいい。とっとと出ていけ」

「ジーグ!」

 二人の声を背に受けて、俺は玄関の扉を開いた。


 

「……」

 外はすっかり夜だ。

 街道沿いの一件宿、ほかに寝床にする当てもない。

 かといって、野宿なんてすれば、モンスターの餌食になってしまう。

 仕方がない。夜通し歩けば、街に着くだろう。そこで休んで……あとのことは、その時だ。

 

 ステータス画面には<スキル 追放>の表示。

 

「パーティも何もかも失って……のこったのはスキルだけ……か」


 星空を見上げて、俺はため息を吐いた。

 


*   *   *


「やっといなくなったのか、あの穀潰し」

 ディーンが追放されたあとの宿では、勇者ジーグのパーティが酒盛りをしていた。

 

「目障りだったのよ、あのバカ。いなくなってせいせいした」

 筋肉に膨れ上がった、牛ほどの知性も感じられない戦士、ボラン。

 分厚い化粧でも性格の歪みきったのを隠せない魔法使い、レフ。

 それから勇者のジーグ。

 

 彼らは、これからの彼らを待ち受ける絶望的な運命も知らず、つかの間の無責任な未来予想図に酔っていた。

 

「そういえば、ザードはどうした」

「わからない。散歩でもしてるんだろう。俺たちのパーティに参加できることを感謝しながらな」

「本当に、かまととぶった嫌な娘。どこかにいっちゃえばいいのに」

 いない人間の悪口に花を咲かせる三人。

 最低の品性の持ち主だった。

 

(しかし……)

 杯を傾けつつ、勇者はチラリと卓上を見る。

(さっきあそこに、ナイフがあったような……)

 空のテーブルには、なにものかがあったような痕跡はない。

 どうでもいいことだ。

 しかし、妙に気になった。

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