第14話 市場

「ねぇ、アイデアの登録をするのはどうして?私が個人的に気にしなければする必要は無いんでしょう?」

「まぁそうなんだがな、今後の事を考えての事だ」

「今後?」

「ミリアはスキルも特性もフルで持ってるから、何等かのきっかけで目を付けられる可能性が高いわ。そもそもの生活水準がこの世界よりも地球の方が高い事を考えれば気付かずに”やらかす”ことも多いでしょうね」

「う…」

それは否定できない

だって何が普通で、何がそうでないかの判断は刷り込まれた情報だけでは判断できないもの


「その時の保険だ。アイデアの登録料を複数受け取ってる実績があれば適当にごまかせる」

「つまり変わった物を持ってても、高価な物を持ってても、”これだけのアイデアを登録できる人なら当然かしら”って思ってもらうためよ」

「今日だけで8件、これからあの商会に通ってれば勝手にメルが登録してくれるから、お前は自由に過ごしてればいいってことだな」

「それ、メルに面倒ごと押し付けてるだけなんじゃ…?」

「いや、メルは誰よりも早く、確実にそのアイデアを使うことが出来るメリットがある。商売は後手に回ればそれだけ利益が薄いからな」

「そっか。アイデア登録は利用できるの先着3名だっけ」

「そういうこと」

「ならいいかな。メルにもメリットがあるなら私はそれだけで十分だし」


「随分気に入ったもんだ」

「メルってすごい暖かい人だもの。知り合えてよかったなって思う」

私の母親は5歳の頃に亡くなったからあまり覚えていない

でも母親ってあんな感じなのかなって、あんな母親がいたら幸せだっただろうなって思う


父は母に、親であることを望み、母は女であることを望んだ

家に安らぎを求めた父は、秩序を全面に出す母に息苦しさを覚えたのだといつか語っていたのを思い出す

元々あまり帰ってこない父が久々に帰ってきても、当然のように言い争いをしていた両親

5歳でもその険悪な雰囲気は当然感じ取れるのだ

険悪なまま車で出かけ、その車の中で口論しながら事故に巻き込まれて母だけが死んだ

生き残った父はそれまで以上に家に寄りつかなくなって、私が高校に入る前に知らない女性と一緒に事故に巻き込まれて亡くなった

両親共に巻き込まれる形で事故死しても、私の手元に遺産が5,000万ほどしかなかったのは、母の遺産を父が使い切っていたからだと、後から聞いたときには目の前が真っ暗になった

私自身は少ないお金で食いつないでいたからだ


そんなことを思ってると頭に大きな手が置かれた

「カシオン?」

「これからは俺達がお前の家族みたいなもんだ」

「そうよ?私の事はお姉ちゃんって呼んでくれてもいいわよ」

ジュノーがにっこり笑ってそう言った

「ありがと」

その気持ちが凄くうれしい

来る前のあの体験だけは許せないけどね

でもそれはあくまでスムースに対してのものだ


「次は何見るんだ?」

「食糧かな。こっちの食料に興味があるから」

「ならこっちだ」

カシオンは迷いなく町中を進む

その向かった先には青空市場のような場所が広がっていた


たくさん並んだテントでは数種類ずつの食材が売られてるのが分かる

「すごい…めちゃくちゃカラフル」

目に飛び込んでくる色は見慣れた緑や赤、黄色だけでなく蛍光のピンクやパステルカラーなんかもある

ある意味食欲無くなるのは気のせいかしら?


「このエリアは野菜と果物がメインだな」

「見たことない物がいっぱい。どんな味か楽しみ」

鑑定すれば基本的な調理方法が表示されるから便利

とりあえず気になる物を片っ端から手に取っていく


「お前買いすぎだろ」

「大丈夫。どうせみんなもちょこちょこ来るんでしょう?」

この1週間、時間はバラバラだけど1日も顔を出さなかった人はいない

皆暇なのかと思ってしまうほど頻繁にやって来る

下位神と連れ立って来ることもあって、私としては特性の情報が分かって助かってたりもする


目ぼしい野菜と果物を一通り見終えると次は肉と魚

「魔物が殆ど?」

「動物より魔物の肉の方が柔らかくてうまいからな」

「へぇ…」

柔らかくてうまいという響に抗えるはずもなく購入決定

最初他所者には売れないと言っていた店主が、ギルドカードを見せたら笑顔で売ってくれた

何でだろ?ちょっと感じ悪いんだけど…


他にも果実水やこの世界ではもう飲めるお酒なんかも買い込んだ

そして

「…いつの間に?」

通されたのは青空市場の管理事務所

事務所に入って認識疎外も解除した

向かいに座るのはいつの間にか回ってる私たちの側にいた男性

そして目の前にはメルと交わしたのと同様の契約書


「ここのまとめ役のワズだ」

「ミリアです」

挨拶されたら返すのは人のサガよね


「ワズにお願いするのはレシピの代理登録よ。レシピの価格はワズに任せることにしてギルドとワズに1割ずつ支払う契約ね」

「レシピって…まさか私が口にしてただけのやつ?」

「そう。あの中でワズの気になったのを実際に作ってみて売れそうならワズの判断で登録してもらうわ」

「思いもしない調理法が出て来てたからな。俺としては楽しみで仕方ない」

「…そういうことならお任せしていいのかな?」

完全な丸投げにしか取れないんだけど


「任せてもらえるなら有り難い。味覚の加護を貰ってるから味に関しては信用してもらっていいぞ」

「味覚、アルマの加護ね。ミリアはアルマの祝福があるから下手なことをすれば…」

「そんなリスクの高いことしないって。俺は上手いものを皆で楽しめたらそれで充分だ」

ちょっと脅す様に言ったジュノーにワズは首を大きく横に振りながら訴える

「なら安心ね。そういうことだからミリア、青空市場を回る時はまずワズを訪ねてね」

「分かった。ここにくればいいの?」

「ああ。この事務所が空になることは無いから、いる奴に俺の名前を出してくれりゃいい。市場自体に来てない時は残念だが一人で回ってくれ」

誰にとって残念かは聞かないでおこう


「じゃぁ後の手続きはお願いね」

「任せてくれ。こんないい話を貰って感謝する」

ワズは破顔してそう言った

その笑顔に見送られて私たちは市場を後にした

もちろん認識疎外は復活だ

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