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ノブに手をかけるが早いか、ドアが開いて母さんが飛び出してきた。右手に紙の手提げを持っている。
「ちょうどいいところに帰ってきてくれたわ。留守番しててちょうだい。ブラッドを迎えに行ってくるから」
「どこにいるか分かったの?」
「ノーラの家よ。あの子ったら、大喧嘩したらしいの」
喧嘩と聞いては穏やかでいられない。俺は母さんを引き止め、言った。
「俺が行く。母さんは家にいて」
「待って、ライナス。これ」と、手提げを差し出してくる。「着替えよ。それと、ノーラにお礼を伝えてね。いろいろ面倒見てくれたらしいから」
俺は頷くと、ノーラの家に向かって駆け出した。
ブラッドの奴、喧嘩なんて。一体、何があったんだ!?
胸の苦しみも構わず走り続ける。十分ほどして目的地に着くと、ベルを鳴らした。
「あら。ライナスじゃないの。ブレンダが来ると思ってたけど」
「こんばんは、ノーラ。ブラッドは?」
息せき切って尋ねる。
「こっちよ。リビングにいるわ」
彼女の後について部屋に入る。カウチの上でブランケットにくるまっている弟の姿が見えた。左の頬にバンソウコウが貼られている。すやすやと眠る顔を見下ろし、俺はホッとした。
「泥だらけで酷かったから、お風呂に入れてあげたのよ。凄く興奮しててね、ホットミルク飲ませてみたら、ご覧の通りぐっすり」
着替えをカウチの横に置き、ノーラと向き合う。
「すみません。弟が迷惑かけて」
「気を遣うことないわ。この辺の子は、自分の子供同然に思ってるんだから」
そう言って、彼女は笑い声をあげた。ノーラは子供好きの、ふくよかな女性だ。けれど皮肉なことに、彼女自身は子供に恵まれなかった。
「なんで喧嘩なんか……」
尋ねるともなく呟く。
「私も訊いてみたけど、何も喋ろうとしなくてねぇ」と、片手で頬杖をつく。「外で大騒ぎしてるから何かと思って出てみたら、この子がテリーとデイヴの二人と取っ組み合ってるじゃない。もうびっくりよ。幸い怪我は大したことないけど、せっかくの衣装は破けて、目も当てられない有様で」
今までにこんな喧嘩をしたことはなかった。弟は感情の起伏が激しい方だが、腕力にものを言わせられるほど強くはない。思わず深いため息が出る。
突然ノーラが手を打ち、袋を持ってきた。
「これ、着てた服と、うちからのお菓子」
「ありがとうございます」
「それと、これなんだけど」次に彼女は、テーブルに置いてあった包みを手にした。「ブラッドが持ってたの。喧嘩してる最中も、ずっと握ってたみたい。ボロボロだから捨てた方がいいって言ったんだけど、ライナスにあげるんだって離さなくてね」
俺は袋を足元に置くと、代わりにその包みを受け取った。お菓子の詰まった包みは確かにボロボロだ。中身はクッキーかビスケットだろう。粉々に砕けた感触で分かった。
振り返り、弟の顔を真下に見やる。左手の拳が固く握られていた。まるで今でも、包みを守っているかのように。ふいに目頭が熱くなりそうになり、なんとか堪える。
「俺のお菓子はもらってきてくれないんじゃなかったのか」
呟きながら、そっと額を指で突く。その拍子に、弟が目を覚ました。俺の姿に気づくと、両の目を丸くした。
「迎えに来たぞ。一緒に帰ろう」
「よかったわね、ブラッド。大好きなお兄ちゃんが迎えに来てくれて」
背後でノーラが言う。
のろのろと起き上がる弟を横目に、手提げから着替えを取り出す。白いブリーフ一枚で立つブラッドの前に跪き、トレーナーとジーンズを着せてやる。その間、弟は一言も口をきかなかった。擦り傷や引っかき傷に服が擦られる時だけ、小さく悲鳴をあげるだけだ。頬のバンソウコウに手を添え、訊いてみる。
「どうして、テリー達と喧嘩なんかしたんだ?」
やはり何も答えない。唇をギュッと結び、俯くだけだ。これ以上、問い詰めるのはやめにして、荷物を手に立ち上がる。
俺は再度ノーラに礼を述べると、弟を伴って彼女の家を後にした。
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