第51話 売り込み

「商会はこっちよ」

建物の前でそう言うと皆一瞬口を開けたまま呆けてしまった

「すごく大きい!」

「でしょう?」

扉を開けるとエリナがカイナと手を引っ張って真っ先に入った

「ミリア、いらっしゃい」

メルが気づいてすぐそばまでやって来る


「今日は見てもらいたいモノがあってね」

「見てもらいたいモノ?」

「そう。多分この子、メルも気に入ってくれると思うのよね。ちなみに趣味は刺繍」

シビルを横に促してそう言うとメルは勢いよく私を見た

「こちらにどうぞ。マリオ、お茶をお願い」

「はーい」

マリオはこっちを見て破顔してから奥に入って行った


メルに通されたのは応接室のような部屋だった

「改めてご挨拶させていただくわね。私はこの商会の会頭ドルーの妻でメルと言います」

メルは皆を席に促してからそう言った

「この子はシビル、隣から順にシビルの妹でエリナ、お母様でカイナ、友人のダリよ」

「は、初めまして!」

シビルは緊張を全面に醸し出しながらそれでも頭を下げた

「ふふ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

メルはにっこり笑ってそう言った


「それで、刺繍の作品の件ってことでいいのかしら?」

「そうよ。シビル、作った作品をメルに見せてあげて」

「分かった」

シビルは頷いてバッグから3枚のハンカチを取り出した

メルはそれを受け取り1枚ずつ丁寧に確認していく


「…素晴らしいわ。ミリアといい勝負」

その言葉に安堵の息が皆から漏れた

「シビル、あなたが良ければあなたに刺繍をお願いしたいわ。勿論ハンカチなどの元の素材と刺繍糸はこちらで用意するから、あなたは刺繍をしてくれればいいんだけど」

そう言いながら後ろの棚から紙を1枚取り出してシビルに渡す

「そこに書いてある通り、報酬は1枚単位で大きさによって金額を設定してるの」

「こんなに?」

シビルはカイナに用紙を見せて困惑している感じだろうか


「あなたの刺繍にはそれだけの価値があるってことよ」

「お姉ちゃん凄い!」

エリナが自分のことのように喜んだ

「あの、よろしくお願いします!」

「嬉しいわ。最初の内はハンカチやナプキンの小さいもので慣れてもらう形でいいかしら?」

「はい」

「じゃぁちょっと待ってて」

メルは部屋を出ていき、すぐに戻ってきた


「刺繍糸はうちで扱ってる全色を2セット最初に渡しておくわね。1束なくなったタイミングで同じ色のものを持ってきてくれればその場で渡すから」

「すごい沢山の色…」

「ハンカチはとりあえず10枚渡しておくわ。全部出来てからでも、出来たものを1つずつでも、あなたの好きなタイミングで持ってきてくれたらその場で買い取るわ」

「随分こちらが優遇されてる気がするのだけど…」

「ミリアの紹介だから当然よ。それに腕は信用できそうだしね」

メルのその断言には少し照れ臭くなる


「あの、刺繍はどんな絵でもいいんですか?」

「そうね…できれば白やピンクの女性向けの色には花のような優しい絵がいいかしら。男性向けなら魔物が喜ばれるのだけれど…」

「良かったわねシビル。あなた魔物の絵の方が得意でしょう?」

「あら、そうなの?」

「はい!」

「じゃぁ男性用を専属でお願いしようかしら」

「専属?!」

「魔物を描ける人が少なくて困ってたのよ。女性向けはミリアが頑張ってくれるだろうしね」

メルは私の方を見てそう言った

「了解。私は女性ものを中心に作るわ。男性向けの材料は戻ってからシビルに渡しておくわ」

メルはこう見えて言い出したら引かない

「ありがとう。じゃあこっちはミリアに渡しておくわね」

女性向けのハンカチ等の素材をまとめてこっちに渡してきた

流石メル…


「ところでシビル」

「はい?」

「このハンカチも買い取っていいかしら?材料はミリアに渡していたモノよね?」

「そうです。これも買ってもらえるなんて思ってなかったから嬉しいです」

破顔したシビルにメルは用紙に記載されていた料金を支払った

「あ、ありがとうございます!」

「こちらこそありがとう。これからよろしくね」

「はい!」

思った以上の金額に4人はかなり喜んでいた


「ミリア、今日はお店は見ていくの?」

「そのつもり」

「じゃぁ用があればいつでも声をかけてね」

「分かったわ。ありがとう」

私たちは応接室を出て店内をぶらつくことにした

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