第3話 婚約解消しません

 シャテンカーリ第二王子はその後、もたつきながらも服を身につけ、そして顔にすっぽりと目出し帽を被った。さらに手袋をしてマスクをしてサングラスをかける。そこでようやく、部屋からゴキゲンな閃光が消えた。


 第二王子は感心するような呆れるような嘆息をした。


「ったく……よくそこまで落ち着いていられるな、君。とにかく話をしよう。奥についてきて」


 グレイシアが第二王子に導かれるまま隣の応接室に入ると、どこからともなくやってきたメイドがテーブルセットを準備してくれた。

 甘いジャム入りの紅茶とスコーンを食べながら、第二王子ははあ、とため息をついた。


「大抵の令嬢は悲鳴をあげてすぐに逃げていくんだぞ。僕がゲーミングカラー白豚王子だから」

「悲鳴を上げて逃げていくのは、殿下がブリーフ一枚だからだったのではないでしょうか」


 第二王子がむせる。グレイシアが背中をさすろうとすると、結構だ、とポーズで拒否される。


「僕がブ……下着一枚だと気づいたのは君が初めてだよ、全く……そこまで僕をはっきり見てくれる人なんて、そうそういないから」

「服をお召しだと輝かないんですね」

「そう。けれど皆、僕が何を着ていてもゲーミングカラーになると思い込んでてさ。それでいいんだけどね、別に」


 ご家族はご存じなのでは?と口からでそうになって、グレイシアははっと口をつぐむ。

 第二王子は側室の第二王妃から生まれた子だけれど、第二王妃は彼を産んですぐに亡くなっていたのだ。彼にまっすぐ向き合ってくれる人は居なかったのだと、グレイシアは悲しくなった。


「で、どうするの?」

「どうするの、とは」

「だからさ」


 首を傾げるグレイシアに、少し苛立った声で第二王子は続ける。


「今なら僕の方から婚約解消ってことにしてあげられるけど? ってこと。そもそも今回の件だって、父ーー国王陛下が勝手に宴の勢いで話を持ってきちゃっただけだからね、君を愛することもないし、君は気にすることはない。解消したいだろ?」

「いいえ」

「ん、わかった。じゃあ手続きはこっちでやっておくから帰っていいよーーって、えええ!?」


 第二王子はグレイシアを追い返そうとして、数秒後に素っ頓狂な声をあげる。


「ま、まって!? は……僕だぞ!? 相手は僕だぞ!?」

「そうおっしゃられましても」

「いいのか? よく考えろ。父に言えば、君にそれなりの他の嫁ぎ先も用意できるんだぞ。君みたいな子が僕なんかで手を打たなくったって」

「……と言われましても」


 グレイシアはよく考えろ、という彼の意図が掴めなかった。

 何が問題なのだろうか。

 少なくとも第二王子は悪い人ではなさそうだし、グレイシアの方から彼を嫌がる理由は一つもなかった。


「申し訳ありません。私あまり頭がよくないもので、多分これ以上考えても結論は変わりません。殿下がお嫌でなければ、このまま末永くよろしくお願いしたい所存です」

「な……」


 グレイシアが頭を下げると、第二王子は言葉を失っていた。

 その様子を見てグレイシアは、もしかして第二王子は私が不要だったのかもしれないと思い至る。

 しまった。私の都合でお断りをお願いしなければならなかったのね。と。

 グレイシアは頭の悪い自分に反省した。

 でももう遅い。

 

「わ、わかったよ……じゃあこれからもよろしく」


 第二王子はぎこちなくグレイシアに手を差し伸べ、二人は握手を交わす。第二王子の意外と大きな手が、なんだか心地よいと感じた。


「ああでも、殿下」

「ん? どうした」

「できれば今後はお召し物を着ていただけました方が、私も目のやり場に困らないので助かるのですが」

「と、当然だよ!! もう脱ぐ訳ないに決まってるだろ!!」


 ーーそれからシャテンカーリ第二王子はグレイシアを時々王宮に招いては、一緒に時間を過ごすようになった。

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