第4話 努力家の第二王子
グレイシアを招くとき、シャテンカーリ第二王子は全身を衣服で隠していた。
3回目くらいの時に、グレイシアは王子に進言した。
「殿下。恐れながら申し上げますが、別に顔まで覆い隠さなくったってよろしいですよ」
「君が眩しいだろう」
「父が特別製のサングラスを作ってくれているので問題ありません」
「……そうか」
第二王子は自分のサングラスを躊躇いがちにはずし、頭を覆い隠したものを取った。
たちまち輝く部屋の中。グレイシアはしっかりとサングラスを装着した。
「平気か」
「ええ」
サングラス越しで顔立ちはあまりわからないものの、第二王子の喜怒哀楽の表情やシルエットは少し見やすくなる。白豚王子と言われているだけに少しふっくらしているものの、不健康そうな太り方じゃないのでグレイシアは安堵した。
最初に出会った時はパンイチだったので、貞淑な令嬢グレイシアはまともに見れなかったのだ。
「サングラスをかけてまで僕に向き合ってくれるなんて……」
「婚約者なので当然では」
「そ、そうだけどさ」
第二王子は周囲の人々には引きこもりで何もしていないと思い込まれていたが、実際は意外と色々なことをやっていた。
彼と婚約して3ヶ月。
グレイシアは彼の色んなことがわかってきた。
まず一つ。彼はとても勉強家だということ。
第二王子の私室はいくつかの部屋に分かれているのだが、そのうちの一つは魔術に関する膨大な蔵書が収められた書斎だった。ちょっとした短距離走はできそうな横に長い書斎には、グレイシアでは一生かけても読みきれないほどの本がおさめられている。
グレイシアはあまり頭が良くなかったけれど、父親は王宮魔術師なので、その蔵書の価値はある程度はわかる。
「全て目を通されてるのですか?」
「ふん。インテリアにするためにわざわざここまで写本を用意する趣味はないよ」
第二王子は当然といった様子で言う。
一つ手にとって開いてみれば、中にはびっしりと書き込みがされ、付箋や紙まではらんでページの倍ほどに膨らんでいた。
勉強が苦手なグレイシアは、それをみるだけで眩暈がした。
よろけたグレイシアを、第二王子は咄嗟に支えてくれた。
「本を開くだけで倒れそうになる女、初めて見たぞ」
「失礼いたしました……つい、圧倒されまして」
第二王子は数秒間を置いて、ハッと我にかえったようにグレイシアから距離をとる。
ごほん、と咳払いをして彼は少し早口で言う。
「ぼ、僕はこの見た目だろ? だから学院にも通えなかったし、家庭教師につきっきりに教育を受けることもできなかったし、こうするしかなかったのさ」
何と書斎には、王宮図書館へ直通の魔法回廊まで設られていた。
「これは僕が自分で構築したのさ」
「すごいですね」
「ふ、ふん。当然だろ」
彼は拗ねるようにそう答えた。
また、第二王子は蔵書を集めるための費用や魔術学の実践学習のための費用を全て自分で賄っていた。
彼の仕事部屋には魔術を施された鏡が壁一面に設置されていて、その鏡は彼のゲーミングカラーな膨大な魔力が動力となって遠隔による交易を可能としていた。
通常の魔術師ならばどれほど魔力が強くても、遠隔で鏡と鏡をつなぎ合わせた映像付き通話は一対一が限界だ。しかし彼は王国と取引がある土地とならば、どことでも他人を介さず即時でやり取りができる。
部屋にいながらにして、世界を股にかけた取引をしていたのだ。
「なんだかわからないですが、すごいですね」
グレイシアは率直なところ、第二王子が何をしているのかよくわからない。けれどアルジーべ公爵ーー父のような魔術師でも不可能なことを彼が行っていることはよくわかった。
「しかし、私にこんな部屋を覗かせてしまって良いのですか?」
「どういう意味?」
「だって私、多分ものすごい秘密を見てますよね」
「これを見て『多分ものすごい秘密』としか表現しようがない君だから安心なんだよ」
「なるほど。すごいですね。お金の計算できるのかっこいいです」
第二王子は仕事の手を休め、じっと黙り込んだ。
少し苛立った口調でグレイシアに言う。
「君だって学園を卒業しているんじゃないか。僕のような学歴のない男と違って」
「そんな……私は卒業はできましたが、王子と比べようもない出来でした」
「ハッ。いいよ謙遜しなくたって。あの魔術師アルジーべ卿の娘であり、国王陛下(ちち)が一応王子の僕の婚約者として認めるレベルなんだし、どーせ優等生だったんだろ?」
「赤点でした」
「ほらね、だとおも………は?」
シャテンカーリ第二王子はグレイシアを二度見する。
「マジで?」
「マジです」
グレイシアは頷いた。
グレイシアは大人しくて楚々とした見た目なので利口に見えがちだが、実のところ座学の才能はあまりないのだ。
むしろ見た目が愛らしくてオツムが弱くみえる妹の方が、余程物覚えが良くて頭が良い。
「私、亡き母似なんです。母は魔術も学問もからっきしで、でも学園時代に女子無差別格闘大会で殿堂入りを果たした腕力の持ち主です」
「そういえばそんな話、聞いたことあったな……」
王子はグレイシアを上から下までしげしげと眺め、独り言のように呟く。
「……意外だ」
「よく言われます」
「しかし何の特徴もない地味な次女だと聞いていたが、個性強すぎないか」
「令嬢としてあまりよろしくないところは、父が隠してくれていたので……」
「なるほど男親の気遣いの結果か」
グレイシアはふと不安になった。
なんだか第二王子を騙してしまっていたような気分になったのだ。
「殿下。私のような婚約者でもいいのですか?」
「は? 何言ってんのさ」
尋ねたグレイシアに、第二王子は仕事の手を休めないまま肩をすくめた。
「別にそんなのどうでもいいよ。本当に馬鹿ならともかく、君はお勉強は苦手だったかもしれないけれど決して馬鹿ではない。逆ならともかく、君が卑下する必要はないだろ」
「そうですか」
「……僕が他人の自己卑下に気遣う側になるなんてな」
「なんだかすみません」
「ふ、ふん。君が気にすることじゃないよ」
それからも、第二王子はグレイシアを部屋に招いた。
仕事をしながら第二王子は、グレイシアに噛み砕くように世界情勢やお金の仕組みなどを説明してくれるようになった。
グレイシアにとって、彼の講義はどんな授業よりもわかりやすくて、小さな一歩ずつ確かめるように教えてくれるような説明は、とても嬉しかった。
シャテンカーリ第二王子は口が悪いところはあるけれど、決してグレイシアの出来の悪さを悪く言うことはなかった。
「ありがとうございます。少しわかりました」
「……そうか……もっと上手く説明できるように工夫しよう」
「申し訳ありません」
「謝るな。僕は別にかまわない。……君が真面目に聞いてくれてるのはわかるし」
グレイシアの頭の悪さは第二王子の想像を大きく下回るものだったようで、何度も唖然とされてグレイシアとしても申し訳なくなる。けれど彼は呆れることも放り投げることもなく、粘り強くグレイシアのために何度も噛み砕いて教えてくれた。
徒労に終わっているはずなのに、第二王子はなぜか楽しそうだった。
「君が理解できるようになる教え方を試行錯誤するのは、僕にとっても楽しいからな」
サングラスごしの第二王子は、人の良さそうな笑顔でグレイシアに微笑む。
グレイシアはなんだか、ふわふわとした甘い気持ちになった。
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