第3話:兄上
1624年1月10日:江戸城中奥:柳生左門友矩11歳
「左門、今日はお前が夜伽だ」
今日は、ではなく、今日もだろう。
あれから連日連夜俺に夜伽を命じやがる。
堀田も金森もいるだろう!
「上様は正月の儀式でお疲れなのではありませんか?」
「疲れているからこそ癒しが必要なのだ。
左門と過ごす事が何よりの癒しなのだ」
堀田殿、金森殿、男ならそのような目で見ないでください!
金森殿にはまだ安堵の気配があるからいい。
だが堀田殿からは嫉妬の気配しかしないぞ!
「ですが上様、御台所様をない……」
「やかましい!
左門と言えども御台所の事を口にする事は許さんぞ!」
俺ほどお怒りに成られるとは!
上様が御台所様を毛嫌いしているとは聞いていたが、これほどとは。
「申し訳ございません。
ですが、我々小姓は上様にお子がおられない事を心配しております。
この状態で小姓を寵愛されておられると、大御所様の勘気を受けてしまいます。
拙者も父上から厳しくしかられます。
もう東照神君はおられないのです」
「……左門が 新左衛門に叱られると言うのならしかたがない。
今日だけは特別に奥に渡ろう。
だが余にこれだけ譲歩させたのだ。
明日は必ず相手してもらうぞ」
「恐れながら上様、少々よろしいでしょうか?」
「なんだ十兵衛、弟に焼餅か?」
「はっ、少しだけ焼餅もありますが、それが主ではございません。
小姓として上様の寵愛を受ける事は誉れでございます。
しかしながら、左門はまだ年若く出仕したばかりでございます。
部屋住みの身分では、屋敷に戻れば父にその日の事を報告しなければなりません。
色々と聞かれると、忠孝のはざまで苦しむ事になります」
「……十兵衛、新左衛門に気付かれるとどうなる?」
「あの父の事ですから、左門を殺すかもしれません」
「父親が実の息子を下すのか?!」
「上様が尊敬されておられる東照神君の事を思い出してください」
「……左門が殺されないようにする方法はあるのか?」
「戻る家に父がいなければ何の問題もありません」
「左門を独立させろと申すのか?」
「連日連夜、風呂に入って帰るというのは異常でございます。
あの父が、左門が主を惑わすほど寵愛を受けていると感じたら……」
「主を惑わすほど寵愛を受けたと知ったら殺すという事か?」
「家を守るために、上様の勘気を受けないように手討ちはしないでしょう。
毒を盛って病死した事にすると思われます」
「おのれ新左衛門!」
「全ては上様に忠誠を尽くす父の想いでございます」
「そのような忠誠心などいらぬわ!」
「ですが父の心配も当然の事でございます。
嘘でも適度に奥に渡られ、左門だけを寵愛しないようにしていただきたいです。
堀田殿や金森殿の嫉妬を買うのも、左門には危険でございます」
「柳生の息子が斬られるとでも言うのか?」
「いえ、下手に左門を襲うような事があれば、返り討ちにされます。
上様の小姓が殺し合うような事があれば、大御所様がお怒りになられます」
「まだ父上に知られては困るか……
左門に別家を立てさせて、十兵衛も寵愛しろと言うのだな」
「左門に新たな家を立てさせるのは正解です。
ですが、私を寵愛するのは危険です。
父に色々探られてしまいます」
「分かっている、そのような事はせぬ。
もう少しだ、もう少し待てばいい」
上様は何を待つと言っておられるのだ?
大御所様が死ぬのを待つという事なのか?
もし大御所様が死んでしまったどうなる?
上様の好き勝手にできるようになるぞ。
拙者の事などどうでもいいが、駿河大納言様はどうなるのだ?
……兄上は俺の事をかばってくださったのだな。
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