第3話 夢の中へ
唐突に目が覚めた。まだ目覚ましはなっていないはず。体を起こそうとして、気がつく。私の体は宙に浮いていた。
「夢か……。何でまたこんな時に……」
私はため息をついた。
私には特技があった。過去・現在・未来・どこか別の場所・全く違う世界、の夢を見ることができる。それだけだったら、誰でもあることだろう。問題は、それが必ず、現在の自分につながる夢であることと、夢を見た理由を理解しないと、夢から覚めることがないことだった。
夢の中の時間の流れは現実とは違う。数年過ごしたつもりが、ほんの一瞬の微睡みだったなんてことは経験したことがあるだろう。夢の時間の流れが速いときはまあいい。ゆっくりできる。問題は逆の時だ。ほんの数時間夢を見ていたつもりが、現実には三日間目を覚まさないことがあった。母が半狂乱になっていたらしいとあとから聞いた。それを助けてくれたのが、当時は生きていた、ばあちゃんとじいちゃんだった。ばあちゃんも昔、同じような力があったらしい。不思議な言葉で私に呼びかけると、私の意識が戻ったそうだ。それからだった。両親が仕事にのめり込み、じいちゃんばあちゃんっ子になったのは。
まあそれはどうでもいい。今重要なのは、じいちゃんのお通夜までに、目を覚まさなければならないと言うこと。
私は、辺りを見回した。いつものように、私は傍観者であるらしい。いわゆる神視点というやつである。基本的に、夢の世界に干渉することができず、見ることしかできない。
いい加減慣れているので、私はゆっくりと周りを見回した。現在地を把握するのは基本中の基本である。
どこかの森の中。時代は……、不明。世界は、多分私のいる世界とは違う、いわゆる異世界。異世界かどうかは、何度も夢を見ているうちに、そこに流れる空気でわかるようになってきた。
魔法に満ちあふれた空気、何もない新鮮無垢な空気、嗅ぎ慣れた、どこか薄汚れたいつもの空気。一番最初に触れるものだからこそ、人としての生存本能がそれを感じ取らせるのだろうと、ばあちゃんは言っていた。
魔法力の満ちた異世界の森の中に、裸でふわふわと浮いているのは、少しばかり不安になる。そこで自分の姿を強く意識した。高校の頃着ていたセーラー服。毎日三年間も着ていたものだから、何よりも鮮明に、明確にイメージできた。 自分の夢である。明確にイメージできさえすれば自分の姿くらいは変えられる。私はJKだった頃の自分の姿で中を漂い始めた。……誰からも認識されるわけではないが。
さて。落ち着いたところで、適当な方向に飛び始めた。適当と言っても、だいたい高度が低い方へ飛ぶと街があることが多い。経験則だった。
予想通り街が見えてきた。中世? 位のいわゆるファンタジー世界の街だ。お約束過ぎて嫌になるが、全く違う科学体系が発達した世界を夢見てしまうと、理解が追いつかなくて苦労する。時間がない時はこのくらいがちょうどよかった。
空を飛んでいてもこの世界の住人からは私は認識されないはずだが、やっぱり地に足がついていないと落ちつかない。地面に降り立つと、街中を散歩し始めた。余裕があるように見えるかもしれないが、内心は結構焦っている。一応念のための手段は用意してあるが、できれば夢を見た理由を知りたい。
街は結構活気があるようだ。冒険者向けとおぼしき武器や道具を売る店、おいしそうな匂いのする酒場、広場を楽しそうに走り回る子供達。ゲームで見たことのある世界そのもの。
広場の真ん中の噴水の縁に腰掛けると、私はじっと待った。だいたいイベントは待っていれば勝手に起きる。
ガーンゴーン。
町中に鈍い音の鐘が響き渡る。
「教団が来たぞー!!」
そこかしこで、おじさん達の声が響き渡り始めた。
子の親たちは慌てた様子で我が子を捕まえると、家の中に押し込む。残された大人達はその場に跪き、平伏していた。
宗教関係かぁ……。私は少しだけ嫌な顔をした。あまり宗教と関わりたくはない。
少し待つと、黒いフードをかぶった一団が広場に来た。黒いフードが多いのは、本当に謎だ。私の世界では、怪しい教団は白いフードをかぶっていることが多いのに……。
フードの集団は、小さな少女を中心に据え、その周りを囲むように跪いた。
「先日お隠れした教皇様の後を継ぐ、新しい教皇様だ!! 全世界に知らしめるべく、こうして旅をしている!! ご尊顔を仰ぐ栄誉を与える!! その眼に焼き付け、世界中に語り継ぐがよい!!」
偉そうなフードが、そう言うと、少女の周りを光が包み、ゆっくりと浮き上がっていく。まぶしくて少女の顔が見えなくならないよう、抑えめの光だった。
村人達は顔を上げ、少女の顔を一斉に見つめる。私も顔がよく見える位置に回り込むと、じっくりと見させてもらった。
美少女と言って差し支えなかった。それも日本人顔。二重のまぶたに長いまつげ。大きめの目にわずかに赤くなった頬。真っ黒な髪は、編み込まれ、リースのように頭を飾っている。
ただ、目つきは美少女と言うにはあまりにも鋭かった。睨みつけるような、威圧するような目。
ああ、今回の原因はこの子か。少女が見えないはずの私の方に視線を向けた。
ぞわり。鳥肌が立つ。
これ、ヤバいヤツだ。
「あなた誰?」
少女はかわいらしい声で、私に問いかけた。周りフード達がざわつく。彼らには私は見えていないようだった。
「見えてるんだ?」
少女は、私の問いかけに、首をかしげた。状況がわかっていないようだ。今のうちに逃げた方がいい。背中を嫌な汗が流れる。
「それ、セーラー服だよね?」
セーラー服を知っている。間違いなく転生者だ。移転者や生まれ変わりかもしれないが、細かい分類はこの際どうでもいい。しかも、神や精霊など、この世のものならざるものと意思疎通をする能力を持っている。教皇と言うだけのことはあるようだ。
「○×△□」
少女は、理解できない言葉を放った。夢であるが故の、ほんわかしたルールの外にある力だ。私が理解できないものは、当然夢の中では私が理解できない出来事となって発生する。
私の体に重力が宿る。いや、強制的に実体化させられた。それを感じ取った瞬間、私はフードの一群の中に飛び込み、突然現れた女に混乱している一群を利用して、あらかじめ想定しておいた逃走用の路地に逃げ込む。
「むだだよ」
ぞっとした。脳内に直接話しかけてきた。
「じいちゃん助けて!」
私は叫びながら、ジグザグと街の中を駆け抜ける。
『……』
何か聞こえた気がした。私の顔に希望が戻ってきたのを自覚した。
『いつまで寝てるんじゃっ。バカ者っ!!』
ばあちゃんの怒号が頭の中に響いた。
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