学ぶ者は、先を識るまで


 いずこからか呼ばれる声、形無き世界の中で、そっと目を開ける。

 光とも、ましては闇とも異なる空間の中で、浮いてるとも立ってるとも言えない場に私は居た。

 あぁ、賢神からのオツカイかしら?とも思ったが、どうも今回は私だけではないようだ。


 布を被った女性と、うっすら消えかかっている女性・・・あぁ、ニールダとクスちゃんね

 「仮にも私の方が歳も格も上なんだけど、ちゃんはどうかと思いません?」

 「あらあら、ごめんなさいね。でもさりげなく思考を読むのはやめてくれないかしら?」

 「滅多に会えるわけじゃないんだ。少しでも互いを知りたいだろう?」

 見えないけども、うっすら笑いを浮かべてるのはわかる。ちょっとイラっとくる。

 秘匿神クス。様々なものを秘匿する神・・・こいつのせいで読めない本は多い。

 「秘匿の神がよく言った物ですね・・・貴女のせいで見れない書物がどれだけあるか」

 「学べない神ってか?」

 「は?」

 煽りあいに発展しかねない状況の中で、布を被った・・・ニールダが声を挟む

 「秘匿神に学護神。二人揃って、くだらん諍いして・・・静かに出来ない?」

 母のようにも感じるその声に、しぶしぶながらも大人しくする。 

 クスも、流石に引き下がるようだ。

 ただこの感じ、三人とも何故呼ばれたのかまではわかってないようで、沈黙だけが続いている。


 数刻たち、暇だし本でも・・・ここ本無い・・・とか意味のない事を考えていたら、声と共に一人の優しげな男性が現れてくる。

 といっても、その姿は光に包まれ見えたりはしない・・・ただそれでも、私は知っている。

 私達を呼んだ者、賢神キルヒア

 「待たせてすまないね、3人共」

 「キルヒア様、お久しぶりですね」

 「あぁ、クスは本当に久しぶりだね、何千年前だったかな?」

 「さぁ、私は常に隠されてますから・・・それより、わざわざ3人も神を呼んだからには、何か急用でも?」

 うん・・・とキルヒアは一瞬何かを躊躇った素振りを見せる。

 この人が躊躇するなんて、ユリスカロアの馬鹿娘がまた変なことでもしたのだろうか?とも思ったりしたが、それならばもっと呆れた素振りだろう。

 おっといけない、疑問は考えずにいられないからって、目の前から目を背けると聞き逃してしまう。

 「キルヒア様?黙られると、私の学ぶ時間が減ってしまうのですが?」

 「あぁ、すまないエッケザッカ。そう、君達に頼みたい事なんだが・・・ケルディオン大陸の事だ。」

 ケルディオン大陸と聞いて、ニールダはあまりぴんと来ていないようだ。クスはなんか焦ってる辺り、きっと知らないのだろう。

 「神の居ない大陸ですか?」

 仕方ないので私が答える。と言っても、私もあまり多くは知らない。

 「そう、流石エッケザッカ。その本も読んでいたか・・・なら話は早いんだ」

 「まぁ、全然本が無いんであまり知らないんですけどね。大方神の居ない大陸だから、文明も無いんでしょうけど」

 「ふふ・・・君達には、あの大陸であるものを隠してほしい」

 「隠す・・・?」

 「私達に何を秘匿しろというんですか?」

 「私、クス、エッケザッカ・・・隠すだけならエッケザッカは要らなさそうですが」

 秘匿神クス、纏いの神ニールダ。確かにこの二人は隠す事にかければこの世界で類を見ない神格だ。

 対して私は学護神・・・学ぶ神など秘匿とは相反するのだが・・・?と疑問の目を向けてみる。

 「クスとニールダに関してはそうだが、エッケザッカ、君だけは違う」

 「・・・?」

 「今は、何も言うことは無い。だが、君ならきっとわかるはずだ」

 「待ってください、キルヒア様・・・そもそも何を隠すのです?ニールダとクスを使って」

 「それは・・・」

 キルヒアが指を弾くと、その空間の中に一振りの剣が現れ、その周辺を無数の欠片のようなものが囲んでいる。

 見た目こそ、装飾のあるだけの剣にしか見えないが、ぱっと見でも膨大な・・・膨大という表現すら過少とも言える量のマナがあるのがわかる。

 囲ってる欠片にしても、人が扱う「守りの剣」で作られるものとは比べれないほどの力で結界を貼っているのがわかるが・・・。


 「ありえない!それが!ここにあるはずが!」

 それを見たクスは、明らかに狼狽した。

 こんな叫ぶ彼女ははじめてだが、あいにく私は特にぴんとは来ない。ニールダも同じようだが・・・

 「騒ぐんじゃないクス。これは幻影だ、本物じゃない」

 「クスが驚くなんて、よっぽどの物なんでしょうけど・・・それは?」

 キルヒアは、どことなく悲しい顔をしながら、語る。

 「ありえぬはずの剣。3本しかない始まりの剣の四本目、フォルトナだ」

 「もっとも、ここにあるわけじゃなく、置いている場所を今映してるだけだが・・・」

 始まりの剣、流石の私もその名は知っている。

 この世界を作ったとされる始まりの剣。ルミエル、イグニス、カルディア

 その3剣はそれぞれ、人の手に渡り、それを握った者とその仲間達は神と呼ばれる存在になった。

 私達自身、第三の剣カルディアから力を受けたキルヒア様に神にしてもらったのだ、知らぬはずはない。

 現在ではカルディアは既に砕け散った。残るはルミエルとイグニスだけのはず。


 だが、フォルトナは知らない、四本目なぞあるはずがない。

 無論、それを噂のように語る人は居るが、それはただの創作話。そもそも始まりの剣があるなら、4に連なる神が居たはずだし、神々の戦争の趨勢だっていくらでも・・・


 そこまで考えた辺りで、私は一つ気づいてしまった。

 私は、神々の戦いがあったとされる時代には、まだ生まれてはいない。

 ありとあらゆる本を読んだが、それもクスの秘匿された物は読めていない。

 そう、例えば・・・

 「神の居ない大陸。そこに関する記録が無いのって、貴女のせいだったのねクス」

 そう言って、クスを睨む。

 「そうクスを睨まないでくれエッケザッカ。ケルディオンについては私が念を押して秘匿してもらっていたのだ」

 クスは若干恨めしそうにキルヒアを見る。

 「すまない。これは約束だったんだ。だが、もう約束だけを考えていい状況じゃなくなってしまった」

 「約束?」

 「エッケザッカ、ニールダ、クス。君達に頼みたいことは一つだ」

 「ケルディオン大陸である物を世界から、第四の神アウリオンから秘匿してくれ。何も理由を聞かず、何も理由を知らずに」

 




 深い樹海の中、私はうっすら見える空を眺め、背にある建物に腰を掛けながら足を揺らす。

 あれから何百年だろうか。

 キルヒア様は、大破局でフォルトナを求めた第四の神、アウリオンと戦って数千数万の眠りにつかざるを得なくなった。

 そこから50年、3人でやっていたが・・・クスとニールダは先の戦いで、この大陸の信者を失い、姿と力を維持できなくなった。

 私とて、彼らの助けなければ今はもう消えていただろうが、お陰様で一人残業が確定した。

 唯一、キルヒア様の娘のユリスカロア・・・今はユリスが居るが、あの問題児は戦争以外で頼りたくもない。

 先に退場できた二人は少し羨ましくもある。

 長い勤務の中で、キルヒアから聞き出したことや、ノスフェラトゥの話、私なりに探りをいれてある程度の目星はついている。

 だが、もう今の私にそれを確かめる術も、力もありはしない。

 今はただ、あの英雄達がこの扉を開くに値する者になることを祈るだけだ。


 「恨みますよ、キルヒア様。私達は戦いの神ではないというのに、貴方の尻ぬぐいで、神々の戦いに巻き込ませるんですから。」

 「そして、フォルトナ。貴方もですよ?」


 私は何も知らない。何も答えを聞いていない。

 何故フォルトナがあるのか、何故キルヒア様はこんなことをしてるのか、何故キルヒア様は戦った、何故フォルトナを守る、何故私達はここにいる、何故私だけ生き残った。

 

 全て知るその日まで、私は終われない。

 その時まで、世界を終わらせはしない。

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誰かが記す思考録 多良子 @tarako_yozakura

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