ウルティマと名乗った少女

 何もかもが失われ、何も存在しない明日。

 地平線の向こうまで広がる、崩壊した世界。

 昨日と今日の誰かが望み、今では誰もが望む世界になった明日。

 そんな夢を、私は今日も見る。

 見ているのか、見せられているのか。

 最初は考えたものだが、今となってはどちらでもいいだろう。

 

 


 まだ幼い頃の話。

 私を拾い、育ててくれた老齢の魔術師・・・爺さんがその天寿を全うして間もない頃。

 爺さんの書斎の整理をしているとき、ふと眠気に襲われた時、初めてこの夢を見た。

 その時から、この景色は変わらない。何もない、何も存在などしない。

 そんな変哲もない夢。面白味もなく、記憶には残りそうもない夢。

 しかし、不思議なことに、その夢は一片たりとも忘れることはなく、そしてそれを連日連夜私は見た。

 その果てに、幼い私は理解してしまった、これが明日の景色なんだと。


 幼い私には、それを阻止する方法など思いもできなかった。

 ソレが何かを理解しても、ソレが何なのかわかっていなかった。

 しかし同時に、これをそのまま起こしてはならないと、それだけは確信を持てていた。

 普通なら、たかだか夢の景色にここまで考えないのだが。

 たかだか夢と切り捨てるには、私にとって夢の意味が違っていた。


 爺さんは、夢を操作する魔法を研究していた。

 精々セラピー程度の魔法だったらしいが、今はもう使い手も居ないから確かめる術もない。

 時々爺さんは、その魔法の使い方と、その思い出を教えてくれた。

 そんな日々を過ごしたからか、私は、夢をただの虚像だなんて切捨てなどできなかった。

 

 そこから私の探求は始まった。

 夢の元、その惨劇を防ぐ方法を、ありとあらゆる方法を持って。

 ソレが大破局に関連した景色だとはすぐにでもわかった。

 ただ、既に終わったはずの大破局が何故また起きるのか、そもそも誰によって起こされるのか。

 ただの一介の魔術師。ましてや夢幻魔法なんて、ただ夢に起因するだけの事しかできない小娘には、そんなもの見つける事なんて出来なかった。


 結局、私は何も見つけられなかった。

 大破局の阻止なんて大層な事は、私にはできなかった。

 得られたのは、大破局を知る者の絶望と、知らぬ者の楽観論。

 明日を拒み、過去に縋ってでもその先を恐れる悲しみの記憶ばかり。

 そうしてる間にも、毎日見る夢は鮮明になり、時間が無い事だけをひたすら告げる。 

 時間がないという焦りは、私から理性を奪い、決断力だけを高めてしまった。

 その焦りは、世界を救うから、世界を苦しめないという、目的の変質まで招いてしまった。

 或るいはそれが、アレの目的だったのか、何にせよ私は最悪の行動を起こした。

 そして、私は・・・

 



 結末は、もはや記されていない。

 私の魔法は掻き消えたのだから、もう何の意味もない、

 でも、これでよかったのだろうとも思う。

 昨日に縛られた私の術が消え、人は最悪の明日に進みゆく。

 その明日の先に、また明るい日があるのかどうか、私の夢は語らない。

 語られる必要も無いのだろうと、私は思う。

 ただ、この夢の中で、静かに消えていくだけなのだから。


 ただ少し、このままただ消えるのも気に食わない。

 何もかも招き踊っただけの演者で仕舞いなのは、世界にちょっと申し訳が立たない。

 次の演者が揃い立つ今、私に出来ることは多くはないだろうが、手を差し伸べるくらいは許されるだろう。

 アレに一矢報いる。それが私に出来る償いだと思うから。

 そっと、私は夢の外を見る。

 揃った演者が並び立ち、各々の道を歩む姿を見ながら。

 既に折れた夢幻の剣に、ただ一筋の詠唱を刻む。

 夢のような微かな未来が、少しでも近づくようにと、かすかな願いを添えながら。




 私は今日も夢を見る。

 変わることない、終わった世界の夢。

 夢はいつか醒める。いつになれば私の夢は終わるのだろう。

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