第5話 外出計画
宮殿に順調に通うグレイシアの様子に、父アルジーベ卿は安堵していた。小さな口でもぐもぐと朝食を食べるグレイシアが、乏しい表情ながらも弾んだ様子なのを確認して顔が綻ぶ。
「グレイシア。今日も第二王子殿下の元に向かうのかい」
「はい」
「楽しんでおいで。目には気をつけるんだよ」
こくりと頷くグレイシアの隣で、真っ赤な姉が不満気に唇を尖らせる。
「本当よくやるわね。引きこもり白豚王子のお守りなんて」
その隣で妹もうるうるの目で何度も頷く。
「お姉さまの視力低下が心配です〜。でも代わりませんけど」
二人の「よくもまあ……」と物好きを見る眼差しを受け、グレイシアは「本当に楽しいのに」と思う。けれどグレイシアは口達者に第二王子と一緒にいることの楽しさを伝えられないので、黙って朝食を咀嚼するにとどめた。
そもそもグレイシアはあまり器用ではないので、食べながら話せない。
「とにかくグレイシア、王子の側近にいい男がいたら紹介しなさいよ」
「お願いしますお姉様〜」
がっつく姉と妹に、なんとかパンを飲み込んだグレイシアはハーブティーを飲んで頷いて返す。
そんなグレイシアを見ながら父は苦笑いしつつ、ティーカップを傾けた。
「……グレイシアをこんなに大事にしてくださるとは、本当にありがたいことだ」
◇◇◇
「殿下! 今日もお勉強よろしくお願いします」
学習ノートを持ってやってきたグレイシアをシャテンカーリ第二王子は見やる。
今日の彼はすっきりとした白いシャツに鳶色のトラウザーズを纏っていた。グレイシアの目には気を遣わなくていいと割り切ってからの王子は、それなりにシュッとした服を纏うようになっていた。
「グレイシア」
「はい」
「君はつまらないんじゃないか?」
「何がですか?」
「毎日インドアで過ごすことが、だよ」
彼は言いながら窓辺に立ち、背の何倍もある窓にかけられたカーテンを少し開いた。
外は晴天だった。
「アルジーベ卿から聞いた。君は元々散策が好きな子なんだろう」
「……聞いてくださったのですか」
「べ、別に。他意はないよ。た、たまたまアルジーベ卿に用事があったからな、たまたまだ!」
そう慌てるように早口で言い、第二王子は話を続ける。
「僕に合わせるようになってから、外にあまり出ていないのではないか? 目にまばゆい僕と一緒にずっといるだけじゃ、退屈だろう」
グレイシアは少し考えて、そして首を横に振った。
「楽しいです」
「気を使わなくたっていいよ」
「いえ、本当ですって」
本音だった。
「でも確かに、お外には行った方が良いですよね」
「だろう? だからたまには、僕の従者をつけるから庭の散策でも……」
「いえ。私ではなく、殿下がです」
「僕が、だって?」
グレイシアは第二王子の隣に立ち、窓ガラスの向こうへと目を向けた。
「殿下が周りの方々の目の健康を慮って、外出を控えていらっしゃるのは存じています。けれどそれでお外で運動できず、結果として運動不足になってらっしゃるのは、殿下の健康を考えると心配です」
「僕がみっともないから痩せさせたいのか?」
「別に痩せなくてもいいと思いますが」
第二王子を眺めて、グレイシアはつぶやく。
「けれど運動したほうが、今よりもっとたくさん食べても健康でいられますよ」
「食べるために運動かよ」
「だって美味しいもの食べると、幸せになりませんか?」
「……君の思考回路、ときどき訳わかんなくなるよ」
第二王子は大袈裟に肩をすくめて、やれやれといったポーズをとる。
しばらく窓の外を眺めていた王子だったが、外を歩く使用人が慌てて逃げていったのを見て、さっと表情を変えてカーテンを閉じた。
彼は足元に目を落とし、うめくようにつぶやいた。
「そりゃあ、確かに……僕だって何も気にせず外に出たいって気持ちはあるさ……」
「なら出かけましょう」
グレイシアはパン、と両手を叩く。そんなグレイシアの態度に第二王子は目を剥いた。
「君、そんなに簡単にいうけどね? 見ただろう今の使用人の態度を!? 僕が外に出ると迷惑なんだよ!」
声を荒げる第二王子にぴくりとも怯まず、グレイシアは目を見上げて言葉を紡ぐ。
「問題ありません。一緒に散歩できる方法ありますよ」
「はっ。全身を覆うような服を着ろって言うんだろ? どうせ」
「いいえ」
違う。グレイシアはキッパリと首を横に振る。
第二王子はますます怪訝な顔をして、彼女を睨むように見た。
その眼差しはコンプレックスと躊躇いと困惑と軽口に対する怒りと悲しみと、いろんなものが混ざっているようにグレイシアは感じとった。そしてグレイシアは思った。そんなに難しく考えなくていいのにーーと。
頭がいい人は、頭が良すぎるので思いつかないこともあるのだとグレイシアは知った。
「殿下が光り輝くお方だからこそ、です。眩しく輝いた方が喜ばれる時と場所でお散歩しましょう」
「……君は、何を考えているんだい」
グレイシアはただ、「まあ、信じてください」と力強く口にした。
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