第42話 事件

いつものように朝食後アネラとレオールを見送った私は刺繍をしていた

たまたま商会に行った時にメルの目に留まったことから刺繍したハンカチを売る契約まで交わしている

「なんだかんだで収入源の確保は出来ちゃってるんだよね…」

商業ギルドを通して入ってくるお金に魔物の素材の代金、そしてこのハンカチの売上

この分だと普通に暮らして行く分には困らなくて済みそうだ

趣味が実益を兼ねるなんて幸せなことだな~なんてどこかで思う

元の世界で大学受験をするか就職するかで真剣に悩んでた時間が懐かしい

「まだそんなに立ってないはずなんだけどね」

そうつぶやいてしまうくらい衝撃的なことが次々と起こってる

そんな私が思い立ったのレオールが半獣化した姿のぬいぐるみづくり

自分で決めたその日のノルマが終わってからレオール達が帰ってくるまで、それを作る時間に当てだしたのは数日前

完成図を描きながら作るのは至福の時間だ

それこそ時間を忘れてしまうくらいには没頭する

その無駄に高まった集中力のお陰で気づくのが遅れてしまった

「…あれ?」

そう言えば随分長いことぬいぐるみづくりをしていると気づいたときには空が暗くなりかけていたのだ

「レオール?アネラ?」

いつもなら昼前に帰ってきていたはずの2人を探して庭に出る

でも誰も帰ってきた感じは無かった

とてつもなく嫌な予感がして慌てて森に向かう

「レオール!アネラ!」

呼びかけながら2人の気配を探る

でも察知するのは2人のモノではなく魔物の気配ばかり

それを倒しながら進むのはかなり効率が悪かった

「レオール!いないの?!」

呼びかけても何の返事も帰ってこない

「アネラ!返事して!」

何度も叫びながらさまよい続け、辺りがすっかり暗くなってしまった

『ライト』

森の中では月明りも届かない

魔物を寄せるとわかっていても光魔法で辺りを照らしながら進むしかなかった

「レオール!アネラ!」

「…!」

かすかな気配を感じたのはそんな時だった

マップで今の位置を確認すると近くに沼がある

「まさか…」

その沼に向かって走り出す

「レオール!アネラ!こっちにいるの!?」

「…ちゃ……けて…!」

かすれるようなレオールの声にその方角を照らすと…

「おね…ちゃ…!」

沼の中で意識のないアネラの顔が沈まないように支えているレオールの姿

「レオール!」

「お姉ちゃ…アネラが沼に…助けて!」

真っ白なはずのアネラの沼から出ている部分も泥だらけだった

私は風魔法と土魔法を使って2人の体を浮き上がらせた

「…怖かっ…た…!」

しがみ付いて泣きじゃくるレオールをしっかりと抱きしめる

「気付くのが遅れてごめんね。もう大丈夫だからね」

レオールの背中をなでながらアネラを鑑定した

「…仮死状態?」

ってことは心肺蘇生?その前に回復魔法試して…

ヒールは効かなかった

ペガサスの心肺蘇生なんてやり方わかんないけど…

とりあえず胸部を圧迫して…

心臓マッサージと人工呼吸と呼べるのかさえ分からないけどレオールにしがみ付かれたまま何とかやってみる

「アネモお願い!戻って」

嫌な汗が流れるのを感じながらとにかく必死だった

『…っ…』

「アネラ!気が付いた?」

『…ミリア?』

「そう私。ごめん気付くのが遅くなって…」

『…レオールは?』

「大丈夫。ここにいるよ」

後ろからしがみ付いていたレオールを前に促す

「ごめんなさいアネラ。僕何もできなかった…」

『そんなことない。ずっと私が沈まないように支えてくれてたんでしょう?』

「ん。それしか出来なかった」

『ありがとう。怖い思いさせちゃったね』

アネラの言葉にレオールは首を横に振る

「一体何であんなことに?」

最初に浮かんだ疑問はそれだった

『私が悪いのよ』

「アネラが?」

『レオールのスピードについていくために飛んでたんだけど、翼をひっかけてしまったの』

「翼…は大丈夫なの?!」

『それは大丈夫。キズも既に塞がってるから。でも落ちた場所がこの沼で足と翼が沼の蔦に絡まってしまったの』

「アネラ沈んで行った。僕慌てて飛び込んで息できるように支えた」

『おかげで溺死せずに済んだの』

アネラはそう言いながらレオールに顔をスリつける

「なるほど…レオールは助けを呼びたかったけどアネラを放すわけにはいかなかったのね?」

無言のまま頷くレオールの体はまだ震えていた

「怖かったねレオール…でも、アネラを助けてくれてありがとう」

レオールを抱き上げて立ち上がるとアネラが私にすり寄ってきた

「レオールの体が随分冷えてる。アネラは大丈夫そうね?」

アイテムボックスから上着を取り出してレオールに羽織らせる

『私は自己回復力が高いから意識さえあれば何とかね』

「そっか。よかった。レオール、お家に帰って暖まろうね」

「ん」

いつもの抱き付く感じじゃなくしがみ付くようなレオールをしっかり抱きしめて森を抜けるべく歩き出した


「ほらレオールお家だよ?」

「…」

家の中に入っても一向に離れようとしない

お風呂に入れようとしてもしがみ付いたまま

仕方がないので温かい飲み物を作ってソファーに座る

部屋から取ってきた毛布を掛けてその中で冷え切ったレオールの体を温風で温めることにした

「もう大丈夫よ。怖かったねレオール。よく頑張ったね」

頭をなでながらそう伝えた途端、レオールはしゃくり上げる様に泣き出した

同時に耳と尻尾が現れる

このまま気が済むまで泣けばいい

溜っていた恐怖を吐き出すように泣いたレオールは泣きつかれてそのまま眠ってしまった

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