柳生友矩と徳川家光
克全
プロローグ
第1話:愛欲の日々
1624年1月1日:江戸城中奥:柳生友矩
「ああ、もっと、もっと、もっと激しくして!」
拙者の目の前、尻を差し出し哀願する将軍がいる。
こんな方が武家の頭領かと思うと涙がでる。
しっかりしろ、と言ってぶん殴ってやりたくなる。
「こうですか?」
「ああああああああ!」
しかし、幼い頃から忠義の心を叩きこまれた拙者には不可能だ。
諫言する事はできても、強制することはできない。
事に及ぶ前に将軍として命令されたら拒否できない。
「上様、将軍ともあろう御方が受けでは問題があります。
拙者が尻を差し出しますので、代わってください」
武士が小姓を抱くのは君臣の絆を深めるためだ。
主君が家臣を支配するために行うものだ。
主君が家臣に尻を差し出しては主従が逆転してしまう。
「いや、いや、いや、そんなこと言わないで!
何でも言う事を聞くから、もっと私を責めて!
もっと虐めてくれたら領地をあげるから、大名にしてあげるから!」
将軍ともあろう者が、家臣を愛憎で評価してどうする!
今なら大御所様と大御台所様が駿河大納言様を後継者に考えた理由が分かる。
正直な気持ちで言えば、拙者も駿河大納言様の方が適任だと思う。
「そのような事を申されてはいけません。
天下の仕置きを私情で行ってはいけません」
しかし、東照神君が決められた事に異を唱える事などできない。
将軍家剣術指南役の次男として忠誠を尽くすだけだ。
祖父の代で領地を失った柳生家は、危険を避ける事が家訓となっている。
「忠誠心のある家臣に力を持たせて何が悪いの?!
東照大権現様に認められた者達はともかく、父上に媚を売る者は信じられない。
父上は母上の言いなりで、徳川の事などどうでもいいのよ。
私よりも忠長の方が将軍にふさわしいと言った連中は敵よ!
私が信じられる者に力を持たせて何が悪いの!」
自分が信頼する者に力を持たせる事は悪い事ではない。
だがその基準が、自分の尻を責めてくれる男と言うのはおかしい。
将軍として支配するのではなく、支配してもらいたいと言うのは大間違いだ!
「悪い事ではありません。
ただ、主従の関係が逆転する事が問題なだけです。
今からでも役割を変えませんか?」
「いや、いや、いや、そんな意地悪な事を言わないで。
他の者の前ではちゃんとするから。
昼は将軍としてちゃんとするから。
其方の父親には絶対にばれないようにするから。
もっと深く激しくして、お願い!」
こんな事をしていると父上に知られたら、確実に殺される。
忠臣ならばこんな関係になる前に厳しく諫言しろと言うだろう。
言って聞いてもらえないなら諫死しろ恥知らずと言うだろう。
「分かりました、絶対に父上には秘密にしてください」
兄上が同じ目に会っていたら、諫死しろとまでは言わないだろう。
拙者が次男で予備でしかないから、簡単に死ねと言うのだ。
跡継ぎの兄上とは扱いが違うのだ。
「する、するから、もっと深く激しくして!」
「こう、ですか?」
「ああ、ああ、ああ、そう、そう、もっと痛くして!」
受けで激しく虐められたいとは……本当に将軍失格だな。
しかも大人ではなく拙者のような前髪のある小姓に攻められるのが好き。
兄上も拙者と同じようにこの尻を連日連夜責めたのだろうか?
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