第10話 実在した伝説上のイベント『放課後デート』

 「やっぱここっしょ」


「近いからねー。高校生活で通っちゃうかも」


 『放課後デート』。


 陰キャオタクで友達すら一人もいなかった前世では、味わったことがあろうはずもない、まさに伝説上のイベント。


 まさか……実在していたとは。


 女の子が二人、両手に花という状況で果たして“デート”と言っていいのか分からないが、そういうことにしておく。


 やってきたのは、近くのファミレスだった。


「……龍虎くん?」


 伝説のイベントとの邂逅かいこうに、入口付近でボーっとしていると、遥ちゃんから声を掛けられてしまう。


「な、なんでもないよ!」


 どうして良いかも分からず、立ち尽くしていたのが不自然だったのかも。

 自然に、もっと自然に……。


「よかった。それじゃあ、とりあえずあの辺座ろっか」


「そだね~」


 いつも通り、みたいな感じで進んでいく二人の後ろを付いて行く。 


 ところで。

 女の子とファミレスに来て、一体何をすればいいんだ……?


 女の子二人の対面に座り、頭の中で必死に考える。

 でもダメだ、どれだけ考えようとも、経験が0なら浮かんでくるはずもない……!


≪そうですね……≫


 きたっ! 救世主メシア


 その声で俺の苦悩は解決されるかと思ったが、返ってきたのは、まさかの期待外れの回答だった。


≪普通に、話すだけで良いのでは?≫


 は?


 その答えに一瞬、硬直してしまう。

 そうして湧き上がってくるのは、イラつき。


 バカッ!

 そんなわけないだろ!


≪……?≫


 せっかく学校では最高のスタートダッシュを決めたんだ。

 ここでも、すげー奴って思われたい!


 俺のこと、なんにも分かってないじゃないか!


≪……そうですか。それなら好きにすれば良いのでは?≫


 なんだと、この野郎。

 急に冷たくなりやがって。


 もういい、俺だけの力でやってやる!


「龍虎くんは?」


「へっ?」


 頭の中で戦闘を繰り広げている間に、遥ちゃんが話しかけてくれているのにようやく気がついた。


 くっ、ノーズ邪魔者と会話している場合じゃなかった!


「ドリンクバー。いる?」


「ああ、うん! じゃあ、欲しい……かな」


「おけー」


 俺を待っていたのか、それを聞いたあやちゃんが店員さんに伝えた。

 

 ピンポンを押したのも、店員さんが来ていたのも気がつかなかった。

 どんだけ緊張して周りが見えなくなっているんだ。


「龍虎くん……? 大丈夫?」


 そんな俺の顔を覗くようにして、遥ちゃんが様子をうかがってくる。


「だ、大丈夫だけど」


「そうかなあ。ファミレスここに来てから、なんとなく元気がなさそうに見えたから」


 まずい、このままでは緊張して話せていないのがバレる。


 友達とこんな所に来たことない、なんてバレたら「陰キャ?」と笑われて明日以降話しかけてくれないかもしれない。


「ごめんね、やっぱり嫌だったよね。龍虎くんが、私みたいなのと放課後どっか行くって」


「え?」


 俺の心配とは裏腹に、遥ちゃんの口からは予想外の言葉が飛び出した。


 何を勘違いしたんだ?

 けど、とにかく、


「そ、それは絶対にないよ!」


「!」

「わぉ」


 否定したい気持ちが強く、思わず身を乗り出して言ってしまった。


「あ、ごめん。つい……」


 そうして我に返る。

 なにやってんだ俺、恥ずかしい……。


「ふ~ん」


 そんな俺を見て、あやちゃんがぽつり。


「龍虎くん、緊張してる?」


「……!」


 思わず、「はぅあっ!」なんて言葉を出しそうになる口を必死に抑え込んだ。


 な、なんで……。


「はは~ん、やっぱりそうだ」


「え、そうだったの?」


 もはやそう確信しているあやちゃんと、意外といった顔を向けてくる遥ちゃん。


「い、いや、違──」


「違わない、でしょ?」


 いじわるっぽくニヤっとした顔で言ってくるあやちゃん。

 ダメだ、強すぎるこの子。


 終わった。

 やっぱり、生まれ変わってもギャルはギャルだった……。


 ギャルは苦手だ……。


「あっはは! やっぱり可愛いとこあるよね~」


「……へ?」


 自分の不甲斐ふがいなさに絶望寸前までいっていたが、ニコっとしたあやちゃんからはそんな言葉が飛び出す。


「もう。なんだ、そうだったんだね。私てっきり……」


「遥はほんっと自分に自信ないよね~。もっとその可愛い顔に自信持たなきゃさ~」


「ちょ、ちょっとあやってばー」


 あれ?

 

 俺がこの場に緊張しているダサい男だって分かったのに。

 なんだ、この温かい反応。


「龍虎くん」


「あ、うん」


 遥ちゃんは少し恥ずかしそうに見つめてくる。


「女の子とこういう場所に来るの、初めてだったりする?」


「うん……あっ」


 しまった!

 遥ちゃんの可愛い顔の前に、つい本当のことを……!


「そうなんだ。じゃあ私と一緒だね」


「……え、遥ちゃんも?」


 意外な言葉に、反応が遅れてしまう。


「そうだよ。だから……今日の誘いはそれなりに頑張ったんだから」


「!」


 ほほを少しぷくっとふくらませて、上目遣い。

 可愛すぎるよ。


 ……それでも、やっぱり


「い、意外だね」


「そう、なのかな? そうでもないと思うけど」


 俺の言葉に「案外普通だよ」といった感じのリアクションが返ってくる。


 そうなのか?

 こんな可愛い子なら、男子も放っておくわけないだろうに。


「そうそう。だから~、龍虎くんが初めてってのも別に普通じゃん?」


 あやちゃんの言葉で、俺は世間を知る。

 

 ずっと閉ざしてきた世界で育ってきたから、俺は人とのコミュニケーションも、同世代の常識も知らない。


 けど、案外そんなものなのか?


「てかまあ、遥は真面目だったからね~。学校でもずっと眼鏡で、あたしがコンタクトを強く勧めたから今はコンタクトなんだよ」


「そうなんだ……」


「そういえばあれだよ。龍虎くんと初めて会った時。あれが、初めて遥が外出先でコンタクトデビューした日じゃなかった?」


「うん、そうだったね」


 遥ちゃんが眼鏡っ子か。


 その姿も可愛いんだろうけど、今のコンタクトの姿はとても似合ってる。

 そっちにして正解だったかもね。

 

「ていうか何か食べない? ちょーお腹空いたんですけど」


「そうだね、何か食べよっか。龍虎くんは何が良い?」


「俺は──」


 そうして、「俺が緊張してる」って話はどこかへ流れ、普通に会話が弾んでいったのだった。

 




「バイバイ、龍虎くん」

「じゃあ、明日ね~」


「うん! 二人とも気を付けて帰ってね!」


 初日からあまり遅すぎても二人の両親が心配されるだろう、ということもあり今日は解散。


 いつの間にか話し込んでしまい、スマホで時計を確認すると18時を超えていたのでびっくりした。


「はあ。楽しかった」


 特別に何かをしたわけではない。

 本当にただ会話をしてただけ。


 それが、時間を忘れてしまう程に楽しいなんて思いもしなかった。


「……悪かったな」


≪気にしてませんよ≫


 俺はノーズこいつの言った、「普通に会話すればいい」の意味が分からなかった。


 何か特別なことしなきゃ、って気負い過ぎていたんだ。

 けど、友達ってそんな関係じゃないと思う。


 ノーズ、お前がやっぱり正しかったな。


≪これからも主のために進言するのみです≫


「頼むな」


 こうして気分よく、家に帰るのであった。





 明日から授業あんのだりい。

 けど、早く学校行きてえ。

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