第15話 ゲーミングカラーの真相

 ーー滝壺の空間にはいつしか空中に浮かんだ東屋ができていた。

 全回復してぴかぴかになった二人の前に、長い銀髪に金瞳の流麗な男が座っている。竜のままでは話しにくかろうと、竜が人間の姿を取ったのだった。

 シャテンカーリのゲーミングカラーも彼に取っては平気なようで、サングラスをつけているのはグレイシアだけだ。

 どこから出したのか、香り高い紅茶とティーフーズが並べられている。

 先ほどまでの戦いが嘘のようにのどかな茶会だった。


「しかし勿体無いな。これだけの使い手が第二王子とは。儂が国王ならばお前を王に指名するが、まあ人間の考えることはわからぬ」


 シャテンカーリは肩をすくめる。


「僕は国王の器ではありません。この国はいずれ兄が継いでくださればそれが一番です。僕はロイディーズ辺境伯領を継ぎたいと思っています」


 グレイシアは思わずシャテンカーリの顔をみた。初耳だった。


「あの土地は今も作物が取れず、魔物の被害も多く、民は苦しい生活をしています。僕はあの土地を発展させ、初代国王陛下のように、豊かで住みやすく、民が穏やかに暮らせる土地にしたいのです」


 言い切ったあと、シャテンカーリはグレイシアを見た。


「……辺境伯領ならば君も自由に強さを奮える。どうかな」

「私も連れて行っていただけるのでしたら、喜んで……!」

「中央から離れるのは得策だろう。お前が王にならないのならば、お前たちの名声と実力は、人間の世界では目障りになりかねん。して」


 そして竜は、ゲーミングカラー王子を指差した。


「ところで貴様。その輝きで生活に不都合はないか?」

「ない……というのは嘘だ。しかしこの輝きのおかげで、僕は彼女と出会い、こうして立ち向かうことができた。僕の誇りである」

「ふむ」


 はっきりと胸を張って言い切る王子に、竜は顎を撫でながら問いかける。


「しかし貴様よ。そのままでは彼女は数年以内に失明するぞ」

「ッ……!? このサングラスをつけていても、か?」

「裸眼よりはまし、という程度だな。……まあ我に任せれば他愛ない。額を出せ、第二王子よ」


 シャテンカーリは額を出し、竜に招かれるままに身を乗り出す。

 竜は指先で、シャテンカーリの額をつん、と突いた。


「……!!」


 その瞬間、額に収束していくように、ゲーミングカラーの輝きが引いていく。


「どうだ、これで良いだろう。……娘よ、サングラスを外してみよ」

「……はい」


 こわごわと、グレイシアはサングラスを外す。


「あ……」


 目の前には、プラチナブロンドの柔らかな髪を一つに結んだ、細面の魔術師姿の貴公子の姿があった。第一王子のような精悍な男らしさとは違う、けれど凛々しく美しい、色白で柔和で儚げな、優しい顔立ちの人だった。

 長い髪の毛先にいくに従って、うっすらとゲーミングカラーの輝きが残っている。


 王子の額には王家の紋章が淡く浮かび上がっている。

 ーーあまりにもあっけない、問題解決方法だった。


「……グリー……眩しくは、ないのかい」


 長いまつ毛に縁取られた瞳が、こわごわとグレイシアを見る。

 その瞳は万華鏡のように、柔らかく七色が移り変わっている。

 目を焼くような光を発していない。ただただ、透き通った飴玉のように美しかった。

 

「シャーティー様……こんなお顔をされていたのですね」

「君も……」


 シャテンカーリは手袋を外し、引き寄せられるように両手を伸ばして、白く指の長い手で、グレイシアの頬に触れた。壊れ物を触るかのように頬を撫で、髪を撫でーーたまらず、喜びで顔を歪ませた。


「サングラスをかけない、光を浴びていない、グレイシアの本当の素顔を見たかった。……綺麗だ。水晶のような銀髪にスモーキークォーツの灰瞳。少し吊り目で、頬が細くて、唇の赤が……こんなに綺麗だなんて」


 グレイシアの髪や瞳やアーマードレスに、淡く輝くゲーミングカラーが反射して、まるで七色の虹をまとっているかのようだ。


 感極まって見つめ合う二人を眺めながら、竜は眉間に皺を寄せる。


「儂は魔力制御の紋章を施しただけだ。お前も王族なら体に刻んでいるのではないのか?」

「知らない」


 シャテンカーリは首を横に振った。


「……僕は母が産褥で逝去した。その時にしばらく教会のしきたりで王宮から離れた場所で暮らしていたから……」

「む」


 竜がぐるる、と喉の奥で唸る。


「さては……第一王子の地位を脅かす第二王子には……最初からなんらかの方法で紋章を刻まないことで……一人だけ奇異な発光をさせて……」

「今はいい」


 考え込み始めた竜を制し、王子は悲しげに首を横に振る。


「その話は今はいい。……今はただ、お前に認められた喜びだけを噛み締めたい」


 シャテンカーリの願いに、竜は頷いた。


「よかろう。人間には人間の事情や思いがある、お前の思うままにするがよい。だが覚えておけ、シャテンカーリよ。儂はお前の味方だ。王家とお前がいずれ対峙することがあるとすれば、儂は大いなる力をもってお前を守ろう」

「感謝する」


 そして竜はグレイシアも見た。


「娘。お前の太刀筋も勇気も見事だった。もしかすればお前は、竜の血をひいているのかもしれないな?」

「竜の……血、ですか」


 そういえば母も普通の令嬢とは思えないほど腕っ節の強い人だった。

 そういうことも、あるのかもしれないとグレイシアは思った。


「お前を妻にできる第二王子は幸福だ。軍においては一騎当千の力を持つ。お前が摂理に基づき子を為すのなら、儂が母子ともに加護を与える。儂はお前を我が子のように、慈しもう」

「ありがたきお心遣い、感謝いたします」


 竜は立ち上がった。


「さて、ひとまず休憩はここまでとしよう。地上でお前たちを待つ王国の者どもに知らしめてようではないかーー儂が認めた二人を、大空の下で!!」


 背を伸ばすポーズをとると、竜の背中に翼が生える。

 そして竜の姿に戻って空に向かって咆哮するとーー空間が光り輝き、次の瞬間、二人は竜の背に乗って城の上に浮かび上がっていた。


「……!!!」


 眩しい太陽。心地よい風。

 眼下に見下ろすのは、どこまでも続く広い大地と豊かに繁栄した王国。

 人々が空を見上げ、次々に竜の存在に気づいていく。


 風を浴びながら、シャテンカーリは目を細めてグレイシアの肩を抱いた。


「グレイシア、ありがとう」

「……シャテンカーリ様……」

「僕の誇らしい婚約者を、みんなに見てもらおうじゃないか」


 裸眼で見る彼の満面の笑顔に、グレイシアは嬉しさでいっぱいになった。肩に頬を寄せて、グレイシアも頷いた。


「はい。……私の大切な、シャーティー様」

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