第2話 小説家は天使を求める:page1
僕の前に天使が現れた。
肩にかかる程度まで伸びた絹のような滑らかな質感の美しい黒髪。白をメインとした、いかにも清楚系ヒロインらしい服装。まだ幼さを残した顔立ちは美少女と称するには充分で―――
「これ一冊ください」
―――その声は僕の理想そのものだった。
◇◆◇
早朝。アラームが鳴るより早くにかかってきた電話を合図に僕の一日は始まった。
『とべっちおはよーさん元気?元気やんな?元気って言わんかったらぶっ飛ばすで?』
と、朝早くから電話をかけられ出たことを後悔する羽目になった。
とべっちというのは僕のネット上のニックネームだ。本名は
苗字と名前がどちらも[とべ]と読めることから[トベ]というペンネームでトゥイッターを始め、誰が言い出したか定かではないが、いつの間にか呼び方が[とべっち]で固定されていた。
僕は無言で電話を切り、洗面所へ向かった。
洗顔に歯磨き、寝癖直しと一通り済ませて、昨晩準備していたキャリーケースを確認する。
「よし。問題ないな」
中に入っているのは全3種の本だ。僕が企画立案と本稿執筆を担当し、仲間がイラスト等他の作業を担当して作った。いわゆる同人誌というやつだ。それぞれ50冊ずつ入っている。
今日は京都で開催される同人イベントに参加する予定だ。
開始時刻は午前10時。今の時刻は7時を少し過ぎた頃。会場近くのホテルに泊まっていたため、15分もあれば余裕で間に合う計算なのだが、明らかに早く起きすぎてしまった。
(あと1時間は寝れたはずなのに……あのバカ)
と、この場にいない迷惑電話の主に毒づいた。
2時間後。少し早めに会場に入った僕は、自分のサークルスペースを探していた。
会場になっているのは京都駅近くにある20階建てのビルだ。平均して12畳ほどの部屋が各階に6部屋ずつあり、それぞれの部屋に1~2組のサークルが割り当てられている。大手サークルともなると上の階にある会議用の広い部屋が割り当てられるらしいが、僕の所属するサークルは僕を入れて3人の超小規模サークルだ。今回は3階のはずなのだが……。
「あれ……おかしいな」
3階の部屋を見回しても、それらしい場所が見つからなかった。
場所が変わったのだろうか?それなら連絡があるはずだが、今のところそんな様子も無い。
辺りをキョロキョロと見まわしていると、何かにぶつかってしまった。
女性だった。
「あっ……すみません!怪我無いですか?」
女性は僕を一瞥すると、自力で立ち上がって何処かへ行ってしまった。
眼鏡をかけていて分かりにくかったけれど、多分睨まれていたと思う。
朝から災難続きだ。
「おーい!とべっち!!こっちだよ」
「はいはーい」
ようやく目的地に着きそうだ。
声をかけてきたのは同じサークルのイラストを担当している女性。
5階に上がってすぐ、右手側の部屋に僕たちのブースが見つかった。
「おん?やっと来たか。随分遅かったやん」
椅子の上で片膝を立てている男。同じくサークルメンバーの
「場所が変わったなら教えてくれれば良かっただろ」
「何人聞きの悪い事言うてんねん。ワイはちゃんと連絡したで?」
「は?チャット来てないぞ」
「あーチャウチャウ。電話や」
「電話?」
早朝の迷惑電話をかけてきたのは彼だ。ということは……。
「二時間ちょっと前に電話かけたやろ。あんとき自分切ったやん」
「聞かなかった僕が悪いと?」
「そういうこっちゃな」
僕は小さく舌打ちをしてからキャリーケースを開いた。
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