第6話 お兄ちゃん大好き属性

 ぱくっ、箸を動かして、またぱくっ。


「……」


≪……≫


 夕食時。

 家族間の会話はなく、ただ箸を動かして口に運ぶ音だけが耳に届く。


 今の心情はたった一つ。


 気まず~~~。


 その気まずさの正体は、ずばり父さんである。

 仕事から帰って来た父さんも、夕食なので当然テーブルに座る。


「……」


 父さんはそこまで話す方ではない。


 なので、前世で久しぶりに話したと思えば、一言「勘当だ」と言われた時のショックがまだ残っている。

 

 どうしよう、この状況。

 などと考えていると、意外にも切り出したのは父さん。


「龍虎」


「は、はいっ!」


 急に呼ばれてめちゃくちゃかしこまっちゃった~。


「何か良いことでもあったか?」


「へっ?」


 耳を疑う、疑いすぎてる。

 だってそれって、


「ふふふっ、昼間の私と同じこと言ってるじゃない」


「むっ、そ、そうなのか」


 母さんの言う通りだ。

 

 改めて思った。

 もしかして親って……すごい?


「たしかに、いつもの陰キャみたいな顔よりはましかも」


「なにをぅ?」


 父さんが口を開いたことを皮切りに、妹がかつてのようないじりをしてきた。


 大学に入ってからは接点がなくなっていったけど、ちょくちょくLINEもくれていたし、今思えば俺を心配してのことだった……?


 いやあ、それは考えすぎかな。


「中学校は楽しみか?」


 妹とはちょうど三歳差。

 俺が一週間後に高校生ならば、妹の『ひな』は中学生になる年だろう。


「はあ!? なに、いきなり兄みたいなこと言ってんの!?」


 だって兄だもん。

 

 ちょっと傷つく……けどたしかに、前世は何も兄らしい事をしてあげられずに自殺寸前までいっちゃったからなあ。

 このリアクションも正解なのかも。


 この当時はどうやって接していたかも覚えていないし、いっそのこと兄妹らしく仲良くしてみるのもアリか?

 

≪可愛いですしね≫


 それをあえて言わなかったのに、察するな。


「俺だって心配なんだぞ? ひなお前のこと」


「は、はぁ!? いきなり気持ち悪っ!」


「ぐえっ」


 せっかくデキる兄ムーブをかまそうと思ったが、テーブルの下でショートパンツからあらわになっている細長い左足で蹴られる。

 

 それはそうと、ここまで嫌われているとは。

 俺は一体家族としてどうなんだ?


≪……鈍感≫


 なんだと?

 俺のどこか鈍感なのか言ってみろよ。


≪……はい、どうぞ≫


 んんん?


 ノーズが「これでも見れば?」と言わんばかりに出してきたのは、例の好感度チェッカー。


ー---ー----------ー

石川ひな 好感度:104

ー---------------


 なにぃ!?


 しれっと数値出てるけど、好感度って100超えるの?


≪好かれるほどに上がり続けますよ。100が上限ということはありません≫


 そ、そうなのか。


 それよりも!

 ひな、お前まさかお兄ちゃんの事大好きだったのか!?


 そんな固まっていた視線がバレたのか、ひなはこちらを睨みつける。


「なに? じろじろ見ないでよ。キモいから」


「おお、悪い」


 そうと分かれば気が楽だ。

 妹はお兄ちゃん大好きのツンデレ、と。メモメモ。


「何かあったのかしら」


 俺の態度の豹変ぶりに、不思議がる母さんの言葉で夕食は終わった。 





「ふう~」


 風呂も入り、鏡で自分のイケメンぶりにも惚れ惚れしたところで、ようやっと自室に戻る。


 それにしても、ひなが兄大好き属性そうだったとは。

 これは良い収穫だったな。


「サンキュー、ノーズ」


≪……照れます≫


 うーん、妹の後だとやっぱ可愛くないな。


≪もう力貸しませんよ?≫


 すみませんでした、それは勘弁してください。


「あ、そうだった」


 力、と聞いてようやく俺は思い出す。

 俺はアプリを作って、将来成功する企業の仮想通貨を買って金儲けするのだった。


「でもなあ……」


 一体どうやって?

 おバカな俺にはやり方や始め方すら分からない。


 ノーズさん、早速出番ですよ。


≪私はあくまで人間の脳派を操ることしか出来ません。ゆえに難しいです≫


 そこまでいったら出来そうだけどなあ、なんて思うけどそうらしい。

 じゃあどうするか……。


「6ちゃんねるにでも書き込むか」


 『6ちゃんねる』。

 前世の俺の生息地帯、匿名型の掲示板サイトである。


 前世の俺はVTuberの配信、ツフィッター、そしてこの6ちゃんねる。

 この三つにしか居場所はなかった。

 

 つまり、限界オタクだった俺にとっては実家である。


「スレッドをたててっと」


 『天才的なソシャゲ思い付いたったwww』

 そんな題から始まるスレッドに、俺のお気に入りのソシャゲについて、覚えている限りの仕様や面白い点などを書き込んでいった。


 なんで6ちゃんねるここに、と思われるかもしれないが、理由なんてない。

 とりあえず見てほしい、そんな欲求を満たすには俺にはここしかないのだ。

 

 だが、生憎反応は悪い。


 『そんなの何がおもしれんだよwww』


 『スレ主小学生で草』


 『良い子はもう寝る時間でちゅよー』


「相変わらずだなあ……こいつらも」


 もはや実家のような安心感。

 俺に対して、考え得る限りの罵倒を書き込んでくる6ちゃんねるの住人たち。


 しかし、ここに書き込んだことがまさか正解だったとは、この時は知る由もなかった。







「……はあ。ブラックだ、あまりにもブラック」


 ある会社にて。

 時刻は夜十一時を過ぎているものの、まだ残業をしている一人の男性がいる。


「なんで俺だけ……」


 男性が周りを見渡しても誰もいない。

 他の者は、彼に仕事を押し付けて皆帰ってしまったのだ。


「……はあ」


(せっかくアプリ開発の勉強もしたのに、どこも採用してくれないし。辿り着いたのは、新人一人に仕事を押し付けるブラック企業、かあ……) 


「6ちゃんでも見よ」


 男は日付が変わるまでに帰宅することを諦め、ネットサーフィンをする。


 彼も“6ちゃんねる”の住人であった。

 そうして一際盛り上がるを見せるスレッドに、自然と目がいく。


『天才的なソシャゲ思い付いたったwww』


「何がアプリだよ、素人がしゃしゃり出るんじゃねえぞ」


 彼もストレスから口が悪い。

 しかし、そのスレッドの内容を見た途端、


「……待てよ。これはいける」


 周りにはバカにされているものの、市場マーケット・需要をよく考えられたソシャゲ。

 素人とは思えない、まるで未来で実際にウケたかのような内容。


「すぐにDMダイレクトメッセージだ」


 男は湧き上がるような感情を必死に抑えながら、文字を起こす。

 6ちゃんねるには、個人的なメッセージをやり取りする機能も備わっていた。


「良い返事お待ちしております、と」


 匿名では怪しさがMAXなのは十分に理解しているが、男はその手を止められなかった。

 

「ソシャゲで一発成功して、こんなブラック企業ところすぐにでも辞めてやる」


 そんな思いを持って。

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