第3話「迷い猫」

 それから1ヵ月ほど経った。私も仕事はそこそこに。後輩はどういうわけか落ち着きを取り戻して仕事のモチベーションも戻ったようだった。

 そんなある日。家に帰ると、玄関先でなずなが「んぎゃあ」といつもの声で駆け寄って来た。


「ただいまね。なずな」


 その時、なずながやけに遠くを見ながら私のほうに何度も振り返った。


「どしたのなずな」


 靴を脱いで部屋に上がってなずなの頬を撫でるが、なずなは何か含みのありそうな面持ちだ。


「んぎい」


 なずなは声を上げて玄関の奥に行く。


(……なんだろう?)


 私もその後についていく。

 部屋に入ると、なずなの後ろにまた別に猫がいた。


「えっ」


 雑種の猫である。暗い黄土色だ。よく見ると、額に薄い切り傷がある。古傷だろう。


「その子どうしたの!」


 当たり前だがなずなは何も答えない。


(と、とりあえず保護だよね。弱ってたらいけないし)


 私は噛みつきを警戒しながら近づいたが、その猫は当たり前のように寄って来た。

 人に慣れているのだろう。しゃがんだ私の足に頬を擦り付けている。

 ホッとした。面倒には手を焼いたりはしなさそうだ。


「ま、待っててね!」


 私は急いで冷蔵庫に行き、皿を用意して牛乳を注いだ。

 その猫は皿の牛乳を必死に飲んでいた。なずなはその様子を静かに見守る。


(まだ安心できない。体が冷えてたら……)


 私はその後、すぐに風呂場に行ってその猫を洗った。

 その子は特に抵抗する様子もなかった。動物の頃のなずなはかなり嫌がっていたのでこれは意外だった。

 洗いながら、頭の中に何か閃くものがあった。


 ――最近、たまに元々飼っていた猫ちゃんのことを忘れてしまいます。


 ――元々飼ってた? 本物の猫ちゃんのこと?


 ――はい。その子はみかんと言います。2年前まで私が飼っていた本物の猫ちゃんでした。若い雑種です。


「あれ?」


 私はもしや、と思ってその雑種の猫を眺める。

 その子は濡れそぼった見た目で私を見る。


「みかんちゃん?」


 雑種の猫は何も言わない。






【翌日】


 翌日が土日で助かった。

 昼頃。私はすぐに後輩に連絡をかける。すると後輩はすぐに出た。


『あ、もしもし。どうしたんですか先輩』


「あ、実はね。猫ちゃん拾ったの。雑種の」


『え。雑種の猫ちゃんですか?』


 後輩の声色が変わった。やはり雑種の猫というところで察するところがあったのだろう。


「そう。だから『もしかしたら』なんて思って電話したの。みかんちゃんかもしれないから」


「なるほど」


「みかんちゃんだったらあなたに返してあげたいの。だから『これならみかんちゃんだ!』ってわかる特徴とかあったら教えて」


 後輩は1度「うん? えっと確か――」と首を傾げたような声をあげたが、その後は「うーん、うーん」と唸った。


「わかんないの?」


 後輩は「なんかあった気がするんだけどなあ」とまだ唸っている。


「……すみません。覚えてないです。見た目もこれといった特徴とかないですし」


「そ、そっか。まあいいや。またなんかあったら連絡するね」


「わかりました。すみません迷惑かけて」


「いいよいいよ。こっちこそいきなりごめんね。それよりみかんちゃん見つかるといいね」


 後輩は少し暗い声で「はい」と返した。

 私はその声に、どこか後ろ暗い何かを感じていた。


(気のせいかな?)


 私はそう言って、隣で眠る雑種の猫を撫でる。

 すると、私に電撃が走った。


(な、何やってるんだ私は。すぐに病院とか警察とか保健所とかに知らせないと!)


 私はなずなが使っていたケースにその雑種の猫を入れ、外に出た。






【その日の帰宅後】


 病院曰く、その猫にはノミやダニ、感染症は特にないようだった。さらに「人への懐きようから考えると家から出てかなり日の浅い迷い猫ではないか」との結論が出た。

 これを受けて警察署に行くと、「とりあえず預かり飼育。ただし情報の呼びかけは欠かさないように」と言われた。保健所も同じような判断だった。

 要するに、その子は一時的に私の家族になったのだ。


 夕方。私はへとへとになりながら家に帰った。玄関を上がって靴を脱ぐ。

 買ったキャットフードをどさり、と床に置いてケースを開ける。


「お疲れ雑種ちゃん」


 そう言ってケースを開けると、雑種の猫はすぐに部屋の奥に駆けた。

 とりあえずあの子は一旦、私の家族だ。

 差し当たっての問題は名前だ。これが思いつかない。一時的な飼い主とは言え、呼び名がないと困るだろう。


 飼い猫としてはなずなの次である。なずなは確か七草から取った。理由は「なんとなくかわいい」から。

 さて、なずなの次は御形ごぎょうだ。しかしどうもしっくり来ない。名前らしくない。

 何かいい感じのものは……。


「あ、五条」


 御形という呼びからの連想だ。

 いいね、五条。五条ちゃん。


 次の日から、私は五条と遊びながらも情報を呼び掛けた。

 資料には見つけた日、様子、くせ、性別、性格、現在の体調など、とにかくつぶさに書き連ねた。

 しかし元の飼い主らしき人物からの連絡はなかった。

 そんな日々が続くこと1ヵ月。

 私は五条のあることが気になり始めた。






【作者からのお願い】

 次回はこの日の17:00~21:00頃に投稿予定です。

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