第2話:兄弟

1624年1月2日:柳生家江戸屋敷:柳生左門友矩11歳


「左門、上様のご機嫌はどうだ?」


「私に聞かなくても、兄上も上様にお仕えしているではありませんか」


「俺が聞いているのは昼の顔ではない。

 夜の上様のご機嫌を聞いているのだ」


「……十兵衛兄上も上様のお相手をされたのですか?」


「ああ、俺だけではないぞ。

 三枝殿、朽木殿、金森殿、堀田殿も同じように相手している」


「よく父上に怒られませんでしたね」


 やはり嫡男の兄上は特別なのだ。


「父上には秘密にしてあるからな。

 戦国を生き抜かれた父上は、衆道のお相手を務めたくらいでは何も言われぬ。

 問題は責めと受けだ。

 いや、柔軟に責めと受けが変わるのならいいのだ。

 問題は上様が受けしかされない事だ。

 左門もそうだったのかを確かめておきたい」


「そうですか、そうですよね、大問題ですよね」


「大問題だからこうして聞いているのだ。

 どうだったのだ?」


「受けでございました。

 それも、強く激しく痛みを覚えるほど攻めて欲しいと懇願されました。

 何度も役目を代わりたいと申し上げたのですが……」


「そうか、左門が相手でも同じだったか」


「兄上達は今でも上様のお相手を務められているのですか?」


「俺は断っている。

 三枝殿と朽木殿も断っておられるようだ」


「金森殿と堀田殿はまだお相手を務められているという事ですか?」


「そうだ、そこが上様のずるい所だ。

 左門のような、出仕したばかりのまだ幼く逆らえない者に相手をさせるのだ。

 その上で領地という利をちらつかせて逆らわないようにされる」


「父上には報告されていないのですか?」


「そんな命知らずな事できるわけないだろう!

 戦や剣のために死ぬのならまだ納得できるが、衆道のために死ねるか!」


「家の事を一番に考える父上が兄上を殺すでしょうか?」


「俺を殺しても左門がいる。

 家の事を一番に考える父上だからこそ、俺を殺す。

 家を守るために一番大切な事は、幕府の安定だ。

 また戦国の世に戻るような事があれば、柳生家もどうなるか分からない。

 上様を将軍として支えるしかない以上、あの関係だけは許せないだろう」


「兄上は、自分だけが殺されないようにするために、拙者が上様とあのような関係になる事を見過ごされたのですか!?」


「見過ごしたのではない、どうしようもなかったのだ。

 左門は俺から見ても絶世の美少年だ。

 あの上様が見逃すはずがない。

 たとえ俺が命を捨てて父上に真実を申し上げたとしても、結果は変わらん。

 将軍家剣術指南役を務める柳生家の次男が出仕しない訳にはいかない。

 出仕を拒めば柳生家は召し放たれて再び領地を失うのだ」


「……どうしようもなかったのですね」


「ああ、東照神君が上様を跡継ぎと定められた時から逃れなれない運命なのだ」


「拙者も兄上のように逃れたのですが、どうすればいいですか?」


「……どうにもならぬ。

 相手が上様である以上、衆道の相手をお断わりする事などできない。

 上様が新しい小姓に恋い焦がれられるまでは我慢するしかない。

 俺や朽木殿達も、上様の目が堀田殿と金森殿に移ったから逃れられたのだ。

 そうでなければいまだにお相手をさせられていただろう」


「上様の興味が拙者から離れる?

 一番最近上様に目をつけられたのは拙者ではないですか!」


「だからしばらく我慢しろと言っている。

 俺も朽木殿達も、家族や友に知られないように我慢していたのだ。

 大丈夫、左門も我慢できる」


「そんな……」

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