第14話 竜の試練

 そして二人は装備を整えた。

 シャテンカーリ第二王子は漆黒に金糸で破邪の効果を持つヘンルーダが刺繍された魔術軍装。グレイシアは白銀のアーマードレスに白百合の飾り彫りを添えて。


◇◇◇


 ついに挑戦の夜。

 王宮の大広間で激励会が開催され、グレイシアは初めて公式に、婚約者としてシャテンカーリ第二王子の横に立って参加した。

 全身黒づくめで覆い隠しているものの、堂々とした第二王子の佇まいに、王族も列席する貴族たちも驚いた様子を見せていた。


「あれが……ゲーミングカラー白豚王子殿下……だと……?」

「想像より大きく逞しいお方ではないか」

「そして隣がアルジーベ卿の一番地味な娘、グレイシア嬢……?」

「おとなしそうな顔をして、まるで戰乙女ではないの」

「嘘だと思っていたけれど……学生時代の『氷塊砕きの豪傑令嬢』肩書きは本当だったのね……」


 元々侮っていた二人が凛々しく顔を揃えたものだから、人々は聞こえる音量でヒソヒソと噂話をする。伯爵子息の身分でこっそり激励会に参加したクラッゾも、グレイシアの凛々しい戦装束を見てゲェ、と分かり易い侮蔑の顔をして見せた。


「それでは行ってまいります、国王陛下」

「良き知らせを待っているぞ、シャテンカーリ」


 玉座に座る、国王が第二王子にかけた言葉はそれだけだった。

 王妃は参加せず、王太子も特に弟に言葉をかけなかった。


「さあいこう、グレイシア」

「はい、殿下」


 どんな目で見られても、二人に怖いものはない。

 シャテンカーリ第二王子はグレイシアを見て頷く。

 グレイシアも、結い上げた銀髪を揺らし、強く頷き返した。


◇◇◇


 地下空間に昼夜はないため、早速二人は激励会後すぐに地下へと乗り込んだ。


 王宮地下の封印を解くと、地下へと続く長い長い、石造りの階段が出現した。

 王子とグレイシアは手を取り合って降りる。


 晒された王子の頭部のゲーミングカラーに照らされた狭い空間。しとしと、地下水の滴る音が響く。湿度の高いじっとりした空間で、生唾を嚥下する音も、汗が滴る感触も、緊張した鼓動も、全てがいつもよりはっきりと感じる。


「グリー。一緒に来てくれてありがとう」


 背を向けたまま、王子はぽつりとつぶやいた。


「こちらこそ……私を同伴にお選びいただきありがとうございます。シャーティー様」


 サングラス越しにしか、王子の顔を見れないのがもどかしい。

 王子はきっと、ゲーミングカラーじゃなくても眩しいと思うような、かっこいい表情をしていると思うから。


「行こう」

「はい」


 改めて手を伸ばされ、シャーリーはしっかりと繋ぐ。

 頷きあい、そしてさらに、深層の深い暗闇へと進んでいったーー


◇◇◇


 二人は第一関門、霧の間へと入った。


「くそ、何も見えない……」


 どんな魔術が施されているのか、霧は王子のゲーミング発光を吸い込んでしまう。


「離れるな、グリー」

「はい、シャーティー様」


 王子が集中し、一人でブツブツと数式を呟く。

 霧の構成式を解いているようだ。

 グレイシアは何があっても良いように、両手剣を構えて王子を守る。


 緊張の時間はすぐに終わり、王子が叫んだ。


「解けたぞ!! グリー、これから僕の発光を使い、部屋全体に魔術解式を発動する! 剣で部屋一面に反射させてくれ!」

「承知しました!」


 そう言うと、王子は頭全体のゲーミングカラーの色合いを複雑に切り替える。霧を解く魔術解式はあまりにも美しく、輝きを見ながらグレイシアはただただ驚いた。以前はそういうことをできなかったのに、王子は己のゲーミングカラーを自在に操れるようになったらしい。

 その発光をグレイシアは剣身で部屋中に反射させる。一歩先さえ見えない白い霧が、光に溶かされるように全て消えていった。


「……すごい……」

「僕だけじゃできなかった。次に行くよ」

「はい!」


 ーー次の間は、襲い掛かるコウモリの魔物の幻覚を跳ね除けながら、一匹だけいる生きたコウモリの赤ちゃんを保護する間。


「生命反応発見した! 他は全部無双してくれ、グリー!」

「承知いたしました!」

「くっ……コウモリの赤ちゃんかわいい」


 ーー次の間は心の闇と向き合う鏡の間。

 二人はそれぞれ鏡の空間に囚われ、自分自身の弱さと向き合う。


 鏡の中の、兄がシャテンカーリを冷たく見下す。


「お前など行き場のない、ゲーミングカラーに輝くばかりの弟だ」

「お兄様はそもそも僕を見ていない。知っていますよ」


 少し切なげに、すっきりとした言葉でシャテンカーリは答える。


「けれど。……見ていないのですから、僕は自由に生きられるのです。僕は僕なりに国を良くしていきたい。命を賭して僕を生んでくれた母、僕を育ててくれた人たちの優しさに恩返ししたい。そして……僕は、優しい人が優しくいられる社会を作りたい」


 兄の姿は消え、鏡は七色に輝く。シャテンカーリが映っている証拠だ。

 そしてグレイシアもまた、己の過去と向き合っていた。


 鏡の中、クラッゾとその家族が見下してくる。


「白くてつまらない女だな」


 以前は顔を合わせるだけで動悸がして具合が悪くなっていた、ストレリツィ伯爵家の人々。

 けれど今のグレイシアには全く怖くなかった。


「私は……ある意味、あなた方に感謝しております」


 背筋を伸ばし、グレイシアは堂々と目を見つめて言う。


「この世は愛し合えないまま夫婦になることも多いです。家を背負う貴族令嬢ならば、愛する人と添い遂げることなど、難しいです。……でも、私はシャテンカーリ様に出会うことができました。愛することができました」


 鏡の中のストレリツィ伯爵家の人々の姿がゆがむ。

 グレイシアは心からの笑顔で言葉を続けた。


「婚約破棄してくださり、ありがとうございました。苦しい思い出も、今では良い思い出です。私の才能は令嬢としては使えない才能でした。あなたの妻にも向いていませんでした。でも……シャテンカーリ様をお支えすることはできます。それが何よりも誇らしいのです!」


 強い眼差しでクラッゾに向き合うグレイシア。ついにクラッゾの姿もまた、溶けていく。

 その時シャテンカーリの声が響いた。


「グリー! この部屋を出よう! 君のその剣で、全てを割り砕いてくれ!」

「承知いたしました!」


 グレイシアは遠慮なく剣を振りかざし、鏡を割っていく。

 鏡を割れば割るほど、向こう側から七色の輝きが現れる。


「シャーティー様!」

「グリー!」


 二人は再び手を取り合い、次の試練へと向かう。


 ーーいくつ、試練を乗り越えたのか数えきれなくなった頃。

 ついに二人は竜へと辿り着く。

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