チート的文武両道 その1
その1-1 記憶能力は勉強にも活きます
夜、寝る前にベッドで頭の中の奴と対話をする。
「明日からは本格的な授業だなあ」
≪不安ですか?≫
「いいや、全然」
なんたって……ノーズに全て記憶させたからな!
一度見たスポーツの動きは俺の身体能力の範囲で完全再現し、俺の目に映った光景や文字は二度と忘れることがない。
そして俺の脳と
「辛いものはノーズに忘れさせてもらうけどね」
と、そんなご都合主義も発揮しつつ。
俺は学校が始まるまでの一週間、高校指定の教科書を片っ端から読んでノーズに学習させた。
全く同じ問題ではないにしても、もちろん応用が効く。
さすがに教科書全て読むのは無理があったので、多少の進行具合の違いはあるが、当分は分からないことは出てこないだろう。
これで俺は無敵だ!
「勝ったな」
≪……ずるいですね≫
それ、自分で言う?
そんなこと言っても、協力してくれるんでしょ?
≪……まあ、主ですから≫
なんだよ、このツンデレめ。
いつも助かってるぞ、相棒。
≪悪い気分ではないですね≫
可愛い奴だ、明日からも頼むぞ。
≪はい≫
よし、ってことでおやすみなさい。
「ぐぅ」
★
「これ、石川解いてみろ」
一限目の数学。
先生は、ハゲた定年退職間近ぐらいの小っちゃいおっさん。
「おい、まだ始まってから十五分だぞ」
「ほとんど何も教えられてないじゃん」
「龍虎くん、大丈夫かな」
周りからはそんな声が聞こえる。
それもそのはず、提示してきたのは、どう見ても教科書レベルではない難問。
黒板に書かれた数字の羅列に、見るだけでも嫌になっている人もいる。
「どうした、こんな問題も解けないのか? ダメだなあ、そりゃ。これぐらいやってもらわないと、うちには付いて来れんぞ? さあやってみろ」
首を上下にゆらゆら、左右にくねくねさせながらオーバーアクションの先生。
最初に習う「因数分解」の範囲ではあるが、かなりの応用が必要だろう。
先生は何が気に入らないのか、教室に入った時から俺を睨みつけていた。
うん、これは俺に恥をかかせようとしてるね。
「はい」
ならばその誘い、乗ろう。
「お、おお……。なんだその自信満々な返事は」
予想外だったのか、すっと席から立って黒板に式を展開し始めた俺に、少々驚き気味のおっさん先生。
「いえいえ、自信なんて全くないです。えっとー、これで……」
手を動かす方はノーズに任せつつ、俺は精一杯悩む演技の方に注力だ。
そうして導き出した瞬間に俺に手の操作を交代。
カッカッカッ、と先生に向かってわざとらしくチョークを鳴らす。
「自分なりにやってみました」
「「「おお~」」」
一切迷うことなくチョークを走らせた俺に、教室のみんなが感嘆の声を上げる。
みんな気が早いな、まだ合ってるかは言われてないのに。
けどまあ、
「せ、正解だ……」
「「「おおー!」」」
先生の悔しそうな顔に、みんなの声は強みを増した。
その声に若干気持ちよさを感じつつ、頑張って普通の顔を取り
「す、すごいね龍虎くん……。何が書いてあるか分かんないよ」
振り向いた遥ちゃんが、手を添えながら小声でそっと話しかけてきた。
「予習してきたおかげかな」
「予習であそこまで出来るものなのかな‥…」
出来るわけねえ~! と思いながらも、にこやかな笑顔で誤魔化した。
勉強教えてと言われた時には俺の全力を以て教えてあげるので、ノーズのずるさは許してほしい。
そして二限以降も、
「石川くん、これ出来ますか?」
「えーじゃあこの問題を……石川くん!」
「今日は火曜日だからー、石川くん!」
なぜか当てられ続ける。
授業内で当てられるのは俺だけじゃないが、最初は決まって俺だった。
四限の英語の「火曜日だから」に至っては意味が分からない。
各先生もまだ全員の顔も認識していないだろうし、目立ってしまうから当てられるのかな。
でもまあ、一限の数学の先生みたいに嫌味ったらしくってわけではないので、二限以降は難なく、淡々と答えていった。
「すごいね! 龍虎くん、なんでも出来るんだ!」
「ほーんと、頭良いんだね」
四限が終わり、昼休憩の時間に遥ちゃんとあやちゃんに話しかけらる。
「そんなことないよ。予習してきたってだけ」
予習以外の言い訳何かないのかよー! と自分にツッコミながらも、ノーズの事は話せないのでそう言っておく。
「そっかあ、全部予習してきたんだね。すごいや」
「見た目に反して真面目なんだね~」
「反してってなんだよ、反してって」
遥ちゃんは素直に褒めてくれるが、あやちゃんは意外って感じのリアクションだった。
「じゃあとりあえず食べますか、遥」
「そうだね」
一つ会話を終え、あやちゃんが遥ちゃんの席で弁当を広げ始めた。
二人で食べるみたいだ。
「龍虎くんは? 一緒に食べる?」
「んー……」
遥ちゃんに一緒に誘われるが、生憎俺は弁当じゃないので、購買か食堂に行く必要があるんだよね。
それと多分、誘ってくれてはいるが、男女だとなんとなく恥ずかしいという風にも見える。
良く分かる、教室内は目立つからね。
なんて考えていると、
「おーい、龍虎!」
「お」
遠目の席から呼び掛けてきたのは、昨日仲良くなったサッカー部の『松原太一』だ。
無造作な短髪で、雰囲気がいかにもサッカー少年。
多分、十人に聞いたら九人がサッカー部だと答えるだろう、って感じ。
「食堂行かねえか?」
「いいよ!」
ナイスタイミング!
「俺はあいつらと食べて来るよ」
「うん、わかったよ」
遥ちゃん・あやちゃんに一言伝えてから、教室を出ていく。
「それで松原──」
「『太一』だって。俺も龍虎って呼んでるだろ?」
「お、おう」
いきなり下の名を呼び捨ては、やっぱり難易度高いなー。
下の名同士で仲良く話せる友達がいなかったので、中々慣れない。
「おい、龍虎」
「俺たちのことも覚えたか?」
太一の横にいた二人も、俺に話しかけてくる。
「バスケ部の西川と、大沢」
「そう」
「正解」
身長が俺よりも高い185cmの西川に、彼女持ちの大沢だ。
二人は中学からずっと友達らしく、部活も同じバスケ部だ。
昨日太一のように話しかけてくれたから仲良くなれた。
二人は太一のように下の名前ではなく、西川と大沢。
なんでかと言われると、なんとなく。
二人がお互いにそう呼んでるから、かな。
「じゃあ行くかあ」
先頭をきる太一についていく。
太一、西川、大沢。
昨日話した男子の中でも、特に仲良くなれそうな三人だった。
女の子と仲良くするのももちろん良いが、青春としてはやっぱり男友達も欲しいところだ。
こいつらとは、これからも仲良くやっていけそう。
★
食堂にて。
それなりの行列の後、四人でラーメンをすする。
「聞いてくれ、三人とも」
神妙な面持ちで口を開いた太一に、俺たちは手を止める。
「なんだよ」
俺が聞き返すと、太一は一息おいて真剣に話し始めた。
「五限目。午後の一発目は体育だ」
「それがどうしたんだ?」
「別に女子と一緒ってわけでもないだろ」
そう、大沢の言う通り、高校の体育は普通男女別で行われる。
だが太一は目を見開き、言葉を発した。
「今日は……女子が隣にいるらしい」
「「なんだと!?」」
西川と大沢が声をハモらせた。
おいおい、西川はともかく大沢は彼女いるだろ。
「ということは……」
「ああ、そうだ西川。ここで……このクラスの『スポーツができる人』が決まる」
「まじかよ。今後を左右する一大事じゃないか」
西川が超真剣に受け答えをする。
だが、
「……」
くだらなすぎる。
くだらなすぎるけど……
「はははっ!」
「何笑ってんだよ龍虎!」
「いやあ、ごめんごめんっ」
自然に笑いがこみ上げてきてしまった。
その理由は明白。
俺は多分、こういう男子高校生みたいなくだらない会話が羨ましかったんだなあ。
「じゃあいっちょ、頑張りますか!」
「「「おう!」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます