第2話 護るべき恋

 あぁ?なんでこんな最前線に立ってるかって?俺が聞きてぇよ。俺達の仕事は訓練に明け暮れるか、よくて映画の撮影くらいだったのにさッ──


《連続する爆発音》


 ─糞がっ…化け物共、昼飯時くらい静かに出来ねぇのか…!あ!?後退するかって!?できるわけねザ───応射だ応射!撃ち返──奴らに鉛弾喰わせてや──ザ─ザ───……


《暫くデータの壊れたノイズが走る》


 ─ザザッ…あんたもこの辺り出身なのか。ホント、ここは自然も多く隣人も優しい、住み心地の良い街だったよな。もう昔の話だが。それにしたって俺たちは兎も角、廃墟と化した故郷に取材とはあんたも中々難儀な仕事してるよ。

 余計な世話かもしれねぇが言っておく。飯詰めるついでにしっかり腹、括っとけよ。今日は廃屋の中だが、明日はお互い遺体袋の中かもしれんぞ。

 怖くないか?アホか、化け物の相手とか怖ぇに決まってるだろ。だが避難が終わるまで下がるわけにもいかん。

 実はな。俺の家族、まだあの山ひとつ越えたとこに居やがるんだよ。大陸疎開計画が遅々として進まねえせいでよ、今も母子共々プレハブ小屋で待ちぼうけだ。

 俺ァ育児ってのがよくわからなくてよ…結婚してからずっと迷惑ばっかかけちまった。喧嘩もよくした。学生時代も、同棲を始めてからも、家建てる時も旅行行く時も、それこそ一緒に寝る時ですらまるで意見が合わないんだぜ?なんで結婚したのか、俺は今でもよくわからん。


 ≪暫し沈黙が続く≫


 …………でもよ……アイツは。アイツはそれでもこの俺の背を押してくれんだ。こんなクソったれな状況でも俺は軍人になれたことを後悔してねぇし、アイツもこの仕事に就く俺のことを信じてくれた。

 信じて、背を押して、送り出した後に、俺に見られない所でアイツは泣くんだよ。アイツは堪え性がないからな、俺が扉を閉めたらすぐ泣き始めるんだぜ。まったく、そこまで泣くぐらいなら引き止めりゃいいのによ……。

 ...だからな、俺はこんなとこで負けてくたばるわけにはいかねぇ。これ以上アイツを泣かしちまったら俺は、俺が、絶対に許せなくなる。逆もそうだ。俺がここでオメオメと逃げかえればアイツは自分自身を許さねぇと思う。そんなことはさせん。させてたまるかってんだ。


 ≪再度鳴り響く爆発音≫


 少し、無駄話が過ぎたな。化け物共が戻ってきやがったしこれ以上待っても生存者は望み薄だ、急いで西の残存守備隊と合流するぞ!


《連続する爆発音》


 まだだ…まだ、まだ俺達は負けてねぇ…!例え1人になってもだ、アイツのために俺は戦い続───









 〜爆撃跡地の廃墟で発見された音声レコーダーより〜








 2097年 1月1日 9:20

  ヴェルダン要塞 上層 4番格納庫



「こりゃまたド派手にやりましたなァ」


 帰還早々ソフィアを待ち構えていたのは眉間にシワを寄せ苦笑う整備班の面々であった。ソフィア自身コクピットから出た後に気がついたのだが、どうも損傷は尾翼2枚どころでは収まらなかったらしく、上面装甲は軽く抉り飛ばされ痛々しい内部が露出していた。ボロボロに断裂した内部構造に守られ機関部は間一髪で無事であったが、これほどの傷跡、どんな素人でもひと目見れば整備班にのしかかる負担は容易に想像できるだろう。


「ごめんなさい…いやホントにゴメンナサイ…」


 だからこうして敵の突貫を真正面から受け止めた愚か者わたしは格納庫に降り立つや否や冷や汗を垂らしながら平謝りしていた。破損した直接的な要因は僚機を担っていたβ-3、改めステファンの馬鹿野郎が私ごと敵を撃ちやがったせいなのだが。そんな言い訳を並べ立て面子を保とうとするほど私は醜く生きているつもりはない。なにより…ミレイヤの忠告を無視し、相手の土俵に付き合って近接戦闘殴り合いを繰り広げたのはこの私なのだし。


「ハハハ、まぁ大丈夫ですよ。大方ステファン少尉の誤射でしょう?」

「またあのスコア馬鹿か。いい加減更迭すりゃいいんだ。そりゃ腕は認めるし死人こそ出してないけど、アイツは確信犯だろ!どれだけ味方機傷つけたら気が済むんだ」

「まぁそういうな、その馬鹿のおかげで少尉殿は生き延び、乗機だけの被害で収まってんだ。401あっちのようにはなりたくないだろ」


 その通りだ。あの腕前を404が抱え込めているおかげでこの飛行隊の損耗率は抑えられているのだ。ただ素行が悪く兵器の損耗率が上がる代わりに死傷者は減る。これほどコストパフォーマンスがいい人材をあの司令部が簡単に捨てる判断をするだろうか?

 否。彼が活躍するほど兵器が壊れるとしても、それ以上に人的資源の損耗を抑えられるのならば安上がりというもの。

 格納庫の奥に目を向ければもの見事にコクピットが吹き飛んだ元兵器の鉄屑デブリがいくつもころがっていた。今回の戦いでも私たち404隊の損害は軽微だったが、他の飛行隊…特に401飛行隊では単純な被撃墜での損失以外にも、ああいう風に自爆した機体が複数機いるらしい。ああはなりたくない。


「ケッ...奴らに鹵獲されないだけマシ、か」


 思えば、何故エネミアンは私達を捕まえようとするのだろうか。ふと疑問が頭に浮かぶ。過去の大戦では私達のことを捕まえては兵器として再利用していたと学生時代の講義で教わった。だが具体的な資料などは地球脱出時に発生した大規模な情報の喪失に巻き込まれ残っていない。情報が無ければ奴らの真意など判りようがない上、奴等に直接問いただそうにも捕虜を捕まえた例は過去の大戦を含めてなお一件たりともないのだ。デブリの回収を専門の部隊が行っていたりと収集を進めているとはいえ、やはり情報が足りていないこの現実が戦況が芳しくない事実の証左であろう。


「無駄口はそこまでだ貴様ら、さっさと仕事に戻れ!……少尉殿も早く港に向かわれては?」


 雑談で盛り上がる作業員達に班長が喝を入れ彼らを仕事に駆り出すと、棒立ちし思考を巡らしていたソフィアに振り返り問いかけてきた。自分の世界に入りかけていた彼女の頭は、一瞬だが彼が何の話をしているのかを飲み込むまでに時間がかかる。

 みなと。港……?


「…あっそうか輸送船団!ごめんなさい、あとよろしくお願いします!!」

「マスター。先にデトックス治療を─」

「うるさいなっ!まだ大丈夫!」


 そうだ。色々あってすっかり忘れていたが、とっくにこの要塞へアズサは来ているはずだ!確かに今日はとことんツキがなかったけれど、それでも彼女と会えるならばこの程度の苦など一切問題ない。たとえ過去に見た夢を追い切れないと分かっていようと、この気持ちがある限りどれほど辛かろうと私は充分に幸せを味わえる!

 再度整備班に頭を下げたソフィアは説教体勢に入ったミレイヤの腕を引き脇目も振らずに駆け出だしていた。


「ったく…手間のかかる人ですな」


 扉を蹴破り彼女が消え去ったのを見届け仕事へ戻る彼の行動は果たして、彼女を邪魔だと思い追い出そうとしたものなのか。それともただの善意なのか。彼女はわからなかったし、そもそも彼への関心すらそこには存在しなかった。

 なにしろ今のソフィアの瞳には、たった1人の女性しか映っていないのだから。



 ………

 ……

 …



 港区画内は接舷した輸送艦からの荷卸しでごった返し、格納庫とはまた違った活気が場を支配していた。

 相変わらずここに来ると喧騒に頭がクラつく。アズサは軽い頭痛を覚えながらも、タブレット端末片手に積み下ろし作業の監視と新人に対する教習を続ける。次から次へと吐き出される大小入り混じったコンテナ群。小さな荷物は運搬ドローン達の手で直接運ばれ、大型コンテナは要塞外部の移動用レールに載せ替えられ要塞内に運ばれていく。その流通の管理役が、彼女がこの要塞に降り立っている間の仕事であった。


「いい?薬品類は7番外部レールで医務区画に運ばれているわ。医療器具は6番だから混同しないよう気を付けるのよ」


 神妙な面持ちで聞き入る新人達数名の緊張を解きほぐすよう、ラフな口調で私は説明を続けた。操作パネルを小気味良く弾けばレールやクレーンドローンが指示通りに手際よく連動する。彼らを指先だけでコントロールする感触は私を魅了、とまでは言わずともそれなりのやりがいを提供する程度には役立ってくれる。同じ解を持ちそれを覆さない機械との淡々とした付き合い。常にルーティーンが存在し、期待した働きを完璧にこなしてくれるというのは何にも変え難い程に大事なのだ。


「AI任せでも間違いないとは思うわ。でも、想定外なんてどこで発生するかわからないものでしょ。念の為に自分達の目でも流れは把握しておくこと」


 最も、エラーが起きたことなどこれまで一度もない。私が好き好んで直接動かしているだけで、本来人間は見ているだけの仕事だ。だから手を抜いてもAI任せでも良いと暗に伝えているのだが、どうにも反応が薄い。

 新人達がキチンと意味を理解出来ているか気になったアズサは、ズレてきたフレームの細い丸眼鏡を正し彼らに振り返った。


「それじゃあ後は君たちでこの──」

「アーズーサーっ!!!」


 眼鏡越しの視界が新人一同の代わりとして振り返りざまに捉えたものは、満面の笑みで彼らの頭上を越え胸に飛び込んでくる1人の赤髪の女性の姿であった。

 彼女を押し倒さんと言わんばかりに勢いよく抱きつくソフィアに一瞬面食らったが、本人も意外だった事にアズサは彼女をしっかりと受け止められていた。

 仕事中にもお構いなく飛びついてくるとは、相変わらずしょうがない人だ。ヘルメットを脱いでから戯れてくるようになった事は成長だろうか。次は胸の硬い保護用コアもあらかじめ取り外すようお願いしておこう。

 そう考えながらも彼女は言いかけていた言葉を再度状況に合わせて練り直し、口にする。


「──……この仕事を見ていてちょうだい。私はこの通り予定が飛び込んできたので、少し休憩を取らせて戴くわ」


 思わぬ出来事に目を点をした棒立ちの彼等へ手短に指示を済ませると、上機嫌なソフィアを抱えたまま彼女は床を蹴り場を後にする。さほど難しい仕事は任せていないし問題はないはずだが…完全に放置するのも良くないだろうか。

 誰か任せられそうな者はいないか周りを見渡すと、私の胸に顔を埋めている主人を追ってきたであろうドローンが目に入った。


「おはようございますアズサ様」

「久しぶりミレイヤ。ちょっと新入りの面倒見ておいて。問題は無いと思うけど」

「20分後にマスターのデトックス治療が控えています」

「それまでで構わないわ、やってちょうだい」


 想像通りというか、この子はまた治療を後回しにしてやって来たのか。明日命があるかもわからない仕事なのだから気持ちはわかるけど。なにより私のために走ってきてくれたという事実が嬉しい。


「ソフィも元気そうで嬉しいわ。でも貴女、治療またすっぽかす気?ちゃんと血は入れ替えないといけないわよ」


 だが甘やかしすぎもダメだろう。癖っ毛で可愛らしい赤髪にそっと手櫛を入れ、アズサは彼女に優しく問いかける。アズサにとっても大事な人、だからこそしっかりと求められた物事はこなして欲しいと彼女は強く思ってしまう。

 ほんの気持ち程度に語気を強めて注意を促すと、暫く黙って撫でられていたソフィアがようやく口を開いた。


「今は、アズサの体温を感じていたい。冷たい宇宙から帰って来たばかりだし…ダメかな?」


 想像して見て欲しい。平均より高身長かつ端正で大人びた顔立ちの女性が、つり目気味で気の強さを漂わせた彼女が、上目遣いでダメ?と聞いてくるのだ。これほど愛くるしい女を前にして鋼の意思を貫ける人がはたしているのか。少なくとも私は先ほどまでそこに存在したはずの説教モードは立ち消えてしまった。

 人前ではあまり見せたがらない彼女の弱い姿。胸の奥が締まるこの気持ち。まったく、ソフィアは私が居ないとてんでダメなのだから。


「ミレイヤが戻ってきたらちゃんと行くのよ?それまでは一緒にいてあげるから」


 コクリと首を縦に振る彼女をもう一度抱きしめる。数ヶ月に一度しかこの温もりに浸れないなんて考えたくもない。慣性に身を任せふわふわと壁際へ運ばれゆく2人の世界には誰にも踏み込ませたくない。

 この時間がずっと続けばいいのに。そう願う2人はこの広い空間の端でゆっくりと溶け合っていった。




 今、形あるこの幸せを噛み締めるように。





 今、形あるこの幸せがいつの日か変わってしまうなど思いもよらずに。






 次回 転機

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