第8話 第二王子殿下の心境変化

 その日から定期的に、第二王子はグレイシアを伴って外に出るようになった。


 第二王子が歩くと輝きがすごくて(特にフルフェイスの近衛騎士さんの鎧が光を反射してすごい)夜警がものすごく楽になる。

 彼は元々魔法で交易できるほど魔法が得意なので、警備もものすごく捗った。最初はぎこちなく接していた王子も、だんだん騎士たちとの関わりに慣れ、日を追うごとに少しずつ警備体制の改善を提案するようになったり、積極的に魔法でサポートをするようになった。


 騎士たちが第二王子に惹かれていくのは、時間の問題だった。


「王子殿下、部屋に引きこもった白豚ニートって話だったのにめちゃかっこいい」

「いいな……俺憧れちまうよ」

「俺の方が先に憧れたし」

「俺だし」

「まあまあ。俺が一番王子殿下が好きだ」

「「掻っ攫うなよ」」


 騎士たちは皆、いつしかすっかりシャテンカーリ第二王子が大好きになった。

 グレイシアは夜警に同行しながら、王子の人気が上がっていくのが我が事のように嬉しかった。

 今日も凛々しく魔術師のローブを纏い、頭部を輝かせる王子を見た。


「人気ですね、王子」

「ふん。……ま、まあ……悪くはないかな」


 王子が嬉しそうだとグレイシアも嬉しい。

 グレイシアもほくほくとした温かい気持ちになっていると、


「ところで」


 と第二王子がグレイシアを見た。


「いくら腕っ節が強いとはいえ、令嬢の君がそうホイホイ夜警についてくるなよ。毎晩毎晩。危ないだろ」

「問題ありません。私学園では剣術で男子にも引けを取らなかったんですよ」


 むき。と上腕二頭筋を隆起させて見せる。

 グレイシアの腕は案外細マッチョだ。王子は不満げな声を出す。


「それは知ってるけど」


 王子は夜警を通じて、これまでのグレイシアの経歴について騎士たちから耳にしていた。

 グレイシアの武芸があまりにも達者すぎて、学長直々に『騎士を目指す男子たちが自信喪失しちゃったから、どうか赤点教科は平均点に書き直すから経歴書に武芸の実力を書かないでくれ』と頭を下げられたことなど。


「……君が何の特技もない素朴な子扱いですんでいたのが信じられない」

「そりゃあそうですよ」


 グレイシアは力こぶを作るのをやめ、仕方ないという風に肩をすくめた。


「だって私、令嬢らしいこと本当に苦手で。武芸以外は本当に……何もないんです」

「グレイシア……」

「でも」


 グレイシアは白い頬が熱くなるのを感じながら、小さく言葉を続けた。


「そんな私の心配をしてくださって、嬉しいです」

「……ッ」


 王子の放つゲーミングカラーが、桃色混じりになる。

 王子は狼狽えた声音で慌てて付け足すように言った。


「と……当然だろ。君は僕の、こここ、婚約者なんだから」


◇◇◇


 シャテンカーリ第二王子はどんどん外に出るようになった。

 人との交流に自信がついてきたので、日中でも少しずつ、目出し帽にサングラス姿で宮廷内を歩くことが増えた。

 彼の活躍は街から宮廷へ、次第に広まっていった。


「最近は運動もしているから痩せるかな」


 なんてグレイシアに話していたけれど、その分ちゃんとお夜食を食べるので痩せることは特になかった。


「おかしいな。普通ならそろそろ痩せてカッコ良くなる頃だけど」

「夜警が終わった後に食べる深夜スイーツ、美味しいですものね」


 夜警の後、グレイシアが自宅に帰宅するまでの束の間の時間。

 騎士へのお礼として飲食店が持ち回りでもてなす深夜カフェで、二人でスイーツを食べるのがすっかり習慣になっていた。

 今夜のスイーツは積み重ねたアップルパイの上に、とろとろに溶かしたバニラアイスを乗せたもの。そのてっぺんには、王子をイメージした七色の魔法花火がぱちぱちと輝いていた。


「綺麗ですね……」


 そして二人で切り分けて食べて、美味しさに顔を見合わせた。


「美味いな」

「ええ」


 二人でもぐもぐと食べていると、ふと第二王子のフォークが止まる。

 グレイシアが首を傾げると、王子は目出し帽にサングラスの姿で、ポツリとつぶやいた。


「グリーも嫌だろう、僕みたいなぽっちゃりは……」


 いつの間にか王子はグレイシアを愛称のグリーと呼ぶようになっていた。

 グレイシアは首を横に振る。


「だから気になりませんって」

「だがなあ……僕が気になるんだよ」


 王子は自分のお腹をぷにっとつまむ。

 可愛いのに、とグレイシアは内心で思っていた。


「グリーがこんなに綺麗なのに、隣に立つ僕が……これなのは……」

「王子殿下も綺麗ですよ」

「光ってるからだろ。そもそも、今はプライベートなんだから殿下はやめろよ」

「……シャーティ様」

「ん」


 名前を呼ぶと、王子の露出した肌が嬉しそうに輝きを増す。

 グレイシアはアップルパイを頬張りながら思う。何だか最近、ますます王子が変わったようだ。


 最初はグレイシアを突っぱねるばかりだった王子は、次第に慣れてくれた。

 そして周りとも仲良くなって、自信をつけてきた。

 ーーなのに、次はグレイシアと一緒にいる自分自身のことに、自信をなくし始めているようだった。


 グレイシアは気にしなくていいのにと思った。

 グレイシアは王子はとてもいい人だし努力家だし周りに優しいし、いい人だと思って尊敬していたからだ。


「私はシャーティ様がかっこいいと思いますよ。綺麗ですし」

「……ありがとう」


 第二王子は感謝を口にしたけれど、どこかーー納得していない様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る