「水の中の都市」

 かつて、この世界は科学技術が素晴らしく発達していました。

その力は世界から夜をなくし、遥か彼方の星まで一瞬で行くことができたといいます。

 やがて、人々は愚かにも戦争を起こしてしまいました。

 何百年もの間戦争が続いた後、人々は知識を失い、星へ行く力を失い、陸を失い、そして、空を失いました。

 人々は、惑星全体を覆う『水』の中に住むことになりました。

 それは、決して割れることのない巨大な『泡』を海底から伸びる巨大な鎖につなげて、その中に人々が生活できる『大地』を造り、海流を利用して消えることのない『光』を生み出すというものでした。

 かつては青かったという空は今では毒々しい紫色をしているということです。

 私は青い空を見たことがありません。今では生み出されたオレンジ色の人工の『光』が、世界を照らしています。

 私は、ここ以外の他の世界を知りません。かつての技術は失われ、他の人々が暮らす『泡』へ行くことも、紫色の空の『上の世界』に行くこともできません。

 私の住んでいるこの『泡』も人口はわずかに二〇人。

 私達が最後の生き残りなのでしょうか。

 どうかお願いです。

 この手紙を読まれた方。

 私達は『生き』ています。

 そして、いつかこの目で青い空を見たいと思っています。

 私達のこの願いは叶わないかもしれません。

 ああ、今。

 『泡』の大地をつなぐ大きな鎖が切られてしまいました。

 だんだんと『泡』が上へと昇っていくのがわかります。

 この手紙を海に放します。

 私達のこの無謀な計画が成功すれば、この手紙は笑い話になるでしょう。この無謀な計画が失敗すれば、この手紙は遺言になるでしょう。

 この手紙が、青い空の下に住む者達の手に渡ることを願って…



「ロンよりショウコ」


ロン「おいおいどうしたんだい。真剣な顔をして、せっかく海に来たんだから楽しまないと」


ショウコ「変な海藻をひろったんです」


ロン「どんな海藻だい?」


ショウコ「それがなんか変なんです」


ロン「おお、これは珍しい物を拾ったね」


ショウコ「珍しい?」


ロン「これは海藻に印をつける習性を持ったカニの仕業だよ」


ショウコ「カニの習性なんですか。なんか文字のようにも模様のようにも見えるんですけど」


ロン「オカルト好きの人が言いそうなことをいうね。確かに、以前は何かしらの意味を持っているんじゃないかと研究をしている学者もいたみたいだけど、特に意味らしいものは発見できなかったみたいだよ」


ショウコ「そうなんですか」


ロン「この水の惑星には陸がない…一〇〇%水だけの惑星だ。だから、水生生物が知性を持っていると信じている人もいるくらいなんだ」


ショウコ「へぇ」


ロン「このカニは子育ても変わっていて。海底から伸びた海藻の先に空気の泡を作ってそこに卵を産むんだ。卵から孵ったカニの子供はしばらくその中で生活して、最後にはその海藻を噛み切って泡と一緒に海上まで浮上してくる。その前に群れの中の一匹だけが海藻にその模様を描いて海に流すんだ」


ショウコ「海上に浮上したあとはどうなるんですか?」


ロン「浮上したらカニたちは海に潜っていく。そして、また海藻に巣を作って卵を産むんだ。カニたちの寿命は一週間くらいしかないからね」


ショウコ「なんだか悲しいです」


ロン「この星についてはまだわからないことだらけだよ」


ショウコ「観光で来るには良い星ですけど、住む場所が船の上しかないなんて不便ですね」


ロン「それがいいんじゃないか、そもそもこの星はだね。空の色が紫でその原因もよくわかっていなくて……」

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