弟子のエルフ少女が卒業試験を迎えることになり、「卒業したら何でもほしい物をあげる」と言ったら「師匠がほしいです!」と返ってきたので、中々卒業させられない魔女のお話
笹塔五郎
第1話 エルフを拾って早十年
ヴァレンティア大陸には、『最強』と謳われる五人の『魔女』がいる。
魔女とは、魔導師の中でもより優れ、強い彼女達のことを指す。
その一人であり、『水聖の魔女』と呼ばれているアルフィ・エルテンテ――つまり、私は『アベルタの森』の上を飛んでいた。
ここには研究に使う存在を取りにきたのだけれど、相変わらず人の気配はほとんどない。
優秀な魔導師でも単独でこの森に入るのは無謀、と以前に魔法学校で聞いたことがある。
けれど、私はここを一人で悠々自適に、箒に座って飛ぶことができるのだ。
もちろん、油断すれば命の危険はある――まあ、『飛行魔法』が使えれば、わざわざ魔物が多くいる森の中を移動する必要もないわけで。
それでも時々、襲ってくる魔物はいないわけじゃない。
だから、迎撃しながらお目当ての素材の場所まで向かっていた。
「ん?」
その途中、私は普段とは違う景色を目撃した。
ここから少し離れているけれど、そこだけ森が伐採されているようで、ぽっかり空間ができているようだった。
「あそこには何もなかったはずだけど……」
ある意味では木が伐り倒されているのだから、『何もない』のは正しいのかもしれないけれど、違和感は間違いなくある。
「……まあ、急ぐ旅でもないわけだし」
森の中で何か良からぬことをしている者がいるのなら、その正体を確かめておくのはいいかもしれない。
もっとも、面倒事であれば積極的に関わるようなことはしないけれど。
方向転換して、私は木が伐採されている場所へと向かう。近づくにつれて、その全容は明らかになった。
「これは……」
私は思わず、驚きの声を上げてしまう。
そこにあったのは、小さな集落であった。集落と言っても、すでに多くの家は壊されており、少なくとも上空から人の姿は確認できない。
最近、ここに来たのは一月前の話で、ここに集落ができるにはまだ早いし、そもそも魔物が跋扈するこの森の中で、集落を維持すること自体、難しいだろう。
そうなると、この集落は最近できたのではなく、昔からあったと考えるのが自然だ。
「強力な『結界魔法』って辺り、かな。まあ近づかないと私でも気付けないレベルだし、かなり高度なのは違いないけれど」
今の状況を見ると、その結界魔法に何らかの問題が生じたのだろう。集落に魔物が押し寄せたのか、あるいは――何者かの襲撃を受けたのか。
断定はできないけれど、私は軽く集落の近くを飛行して、周囲を見渡す。
やはり、人の気配はないようだった。
「うん、面倒事っぽいけど、関わり合いになることもなさそうかな」
すでに、全てが終わってしまった状況では、私にできることは何もない。
何かしらの問題があったには違いないのだろうけれど、それを調査する義務も私にはない。
こんなところに集落があった事実は驚きだけど、その集落に人がいなければ特にすることもない。
「じゃ、確認はこれくらいにして……」
「――」
「!」
ここにはもう用がない、と飛び立とうとしたその時だった。小さな声が、聞こえた気がしたのだ。魔物の声か、あるいは気のせいかとも思ったけれど一応、私は声のした方角へと向かってみる。
すると、ほとんど半壊状態の家の中から、少女のすすり泣くような声が聞こえたのだ。
「まさか」
こんな状況で、生きている人間がいるのだろうか。けれど、声は間違いなく中から聞こえる。
私は半壊した家の前に降り立つと、周囲を警戒しながら、中へと入る。
そこは小さな家ではあったが、確かに誰かが生活していた痕跡があった。
奥の方で、蹲るようにしながら伏せる少女の姿を見つけた。
長い金色の髪に、汚れてはいるが、身なりとしてはそれなりにきちんとしている。
目立つのは、特徴的に尖った耳だ。――すぐに、彼女が人間ではないことが分かった。
『エルフ』だ。年齢で言うと四、五歳くらいだろうか。
まだ幼いエルフの少女は、誰もいなくなった集落で一人泣いていた。
「う、うぅ……」
まだ、エルフの少女が私に気付いた様子はない。
さて、どうしたものか――私は少し悩んだ。
ここにいたのが、たとえば人間の少女であったのなら、後で孤児院にでも預ければいいだろう。それくらいのことをする良心は、私にだってある。
問題は、彼女はエルフであるということ。魔女と呼ばれる私ですら、本物を見るのは初めてだ。
ここにいる、ということは、ひょっとしたらここはエルフの集落だったのかもしれない。
エルフとなると、当然そこらの孤児院に預けるわけにもいかないだろう。
存在がバレたら、良からぬことを考える連中に襲撃されるかもしれないし。
そうなると、信頼できる相手に預ける――ということになるが、生憎と私はそこまで交友関係は広くないし、やはりエルフを狙う連中に襲われる可能性があった。
いっそ気付かなければ、こうして悩まずに済んだのだが、このエルフの安全を確保できるのは、間違いなく私の知る中では『自分自身のみ』となってしまうわけだ。
「……エルフの存在価値で考えれば、いい拾い物をした――って感じなのかな」
小さくため息を吐いて、私は自身に納得させるように呟く。
結論で言えば、『面倒事に関わることにした』わけだ。
私が家の中へと足を踏み入れると、エルフの少女も私に気付いたようで、ビクリと身体を震わせながら、私の方を見る。
「だ、だれ……?」
「私は『水聖の魔女』――アルフィ・エルテンテ」
「魔女、さん?」
「ええ、その通り。あなたは?」
「……ミーア」
「ミーア、いい名前ね。ここの状況はよく分からないけれど、一先ず聞いておくわ。私と一緒に来る?」
私の問いかけに、ミーアは視線を泳がせた。一応の確認だ――拒絶したところで、幼い彼女がここに一人生きていけるはずもない。
その場合には、眠らせて連れ出そうと思っていたが、やがてミーアは小さく頷いた。
「一緒に、いく」
「そう、素直でいい子ね」
そうして、私はエルフの少女――ミーアと出会った。
拾ってしまった以上は、多少なりとも責任は持たなければならないだろう。
ある程度、自分の身を守れるくらいまで面倒を見てやればいいか、そう考えていた。
***
――それから、十年の月日が流れた。
時の流れは早い、と言うけれど、特に時間の概念に対して薄い私のような魔女は、本当に『あっという間』という感覚だ。
私は少し離れたところから、一人の少女の動向を見守っていた。
飛翔する箒の上に立つのは、今年で十五歳になる弟子のミーアだ。
長い金髪を風に揺らしながら、身長を超える大きな杖をかざしている。彼女の前には、『ワイバーン』が威嚇するように牙を剥き出しにしていた。
「ふっ――」
ミーアが杖を振るうと、いくつもの魔法陣が空中に展開される。
それは私から見ても綺麗で、文句のつけようのない完璧なものであった。
そして、魔法陣から撃ち出されるのは水の弾丸――『ワイバーン』の羽や身体を貫いていく。
「ガ……ッ」
『ワイバーン』は『翼竜』と呼ばれ、飛行に特化した魔物だ。
そして、名にある通り『竜種』の一体でもある。もちろん、その中では下位とされるが、単独で『ワイバーン』を打ち倒せるレベルであれば、魔導師としては十分だろう。
いくつ撃ち出される水の弾丸によって、ワイバーンはやがて地上へと落下していく。
地上に落下したワイバーンは、そのまま動かなくなった。
「師匠、どうですか! 私の魔法は――あっ」
こちらにピースサインを送りながら、ミーアが箒の上で飛び跳ねて、足を滑らせて落下していく。
「魔法はいいけど、おっちょこちょいなのが難点なのよね……」
小さくため息を吐きながらも、弟子の成長に思わず、笑みを浮かべてしまう。
ミーアを滅びた集落で拾って早十年――私は彼女に魔法を教え、気付けば彼女は、私から見ても優秀な魔導師へと成長していたのだった。
今の彼女なら、もう一人でも大丈夫だろう。
今夜、私はミーアに『卒業試験』の話をするつもりであった。
私の下から離れ、一人前の魔導師として活動させるために。
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