第2話 弟子の要求

 大陸の北方にある『ウォレスト大森林』に、私の家はある。

 ここで暮らし始めて何年が経ったか――ミーアと暮らし始めてからは、丁度十年くらいになることは分かっている。

 二人暮らしになっても、家の方はあまり変わっていない。

 ミーアのために、一部屋だけ増築したくらいだろうか。

 元々、私が一人で暮らすにも少し広いくらいの家だったので、二人になって丁度よかったのかもしれない。


「先ほどの戦い、どうだったでしょうか?」


 夕食を食べ始めた頃、ミーアが私に尋ねてきた。修行の反省会は、家に帰って行うことが多い。


「最後以外はよかったと思うよ」

「さ、最後はちょっと、えへへ……」


 私の言葉に、ミーアは照れ臭そうに髪をかく。

 ワイバーンとの一戦――飛行魔法についても、ワイバーンと渡り合えるだけの動きを見せ、結果だけ見れば圧倒していた。

 はっきり言ってしまえば、ミーアの才能は驚くべきものがある。

 私がミーアを拾ったのが十年前で、最初の頃は警戒心の強かった彼女も、すぐに私の魔法に興味を示した。

 ただ家に置いておくのも……と思ったので、私の暇つぶし程度に魔法を教え始めたのだけれど、彼女の才能に気付いてからは、本腰を入れて修行を開始した。

 一応、私も『水聖の魔女』と呼ばれ、この大陸では五指に入る実力者として数えられているが、才能だけで言えば、ミーアの才能は私を超えているだろう。

 今の実力はまだ私に並ぶ、というには早いが、いずれは間違いなく私を上回るはずだ。

 実際、十五歳という年齢でワイバーンを単独で倒せる子が、この世界に何人いるだろう。

 私が教えている、という点を差し引いても、だ。


「まあ、相手を倒した後のことだからね。ただ、仮に相手が生きていた場合――ああいう油断は命取りになるからね?」

「はい! 肝に銘じておきます!」

「返事だけはいいんだから……。けれど、あなたは十分実力を付けたわよ、この十年で」

「師匠の教えのおかげです。ここまで成長できたのも!」


 そう言って、ミーアは胸を張る。

 私よりも身長も、胸のサイズも大きくなったのは少し不服だけれど、それだけしっかり育ってくれた、ということだろう。


「今年でもう十年になるんだものね」

「師匠の外見は全然変わらないですよね。可愛い女の子のままです」

「まあ、魔導師の中で『身体時間』を停止させるのは、一つの到達点ではあるから。もちろん、不老なだけで不死ではないけれど」


 私の見た目は、十八歳の時で止まったままだ。

 藍色の髪に、瞳も同じく藍色。ミーアに比べると貧相な身体、と思われるかもしれないけれど、魔導師に身体つきはあまり関係ない。必要なのは、体内に宿す魔力とその魔力を扱う技術――そして、魔法の知識だ。

 たとえば『身体時間』の停止の魔法は、全身に魔法を発動させるための『魔法陣』を刻み込み、常に魔法が発動するような状態にする。

 この魔法はそもそも、魔法陣を身体に刻み込む、という時点からハードルが高いし、失敗すれば身体の一部を失うか、最悪の場合――命を落とす危険性だってある。

 魔導師として大きく成長していくなら、こうした危険を超えていかなければならないわけだ。

 ただ、そんなことをしなくても魔導師として生きていくことは可能だし、一般的には人間としての生を普通に終える者が大半だろう。

 自分で言うことではないかもしれないけれど、魔導師として『異常』なのは私達の方かもしれない。

 今後、魔導師としてミーアがどう成長していくか分からないが、少なくとも今のミーアは一般的な魔導師としては上位に位置している。

 だから、私から『例の話』を持ち出すことにした。


「ミーア、さっきも言ったけれど、あなたは十分に実力を付けたわ。それこそ、一人でやっていけるくらいに、ね」

「! 師匠にそう言ってもらえると、嬉しいです。私、師匠を目標にして生きてますからっ」

「私を目標に、ね。まあ、目指すところは自由だけれど一先ず――あなたには、卒業試験を受けてもらおうと思うの」

「卒業試験、ですか? え、それって、一人前の魔導師として認めてくれる、ってことですよね!?」

「そうね。試験に合格すれば」


 私の言葉に、ミーアは嬉しそうな表情を浮かべた。


「つ、ついに私もここまで……! 感無量です……!」

「まだ合格したわけでもないのに、気が早いわね」


 まあ、ミーアの実力ならば、大半のことはクリアできてしまうだろう。

 だから、卒業試験と言いながらも、ミーアはすでに合格したようなものではある。

 これを言うと調子に乗るので、もちろん言わないけれど。

 魔導師の多くは、魔法学校を卒業して魔導師として活動を始める者が多いが、魔導師の師事を受けて、独自に魔導師として活動を始める者も少なくはない。


「でも、合格すれば晴れて一人前の魔導師――もう、私が面倒を見る必要もなくなるってわけ」

「そう言われると、私はまだ師匠から色々と教わりたい気持ちがすごいんですが……?」

「別に、私から教えることなんてもうないわ」

「まだ私の知らない魔法、師匠はいっぱい知っているじゃないですか!」

「だから、後は独学で生きていける実力が、あなたにはあるってこと。とにかく、卒業すれば独立して生きていくこともできるでしょう。そこで、これを」


 私は用意していた一枚の紙を、ミーアに渡した。


「……? これは?」

「私が作った『契約書』」

「契約書、ですか? それって、魔導師が仕事で使うっていう……?」

「そう。仕事の契約上、確実に依頼料を払ってもらうように、ってね。せっかくだから、あなたも一人前の魔導師になるわけだし、本物に触れておいた方がいいでしょ? それに、あなたが欲しい物、何でも一つ書いていいわよ」

「え、『何でも』ですか……?」

「ええ。でも、存在しない物は契約が履行されなくなる場合があるから、注意してね。契約の履行はあくまで、私に手に入れられるレベルになるから。まあ、私に手に入れられない物なんて、ほとんどないけれど」

「さすが師匠……そこまで言い切るとは。では早速、私の望みを書かせていただきます!」

「ペンはこれを使って。魔力を通せば、契約書は完成するから」

「ありがとうございます!」


 ペンを受け取ると、ミーアは早速、契約書に何か書き始めた。特に考えることもなくスラスラと書いていくところを見ると、ミーアにもほしい物はしっかりあるようだ。

 一般的な魔導師だったら、自分の実力では手に入れることが難しい魔物の素材や、鉱石などを望むだろう。

 果たして、ミーアはどんな物をほしがるだろうか。意外と、簡単に手に入る物を要求してくるかもしれない。


「はい、書けました!」


 ミーアはそう言って、嬉しそうに契約書を見せつける。

 そこに記載されていたのは――『私の名前』だった。


「卒業したら師匠がほしいです!」

「……は?」


 私はすぐに、ミーアの言ったことが理解できなかった。

 そして、しばしの静寂の後に、とんでもない要求をされていることに気が付いた。

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