第2話 初顔合わせ
グレイシアはあまり主張をしない静かな娘だった。
派手な姉とうるさい妹に囲まれて、おっとりした彼女は家ではほとんど喋る隙を与えられず、熟考してゆっくり言葉を頭の中で紡いでいるうちに、勝手に色々と物事が決まるのはいつものことだ。
おっとりしている――というよりも、根本的に物事全てにあまり頓着しない。みんなが幸せならまあいいか、となんでも押し付けられても受け入れてしまう娘だった。
ちょうど最初の婚約も、婚約者に強引に言い寄られて頷いた婚約だった。
結局ずたぼろにされて婚約破棄されてしまったけれど。
◇◇◇
ーーあっという間に婚約の手続きは進み、ついに明日は顔合わせとなった。
「ゲーミングカラー白豚王子殿下、か……」
夜。
グレイシアは窓の外、宮廷の方角を見つめーーまだ一度もあったことのない第二王子に想いを馳せた。
「ゲーミングカラーだとか、白豚だとか。随分とひどい言われようをしている殿下だけど、少なくとも内面に関する悪口ではないわ。きっと悪い人では無いのでしょう」
中身が悪い人でなければ、多少眩しくても我慢しよう。
これまでも眩しくてお喋りで自己主張の強い姉と妹に囲まれて暮らしてきたのだから、きっと私には耐えられるはずだ。
グレイシアはそう思うことにして、その日の晩は熟睡した。すやすや。
◇◇◇
グレイシアは父と共に宮殿に招かれ、そして一人、奥の第二王子の部屋へと案内された。
ハクダ卿と名乗る王子付きの方は気難しそうな初老の男性だった。
彼は髭を伸ばし伸ばししながら、グレイシアに言い含めるように伝える。
「アルジーべ公爵令嬢。最初に言っておきますが、第二王子は大変偏屈で面倒な人です」
「はあ」
「怒らせてもまあ、あんまり気にしないでください。どうせゲーミングカラー白豚王子なので」
ひどい言い方にちょっと悲しくなりながら、グレイシアは開くドアに背筋を伸ばす。
「ーーッ!!」
瞬間、部屋の眩しさに思わず目を閉じる。
急いで父特製の魔光遮断眼鏡(サングラス)をかけて前をみれば、煌々と輝くゲーミングカラーの人間があった。
「ふん。君か、僕の贄は」
「ニエ……?」
グレイシアは考える。ニエとは? ニエ……贄。食事。
「申し訳ございません。メイドではなく婚約者として伺いました。お腹が空いていらっしゃるのですか?」
「違う!! 僕の、婚約者という、生贄になりにきたのかって言ってんだよ! 皮肉だよ皮肉!!!」
「失礼いたしました」
彼はふん、と鼻を鳴らし、よっこいしょと足を組んでグレイシアを睥睨した。
名を名乗って良いという態度に見えたので、グレイシアはスカートを摘んでお辞儀をした。
「第二王子殿下。お初にお目にかかります。私はアルジーべ公爵家次女、グレイシアと申します」
「僕の名はシャテンカーリだ」
ゲーミングカラーに輝きながら、シャテンカーリ第二王子は言い捨てる。
「グレイシアと言ったな。君、王子とはいえ、兄のような眉目秀麗な貴公子じゃなくて、ハズレの僕との婚約でさぞ残念だったろう」
「そんなことはございませんが」
「いいよ、馬鹿にされているのは慣れている。僕は兄と似ても似つかない日焼けもしないぽっちゃりだし、何せこの光だからな」
シャテンカーリ第二王子は、最初から不貞腐れた様子だった。
グレイシアは王子が何を卑下しているのかよくわからなかったので返事に窮した。
グレイシアは実は、自分の頭の出来に自信がない。
だからこう言う時は、じっくり考えるようにしている。
「ええと……」
グレイシアは、引き合いに出されたフォイカナン王太子殿下のことを考える。
確かに彼は、世間でとても美男子だとよく言われている。
けれど彼が美形だからって、第二王子殿下がハズレかどうかはまた別なのでは? 何を基準にハズレと言うのだろうか? 光っているから? 王太子ではないから? でも光っているのはサングラスでなんとかなるし、王太子殿下の婚約者だからアタリ!というのもよくわからない。
グレイシアではとても思いつかない宇宙の法則のような難しい思考の結論として、シャテンカーリ第二王子殿下は王太子殿下より何かがよくないのだろうか……
まあ確かに目には優しくないけれど……
険しい顔をして黙り込んだグレイシアに、王子は苛立った風に足を組み直す。
「おい。なんとか言えよ。それとも白豚のデブとは話したくもありませんわってか」
「いえ……それに、そんなひどいこと、考えておりません」
「は?」
「……私……第二王子殿下がその……ハズレというのが……よくわからなくて……」
「光る引きこもりのデブの前でよくいえたもんだな」
「私、あまり容姿に頓着しないもので……」
「あー出たよ出たよ綺麗事。気を使ってイケメンに靡かないわたくしをしてくれてんだろ? わかってんだよ僕は」
「……」
グレイシアは困り果てて、首を傾げた。
「殿下は……嫌われた方が落ち着くのですか?」
「は?」
「私が殿下を罵らないのがご不満でしたら、なんとか罵倒を捻り出しますが……」
グレイシアは考えた。
しかしグレイシアの頭脳では、罵倒が思いつかなかった。
「や、やーい……部屋にいる時はパンツ一枚ー」
「君みたいな婚約者候補者が、ゲーミングカラーが目に痛いのか見せてやろうと思って脱いでるだけだ! 普段は着てるよ!!!」
声を裏返し、王子は声を荒げた。
そして大慌てで、部屋の隅にかけたトラウザーズを履きはじめた。
「お手伝いいたします」
「いいってば!! も、もう調子狂うなあ!!!」
王子はなんとなく赤くなっているような気がする。グレイシアは思った。
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