番外編・二年後・輝くシャテンカーリの復讐方法

 朝日に七色の双眸ゲーミングカラーアイを細めながら、王立魔術学院の荘厳な廊下を歩くシャテンカーリ。結婚を期に辺境伯となった彼だが、年にひと月ほど、学園の特別講師として働くようになっていた。

 朝早くから学業に励む学生たちが、シャテンカーリを見つけては近くから、遠くから頭を下げる。


「おはようございます、殿下先生!」

「おはよう」


 シャテンカーリは笑顔で返した。学園生活を経験することができなかったシャテンカーリにとって、講師として学び舎を歩くのはとても嬉しいことだった。

 余談だが辺境伯になっても、なぜか学生たちは今でも殿下先生という愛称で呼んでくる。慕われる嬉しさとくすぐったさに、自然と笑みが溢れる。


「グリーのおかげだな、僕のこの生活は……」


 妻グレイシア、愛称グリーは誰もが認めるお勉強がそんなにできない。


 具体的に言えば理論立てて考えることと計算と、暗記力が壊滅的だ。

 昔ーーゲーミングカラーに輝いていた婚約者時代にしばらく勉強を教えていたが、へなへなと膝から崩れ落ちたくなるほど、彼女は座学の才能がなかった。


 しかしそんな彼女は、


「殿下のお話なさっているお話が、わかるようになりたくて」


 といい、健気に真面目に一生懸命にシャテンカーリの講義を聞いてくれた。

 わからないからと言って投げ出さない、彼女の姿勢は愛妻の愛しい美点の一つだ。

 美点の一つっていうか……まあ、グリーは全部可愛いのだけど。とはシャテンカーリの弁である。


 ともかく。

 そんな彼女に勉強を教えていたおかげで、王立魔術学院での講師生活はとても順調だった。グレイシアとの出会いがないままのシャテンカーリなら、出来の悪い学生に対して、ここまで親身に噛み砕いて指導はできなかっただろう。


 学部棟にあてがわれた研究室の扉に『在室』のドアプレートをかけ、シャテンカーリは机の前でうんと伸びをする。


「……さて、やるか」


 本に囲まれた場所で研究を行い、未来ある学生たちと接する。

 とてもシャテンカーリは幸福だった。


◇◇◇

 

 そんなシャテンカーリが、昼休みに渡り廊下を歩いていると。

 向こうの方から真っ直ぐにシャテンカーリの方へと近づいてくる者がいた。


「……あれは」


 シャテンカーリは足を止め、目を眇める。

 金髪でタレ目吊り眉の美男子。以前ならば、自分が引け目に感じていたような男が、こちらに向かって歩いてくる。


「クラッゾ・ストレリツィ」

「これはこれは辺境伯、ご機嫌麗しゅう。お目にかかれて嬉しく存じます」


 結婚前のあの花園での出来事を思い出し、シャテンカーリの毛先を染めるゲーミングカラーがパリッと音を立てて輝く。

 クラッゾは大袈裟な態度で、腰を低くして笑顔を作った。

 気味が悪い。

 足を止めないシャテンカーリに食い下がるように、腰を低くした体勢でクラッゾはついてくる。


「あの殿下……そろそろ我が領地の魔力開発にも、ぜひお力添えを願いたく」

「悪いが手一杯でね。他にあたってくれ」

「そ、そこをなんとか! 殿下が助言なさった領地はどこもかしこも、魔術開発でめざましい進歩をとげております、我が領地にも、ぜひ」

「僕の力ではない。彼らが勤勉だから進歩しているまでだ」


 シャテンカーリは魔術による開発で地域発展を目指す領主によるクラブを主催していた。彼らは魔術師としても優秀な勤勉な紳士淑女で、日々遠隔通信を介してさまざまな意見交換を行なっている。

 グレイシアの結婚後、大出世して宮廷魔術師団長になったアルジーベ卿も、もちろん会員の一人だ。


 クラッゾの言う通り、クラブ会員の治める領地はめざましい発展を遂げている。

 しかしそれは、黙ってお願いすれば都合のいい助言をもらえるような甘いものではない。


「君が気になるのであればクラブに入りたまえ。しかし会員全員の承認が必要となる」

「で、でしたらぜひ殿下が」


 ピタリ、とシャテンカーリは足を止める。

 そして口の端を吊り上げて笑ってやった。


「悪いね。僕は岳父殿に弱いのでね。無理だ」


 岳父アルジーベ卿は快活な笑顔で「うっかりのふりしてストレリツィ家の真上に隕石落としたいですなあ! あっはっは」と今でも言っているほど、娘を傷つけたことを心から怒っている。

 許されるには3回くらい隕石で破滅してもーー無理だろうな、やっぱり。


「で、殿下」

「僕はもう辺境伯だ。生徒でもないのであれば、弁えろ」

「!! は、はい、もちろんでございます」

「僕も忙しいものでね。失礼」

「あっ」

「白豚王子に似合いの愛しい食パンに会いに行くのさ」


 微笑んで返せば、彼はみっともなく立ちすくみーーぎこちなく頭を下げる他なかった。


◇◇◇


 シャテンカーリは颯爽と、渡り廊下を通り抜けた。

 校舎に入り、吹き抜けになったホールを通り、広場へと向かう。

 風が清々しい。あちこちから挨拶をしてくる生徒たちに手を振りながら、シャテンカーリはクラッゾの存在を振り払うように大股で歩いた。


 シャテンカーリはクラッゾのことを断罪していなかった。

 手を下すことは、手を下さなければのさばり続けると認めることでもある。


(我が妻を傷つけ続けた家は、いずれ没落するーーあの気立の良い彼女を見抜けない家など、未来はない)


 事実。

 シャテンカーリが辺境伯、そして学院でめざましく活躍しただけで、こうして手のひらを返して媚びへつらって来るのだ。

 もう少し知恵があるならば、シャテンカーリに声をかけることはないだろう。


◇◇◇


 芝生の美しい、よく晴れた運動場の方から凛々しい声が聞こえてくる。

 生徒たちが運動場の真ん中に向かって声援を送る。

 真ん中ではプレートアーマーを着た二名が、模擬戦を行なっていた。


「ハッ! ……トウッ! ヤーッ!!」


 体の大きな男子生徒相手に、ひとまわり以上小さな体の戦士が軽やかに舞う。

 全身を覆うプレートアーマーを着込んでいても、その姿を見るだけでシャテンカーリの心は躍る。


「ぐわー」


 男子学生が吹っ飛んでいく。それを颯爽と抱きとめる様は、そんじょそこらの騎士よりも騎士らしい。

 二人の勝負に拍手喝采が飛ぶ。兜を脱ぎ、美しい銀髪ポニーテールがあらわになる。


「グリー!」


 手を振って存在を示すシャテンカーリに、麗しの女戦士は輝かんばかりの笑顔になる。


「シャーティー様」

「お昼にしよう。今日の定食はカツ丼だそうだ」

「はい」

 

 彼女の耳元には、鮮やかな魔力の花飾りが添えてある。

 花弁はゲーミングカラーに光っている。シャテンカーリが贈ったお守りだ。


「殿下先生ー! カツ丼に誘うってどうなんですかー」

「グリちゃん先生ともっと可愛いの食べればいいのにー」

「可愛いのは週末デートするからいいんだよ! ほら、冷やかすな!」


 生徒たちに冷やかされながら、二人は颯爽と食堂へと向かう。


「……グリー」

「はい」

「うん、君はやっぱり……太陽の下でいっぱい動いているのがよく似合う」

「ありがとうございます」


 出来立ての食パンのような真っ白で柔らかな頬で、彼女ははにかむ。


「でも私、輝いてるなら太陽より、輝いてる殿下の方がずっと好きです」

「太陽と比べられるとは、光栄なものだな」


 グリーの微笑みに、シャテンカーリは己の復讐方法が間違っていないと確信する。

 裏表のない、実直な彼女のそばで手を黒く染める必要はない。

 真っ直ぐ太陽のように強い光であらんとすれば、彼女は輝くし、悪は滅びる。


「それが、僕なりの戦いかただ」

「シャーティー様も武術をはじめられたのですか」

「はは、違うよ。別の話さ。……でも武術もいいな」

「やりましょう」

「僕には何が似合うと思う、グリー」

「そうですね……」


 シャテンカーリは愛しい妻の柔らかな手を握る。

 そしてゲーミングカラーの色が残る、淡い七色の瞳を細めて笑った。


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ゲーミングカラー白豚王子との幸福な結婚 まえばる蒔乃 @sankawan

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