第1話 星見下ろしソラ駆ける日々(後編)
無重力区画だろうと有重力区画だろうと、人は急には止まれない。生身としては少々加速しすぎたソフィアは勢いそのまま格納庫の扉をブチ破ると、整備明けしたばかりの戦闘機達や多数の作業員でごった返す整備用格納庫内に転がり込んだ。スーツを着込んでいなければ今頃全身傷だらけだったはず。この空間が1Gもない低重力設定であったことにも感謝せねばならないだろう。
「ソフィア少尉、お待ちしておりました!」
だが事態は急を要しているのだ。待ち受けていた彼等に取っては彼女の体の都合や感情など考慮している場合ではない。派手に突っ伏したソフィアを彼らは引き起こし手早く彼女の出撃準備を整えていく。
「──ごめん遅れた!武装は!?」
「タイプ2、制圧装備が間も無く!」
「了解、出撃間に合わせてくれてありがとっ」
そう整備員に頭を下げるソフィアに対し、彼等はぴかぴかに磨き上げられ組み上がった機体群に自慢げな視線を投げかけた。
最新鋭機『ソードⅣ』。まるで刃物かと見紛う程に薄くアスペクト比の大きな主翼と、胴体からX状に伸びる4枚の主翼並に巨大な尾翼。その尾翼の先端に備わる着陸用の爪と各部の関節は人やドローンの脚の様にも印象付け、これが本機に戦闘機らしからぬ独特な機影を与えている。
「
「こちとら今日の予定全部狂わされてんだ、一発デカいの期待してます!」
彼らは口々に期待を込めた檄を飛ばす。
人類がエネミアンに対抗すべく生み出された有人飛行兵器。ロボットと戦闘機の融合体。全ての戦闘機を過去のものにし、その小さな機体と尾翼脚で常人には理解できない程に激しく舞いながら戦う“それ”は人々を鼓舞する
やがてそれらはこう呼ばれるようになる。
『
特にソードⅣは歴代のソードシリーズや他グラディエーターと比較してもひと際小さく一見武装すら積めそうにないレベルにまでコンパクトに纏め上げられていた。
あまりにも華奢で脆そうな機体。だが今や彼女の…否、出撃を待ち望み次々とリフトアップされていく全てのソードⅣはその小柄な胴体や薄い翼の両面を重火器で埋め尽くされている。ミサイルポッドにレールカノン、大型実体弾ガトリング、レーザーガン…そういった多種多様な武器が所狭しと積み込まれているのだ。各々が最大のパフォーマンスを発揮できるよう調整された兵器類は、元の美しい機影を覆い隠し雑然とした印象を与えている。
「当然任せて頂戴。ミレイヤ、いくよ!」
そんな機体がいくつも並ぶその奥、待機カタパルト上に「Sofia」と機首側面にマーキングされた私専用機が鎮座していた。翼にはミサイルが大小関わらずこれでもかと並べられ背面には大型のレールカノンを背負うその小さくも頼もしい背をこちらに向けた機体に迷わず飛び乗る。視界こそ良好なれど狭っ苦しいこのコックピットの居住性は最悪だが、不思議とこの狭さが安心感を産む。そんな座席に身を預け固定すると、続くミレイヤも膝元にあるコネクター付きのリングにコトリとハマりこむ。
「同調開始 完了。パイロット認証。ALICEシステム再起動開始。搭載武装認識。各部稼働部誤差修正 待機位置へ遷移要請発信」
出番と知り動き出す計器類。機体と繋がった彼女のアイカメラの光が赤く変わり始めるや否や、それに呼応するかの如く機体が震え細部にまで命が吹き込まれていく。
パイロットの補佐を一手に担っている彼女達Mタイプドローンはそれぞれが各パートナーにあてがわれる専用グラディエーターのサブデバイスでもあり、機体の管理やコントロールはすべて彼女たちが担う。つまりこのソードⅣはミレイヤのもうひとつの体であり、私たちは一心同体の関係でもあるのだ。
「通信回路開いて」
「了解。通信接続。バイザー投影」
≪少尉の凱旋を一同願っております。お気をつけて。ソフィア機、発進位置へ!≫
昇降機アゲロとの号令一下、華奢な機体が大きく揺れる。あぁこの時間、この瞬間。パイロットの胸が1番高鳴る時間だろう。かくいう私もアイツらに目にモノを見せられると思うと意図せず高揚しそうになる。
だが感情を出していられるほどの時間的余裕は無い。急いで隊長機に通信を繋ぐ。
「ソフィア機よりフライトリーダー、発進準備よしっ」
≪こちら404フライトリーダー、ルクラ。よく間に合わせた、それでは手短にブリーフィングを始める≫
回線の接続と同時に、視界一面を埋め尽くすほどのデータや機体の状況がバイザー全面に広がる。それと共に、我が404飛行隊を率いるルクラ隊長のよく通る声が無線越しにヘルメット内へ響く。
≪知っての通り索敵用デブリがエネミアンの一群を捉えた。要塞砲及び哨戒中だった第2巡洋戦隊による砲撃を継続中だが案の定効果は薄く、10分後には第1次警戒網を突破されるだろう≫
≪軽母級3、護衛級8、航空戦力推定180機以上。うち“
編隊メンバーの1人が如何にも気怠そうに口を開いた。
現在エネミアンと人類の戦争は暫定的な小康状態にある。月にまで追い込まれた人類は各ラグランジュポイントに宇宙要塞による防衛線を構築。僅かに残された生存圏を堅守し反撃の機会を窺っていた。
対するエネミアンもただ静観しているわけではない。物量において優位性を持つ彼らはおおよそ1ヶ月に1度、定期便と呼ばれる小規模群での攻勢で圧力をかけてくる。それらを迎撃するのが私達の仕事だ。毎月多少の死傷者は出るが、この要塞を突破できるほどの質や量はない。
だが、今回の攻勢はそれとは少々事情が違う。前回の襲撃は14日前。半月も経っていない段階で通常の倍以上の戦力を出してきたのだ。年に数度増強群で攻めてくる事こそあれど、これほど頻度の早い強襲はここ近年は確認されておらず、少なくともソフィアが赴任してからは初めての経験だった。
≪そうだ。司令部はこの事象を重く受け止め、万一を踏まえた合同作戦を発動した。我々401、402、404飛行隊と第2巡洋戦隊で奴らを迎え撃つ≫
1個飛行隊は18機。この要塞の保有機数は108機でその内非稼働機は24機。そこに巡洋艦の支援も混ぜるとは相当な大盤振る舞いだ。普段1個飛行隊だけで迎撃作戦を展開している司令部とは思えないが、それほどのイレギュラーなのだろう。思わぬ緊張感に背筋を冷汗が伝う。
≪401、404両飛行隊は以後α、β隊と呼称、指揮はこの私ルクラが取る。展開中の敵戦闘機部隊を叩くぞ。一掃後は402飛行隊、改めγ隊が対艦攻撃を敢行。攻撃指揮は402リーダー、ダリが取れ≫
その後も矢継ぎ早に行われる作戦指示と自身のポジションを頭に叩き込む。これ程の戦力、気を抜けば奴らは要塞を突破し月に向かうだろう。絶対にこの防衛線を抜かせるわけにはいかない。
それに。私はまだ、死にたくない。
≪各機発進位置につきました。射出まで2分、パイロットは増強食を服用願います≫
許されるのなら吐き出したくなるほどマズイこの“チョコレート”を1つ、座席の下から取り出す。大体5g程度しかない小粒の中に味覚を破壊する甘さと吐き気を催すナノマシンと薬品の味。
………新年早々アズサの用意する食事の代わりにコレを食べたくはなかった。個包装の封に少し切れ込みを入れただけで脳天を突き抜けるような薬品臭が立ち上り前回の出撃がフラッシュバックする。こんな目に合うのだから味覚も食事も不要だろうに。なんて前時代的な服用方法なのだろうか。チョコレートを開封する手が鈍る。
「マスター 服用をお願いします。着陸腕収納 カタパルトロック解除」
言われずともわかっている。意を決し開封すると口に放り込む。口内に残る唾液で溶け出すチョコレート。不快な味わいを無視できるよう、出来る限り、舌に触れずに、噛まずに、飲み込む──。
──直後。ひと際大きな鼓動が、胸の奥に響き渡った。
最初に体を襲うのは腹の底から湧き上がる拒否反応。胃の内容物が戻ろうとする強烈な不快感。かと思えば心臓を直接握られたかと錯覚する程の圧と脈動。服用直後に襲い掛かる苦痛を、歯を食いしばり耐える。全身を沸騰した血液が所狭しと暴れる感覚。同時に拡大、過敏化していく五感。混濁した本能に煽られ膨張する感情。
≪此方管制室。エネミアン、第1警戒網突破を確認。α、β両隊は直ちに出撃されたし!≫
≪状況は不可視だ。決して油断するな、第2警戒網到達までに必ず殲滅する。人類に未来あれ≫
≪≪≪我らの新たな道を開け!!≫≫≫
≪グラディエーター各隊、発進!≫
身体に掛かる加速Gが苦痛をひと際増大させることなどお構いなしに、機体は電磁カタパルトに乗せられ星の海へと次々と撃ち出される。処理能力を引き上げられていく頭が悲鳴を上げる中、それをなんとか抑え込み味方と飛行編隊を組む。
ひと呼吸置くとようやく全身の痛みが落ち着いてきた。代わりに増大するは燃え盛る闘志。そして、研ぎ澄まされた殺意。今のソフィアは…否、次々と発進していく全てのパイロット達は皆感情を強く刺激されている。それがたとえ副作用のひとつだと理解していてもこの感情は本物だ。2本の操縦桿を握りしめる掌が痛む。
奴等は、この先だ。
………
……
…
≪宙域管制より全隊、敵影再捕捉!編隊より2時の方向、上下角-10、距離30,000!≫
観測デブリで捉えた情報が伝えられた瞬間皆が俄に色めき立った。当然だろう、あの食糧と呼ぶには相応しくないチョコレートを口にしている都合、誰しも感情の昂りを抑えるなど出来やしない。
「マスター。当機のレーダーでも捕捉しました」
「了解。アリスシステムとパイロット鹵獲防止プログラムをアクティブに。機動基準面は月軌道、-5。調整お願い」
バイザーに再び押し寄せる情報の波は認知の拡張が進む脳が容易に処理してくれる。一度副作用の頂点を超えてしまえば此方のモノ。今のソフィアは目まぐるしく変わる情報を片手間で処理する傍ら彼方に浮かぶ地球へ思いを馳せる余裕すらあった。その星に彼女自身、手を伸ばせぬと知りながらも。パイロットスーツの胸に取り付けられた自爆コアの発熱が、起動の証である赤色が、まるで自身の鼓動かと…自分の感情の発露だと錯覚する。
≪各機捕捉したな?γ隊合流まで15分、敵艦の宙域侵入まで12分だ。10分でケリをつけるぞ!≫
≪≪≪ハッ!≫≫≫
編隊が、敵を先んじて叩ける位置に着こうと加速し、刃物のように鋭い殺意を研ぎ澄ます。
膝下のミレイヤの目が私の胸と同じように赤く染まる。戦闘の要である管理AI “ALICE” はしっかりと動いている。
イケる。
≪距離20,000で誘導弾掃射、以後散開!ツーマンセル!“
エネミアンの戦闘機に当たる戦力には大きく分けて2つの種類がある。ひとつは俗に頭付きと呼称される有人機。もうひとつがそれらを守るように取り囲む無人機だ。此方は中にエネミアンが乗らない故かコクピットに相当する箇所が丸々無く、脳無しとの蔑称が付けられている。
今回の群隊はそんな無人の機体を編隊全面に押し出し、まるで盾として使うと言わんばかりに脳無しの壁を展開していた。
「射程まで3… 2… 1──ッ」
《発射!散開!散開!!》
その盾諸共エネミアンをこの先制攻撃で。一気に削り落とす。
重量過多に積み込まれた無数のミサイルはひと息の間に放たれた。ただでさえ身軽で操作過敏な機体が、余分な重量物を捨てた喜びで更に加速し、一気に踏み込む。
敵の頭を抑えんと大きく機首を持ち上げた時、戦場を幾つもの閃光が覆った。表示される戦果を確認する限り、残念だが“頭付き”共の損害は軽微らしい。
《こちらβ-3、我ターゲット20から26を狙う、続け!》
「β-4了解!ミレイヤ!」
だが脳無しは相当に削った。今が好機。
此方の手荒い歓迎に一時的にだが体制を崩したエネミアンの群隊へ、我々は2機1組で襲いかかった。先陣を切るα隊の猛攻の前にしてエネミアンの陣形が更に崩れていく。α隊が敵陣形の奥にまで到達するころには敵群は完全に分断されていた。
続くようにソフィア達β隊も突撃すると、こちらの動きに対し遅まきながらも陣形を広げてきた。その一部が彼女と僚機の前には立ちはだかる。
頭付きが4に、脳無しが15、いやそれ以上か。だがその程度ならば。
「行くよ!」
「短距離誘導弾用意。
狙いを定め、最高速で群れに飛び込むと、残ったミサイルをばら撒きながら戦場を駆け抜ける。たとえ目視であろうと、この機体がどんな軌道を描こうと、奴等がどんな回避行動を取ろうと、この目なら敵の影をハッキリと捉えられている。
奴らの戦闘機は、なんというべきか。端的に説明するならば非常に不快だ。頭でっかちでぎょろついた目の様なセンサーがいくつも生えるコクピット。翼の代わりに大きな骨格無き腕が伸び、無数の脚にも見える縦に分割された滑らかな触手状の装甲板が積み重なる。その装甲板の奥を覗けば外装とは不釣り合いの無骨なエンジンが剥き出しで搭載され、戦闘にて装甲板が動くたびその隙間から時折見え隠れしている。
だが、あんな見た目で存外小回りが利く。油断は禁物だ。過激な軌道を取りつつも慎重に狙いを定め…引き金に力を込める。
背負ったレールカノンが矢継ぎ早に火を噴く。1発2発、遅れて3発──自身の放った弾頭は当然、視界に映る全ての火線すら私の肉眼は容易く追う。
奴の頭を狙った弾丸は惜しくも避けられ宙を切った。即回避機動を取る。直後、警告音。反撃に放たれ眼前に迫るミサイル群を、翼をしならせ躱す。盾として正面に立つ“脳無し”を掠め懐に潜り込む。狙うは機関部、文字通りその空間点での急旋回で敵機を正面に捉えた。更にもう2発。
「当てたか!」
確信を持ち放つ電磁を纏った弾頭は装甲板の隙間を縫い敵のエンジンノズルを穿つ。制御を失った機体に追撃のミサイルが標的の頭で炸裂。さっきまで敵だった物体は味方の過剰な死体蹴りに煽られ、瞬く間にただの火達磨へ変わり果てる。
「ターゲット25撃破──警告 直上より敵機複数」
「っ!」
ミレイヤの声が耳に飛び込むのとギラつく殺意を頭から浴びたのは同時だった。
咄嗟に尾翼脚の関節を稼働させ逆噴射をかける。最高速で飛び回っていた身に掛かる急制動。生身では無論、通常の対Gスーツですら耐えるか怪しいレベルの負荷にも今の体は強烈な不快感を覚える程度で済ませる。急な後退をするソフィア機に脳無しを引き連れる一群は追従し損ね、無防備にソフィアの眼前へ飛び出した。距離を取りつつ機首機銃をばら撒き牽制するも、奴等は無人機を盾に一斉に砲火を放つ。
が、その攻撃が届く直前にレーザーの嵐が“頭付き”を捉え、ソフィアを見据えていた奴の頭は一瞬で弾けた。敵の更に下方へと回り込んでいた友軍機の弾道をなぞるようにデブリの火花が咲き乱れる。
助かった、しかし私の戦績が芳しくない。狙わずばら撒いただけの弾幕とはいえ、今の一連の戦闘で致命傷となりうる打撃を当機は与えられずにいた。別に休暇など欲しくはないが、スコアの低さは評価に直結しかねない。
「ターゲット23 22及び21の撃破を確認」
ひと呼吸つく暇もなく置き土産のミサイルとビームの雨がデブリと共に降り注ぐ。シールドすら無いこの機体の装甲では直撃イコール死、目も当てられない。オーギュメンターを再点火、作ったばかりのデブリを盾に回避する。
それが仇となった。デブリの影から何かがぬるりと現れる。僅かとなった無人機を引き連れた傷だらけの頭付きが、私をターゲットに絞り猛然と正面から向かってきたのだ。距離にして、数百m。
「回避行動を─」
「だめだ!このまま!」
奴らの装甲板が生き物のようにうねる。命を捨ててまでこの機体を叩き潰さんと迫ってくるが、既にソフィアはミレイヤの警告を無視し迎え撃つと決めていた。
殺意を持ってレールカノンと機銃を速射。が、頭付きは此方の攻撃を悉く避け、遂に真正面から組みつかれた。衝撃を受けスーツ首元のエアバッグが煩わしく膨れ上がる。
エネミアンの採用する柔軟で有機的な装甲は時に堅牢な鋼の拳と化す。まるで骨や関節のない、筋肉だけの脚の様な数多の装甲板が機体に絡まる。最早重火器では手出しできない距離。
更に複数の衝撃。いつのまにか回り込んだ脳無しが今度は背部に張り付く。装甲がキャノピーを握り潰そうと巻きつき、ミシミシと異音を放つ。パイロットの私ごと殺す気か。胸が熱い。コアが着々と自爆準備している。
まだ、負けるわけにはいかない。負けたくない。
こんな化け物共に、私は負けない。
「ミレイヤ!」
「着陸腕展開 レーザーブレード発振」
機体下部に1本備えられた着陸腕をすぐさま展開する。元は作業用アームとして設計された代物、機体に合わせた作りのそれの腕は異様なまでに細い。だが見かけによらず頑丈、それに6軸稼働の汎用性は一級品。その先端から輝き伸びる光の刃を、勢いよく振り上げる。この広く深い星の海で、戦闘機同士が何度も切り結ぶ光景は繰り広げられる。が、片や装甲用の合金、片や光り輝き熱放つレーザーブレード。装甲板程度が打ち勝つ道理などありはせず、刃は容易く奴らの脚を溶断した。
「ずっと纏わりつくから!」
何度も腕を、脚を切り裂き、不恰好な頭に殺人的に輝く光の槍を突き立てる。最後の瞬間まで此方を凝視する5つの巨大な目玉が弾け、火柱が吹き荒れる。続いて主人を失った無人機を尾翼で蹴り飛ばそうともがく。が、それより先に僚機の放ったレールカノンが、それを粉々に撃ち砕いた。味方の弾丸に無人機だった破片。それと、私の機体の一部だった物がアラート塗れのキャノピー越しに掠めていった。
「目標撃破確認。上部尾翼及び背部レールカノン損傷 継続戦闘は非推奨」
バイザーが機体の異常を伝える。あの馬鹿、また味方ごと巻き込んだな。
「ハァー…ッ
《β-4、悪いがそいつで最後だったんでな!自爆が作動しなかっただけマシと思いな!》
血が上る頭でβ-3を罵倒したソフィアの視界が、宙域の奥に巨影が蠢くのを捉えた。
それはまさしく敵の本隊、その艦影であった。頭付きと同じように目玉と無数の脚で構成されたその影はどれもずんぐりと丸みを帯びた巨体である。中でも軽母級は600mを越す大型艦、対する人類軍の誇る艦船は中央軍の最新鋭艦ですら最大で400m程度しかない。母艦同士、正面から殴り合えば敗北は必至だろう。
だが───戦いは図体のデカい奴が勝つのではない。
《γ隊よりα、β両隊へ。宙域の制圧を確認、これより対艦攻撃に入る!attack‼︎》
《こちら第2巡洋戦隊、旗艦リーヒ。γ飛行隊と共に再度戦域へ突入する。射線を空けよ!砲撃戦用意!》
対艦ミサイルを抱え込んだγ隊が私達の頭上を飛び越えるや否や、その身に余る巨大な対艦魚雷を巨影目掛け次々と解き放った。更に後方から巡洋艦による猛砲撃が、光の奔流として巨大な弾頭をも追い越していく。もしここに大気があればそれらの発する轟音は周囲のデブリすら粉砕できていただろう。
《こちらαリーダー。我が隊の出番はここまでだ、掃討は彼らに任せ撤収する。被害報告せよ》
「β-3了解……あぁ、そうか」
勝ってたのか。
張り詰めていた糸がぷつりと切れ急速に脳が冷える。常に状況は処理していたはずなのに、ソフィア以外の航宙戦がとっくに終わっていると今更ながら認識出来た。途端、強烈な倦怠感が身を包む。チョコレートの効果が切れかかっているのだろう。デトックス前だから感情的になりすぎたか。代償としてあの巨艦が抵抗虚しく爆炎に呑まれる様を見届けられないのは少し残念でもある。
「戦闘終了。お疲れ様でした マスター」
「うん…おつかれさま。悪いけど、あとよろしく」
《おいおい、またオートか?》
どうせ同じように休むくせに茶化してくる同僚を無視し、HUDを閉じコクピット内部の光を全て落とす。
「……地球、か」
クリアになった視界で、あの青い地球を何度も何度も、繰り返し見つめる。あの星を再び人類が取り戻すまであと何世代掛かるのだろうか。手を伸ばせば掌に収まりそうなのに、この距離は今の私じゃどうしようもなく届かない。
でも、それでも良いと思っていた。あの地球を眺めながら戦い散るのなら、それでも良いと考えていた。
そんな過激ながらも退屈で、それでも大切で充実した日常。
だが…転機が近づいて来ているなど今の彼女は知る由もない。
ソフィアの瞼は、その青い輝きを脳裏に焼き付けようとする視界を、ゆっくりと閉ざしていく。
次回 護るべき恋
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