第27話 分岐点(side:サキ)

この世界に来て1か月くらいたったかな?

最初こそこの世界の人を見下してたけど、そんなの今はどうでもいい

アキナとエミともずっと話してない気がする

「サキ、起きてたのか?」

入ってきたのは私の理想をそのまま具現化したようなカッコいい男

「トーマ!おはよ」

私はトーマに駆け寄り抱き付いた


「朝食を持ってきた。これを食べたらいつもの訓練だ」

トーマはそう言いながら私の体を放してテーブルに料理を並べた

「…前みたいにトーマと居たいのに」

従者にライを選んだ翌日、従者が交代になったとトーマが現れた

ドストライクの容姿にホスト並みのリップサービスで私はトーマにすぐに夢中になった

5つ上のトーマは大人で、そこがまた頼りになってこっちを見てもらおうと必死になった

でも気付いたら簡単にあしらわれてる今がある


「君の役割は?」

「…勇者。魔獣の討伐でトーマを、トーマのいるこの国を守ること」

「だろう?」

トーマはだったらどうすればいいかわかるね?と続ける

「魔法を教えてくれる人、すっごい嫌な人なんだよね」

上から見下した態度も命令する口調も気に入らない


「今日から応用だろ?戻ってきたら基礎を終えたご褒美を用意しておくよ」

「本当?」

「ああ。だからさっさとご飯を済ませて、しっかり訓練しておいで」

「分かった。トーマの為に頑張る」

そう答える自分にどこか苛立ちを覚えた

トーマが私のモノになる可能性はほとんどない

明らかに適当に躱されてる

でも、今トーマを失えば周りは敵だらけだから

好かれたいと思っていたあの頃と違って、今は嫌われないように、突き放されないようにするのが精一杯だ


「アキナとエミと話す時間は取れそう?」

「難しいだろうね。スキル上達スピードにも差があるから。君にもわかるだろう?訓練してる内容によって終わる時間も違うってことくらい」

「そう…ね」

確かに終わる時間は日によって全然違う

でも一緒に召喚された悪友と会えないのは寂しいし不安だ


「食べないならもう片付けるけど?」

「食べるよ。食べないと訓練で倒れちゃう」

慌てて食べ勧めるのをトーマは黙って見ていた

勇者としての訓練が始まるまでは甘い言葉をいっぱいかけてくれたし抱きしめて安心させてくれたのに…

トーマにとって自分の存在があまりにもちっぽけだと思うと悲しくなる


「じゃぁ行ってくるね」

「ああ。がんばって」

トーマに見送られて訓練場に向かった

王宮の中に気になる場所がいっぱいあるのに付き添う騎士は部屋と訓練場以外の場所に立ち入るのを許してはくれない

常に誰かが側にいる生活が苦痛で仕方なかった


「やっと来ましたか、勇者殿」

すでに訓練場にいた指導者は私を睨みつけて来る

「今日から勇者殿には動物を相手に魔法の訓練をしてもらいます」

「動物…?」

昨日まではただの的だったのに?

「そうです。魔獣は常に動きます。当然襲っても来ます。その為静止した的に攻撃するだけでは意味がありません」

「動く…襲う…」

嫌な汗が背中を伝うのが分かった


「あなたには問題ないでしょう?召喚が失敗した方の話を聞いて笑っていたくらいですからね。勇者殿の神経は素晴らしい。我々には理解できない場所にあるようですからな」

それが召喚された日の出来事を指しているのは明白だった

「だからこそ勇者殿には期待しているのですよ。知り合いの死にさえ動じないどころか笑い飛ばすそのおぞましい神経があれば魔獣と対峙しても問題無いでしょうからな」

ニタニタと笑う男に吐き気がした

でも私が結城の死を聞いて腹の底から笑いが沸き上がったのは事実だ

結城に何かをされたわけじゃない

むしろ私たちが結城を的にしてただけ

ただ、それに動じない結城が憎かっただけ

他のやつらは簡単にひれ伏すのに、そうならない結城が気に食わなかっただけ


「私は…」

トーマしかいない状況になって思い知った

私自身は何も持っていなかったと

警視総監の娘である立場もここでは通用しない

勇者が普通の人に比べて大きな力があると言っても、今の私にはそれを使いこなすことが出来ない

この王宮から放り出されたら生きていく自信もない


「では始めましょう」

指導者がそう言うと沢山の動物が檻から放たれた

ウサギ、ヤギ、牛、豚、鶏…

放たれたのは知ってる動物ばかりだった

「今日はこの魔物を全て仕留めてください」

「え…?」

「仕留めたら今日の訓練は終了です。逆に言えば仕留めるまでこの部屋から出ることは許しません」

何それ…

「ただの動物です。勇者殿が毎日食べている食事の材料だ」

「それは…そう…だけど…」

「あと、訓練が終わるまであなたの食事はその動物で済ませてくださいね。解体の仕方も基礎で教えられていますから実践に沿った訓練とでも思ってください」

「待って!私はこんなことしたくない!」

思わず叫んでいた


「おや?トーマは約束を果たしたというのに勇者殿は反故にすると?」

「約束?」

「“あなたが満足させてくれたら勇者として動いてあげる”でしたか」

「!」

「訓練を受けると決めた時点で勇者殿は満足したと同義。自ら吐いた言葉を忘れたとはおっしゃいませんよね?」

歪んだ笑みと蔑む視線に背筋が寒くなった


「あぁ、動物は一定時間ごとに1体投入します。中には人に襲い掛かるモノもおりますのでご注意ください。では、私は上から見ていますので頑張ってくださいね」

指導者は笑いながら去っていき訓練場には私と動物たちだけが残された


なんて世界だろうって思った

自分のこの先が全く見えない恐怖に押しつぶされそうで、何故か大勢の男子生徒の中に女生徒を放り込んだ時のことを思い出した

「まるで自分がしてたことをこの世界でやり返されてるみたい…」

自分がしてきたことがどれだけ残酷なことだったのか初めて理解した

でも、反省する気にはならない

「私は黙ってやられるだけの女じゃない」

歯を食いしばって魔力を練り上げる

何度も失敗しながらも動物を仕留めていく

その度に吐き気に襲われながら、それでもやめるという選択肢は無かった


3日後、訓練場を出た時には動物を仕留めるのも、それを解体して焼いて食べることにも何とも思わなくなっていた

「そのうち絶対やり返してやる」

その想いが狂戦士と傲慢のサブスキルに影響を与えることを、そして、同じようなことがアキナとエミの身にも起こることを、この時の私はまだ知らなかった

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