四・サンプル

「面白いサンプルを持ってきたらしい」


隣でシアムが空中に投影された情報を拾い、そんなことを言っていた。

最近海に出来上がった、人魚達の新しい集落の観察に意識を向けていた私はその言葉からわずかに意識を動かしてシアムの言葉を受け取り、


「どれくらい面白いサンプルですか?」


とありきたりな返事を返した。

このやりとりは今までに数千回は行っている気がする。と思い意識の一部をその情報に向けてみると、2482回は同じ言葉のやりとりを繰り返していた。

ということは、今回も面白くないサンプルなのだろう。


そんなことを考えながら、目の前に広がる人魚の集落構造に意識を向けた。

情報粒子が循環するよう集落の周囲に配置したプローブにより海水中でも粒子を動かすことができるようにしてある。

通常、あらゆる粒子は水中では動きを止めてしまうのだが、プローブを配置しその間を物理的な幕で覆うことで情報粒子が水中に存在することができ、それが水の動きや音の反響を元に水中にある構造物を事細かにイメージとして伝えてくる。


人魚達の会話や風の音や波の音、それらが形を浮き上がらせてくるのだ。

さすがに色彩は光が届かないので今ひとつ難しいが、水面に出てきた人魚の発する意識を情報粒子で読み取ることで、人魚の見ている色彩も再現できる。


私の目の前にあるのは、その人魚の作り上げた集落が色や匂い、触感までつたわるほどの現実感を持って存在しているのだ。


その間を人魚になったように自分で泳ぎながら見て回る。

一人の人魚の意識にリンクし、そのみている世界を自分の体験として記録してゆく。

部屋の中にある情報粒子にそれを放り込みながら海を泳ぐ感覚に身を任せていると、

急に強制的にリンクを解かれた。


目を開けると白い半透明の丸いガラス質のものが私の上にあるのが見えてきた。

視界が次第に今の自分に戻ってくる。


「ノル、サンプルを見に行こう」


とシアムが声をかけてくる。隣にある半分開いた半透明のガラス質のカプセルから出てきて上着を羽織っていた。


私はそんな当たりかハズレかわからないようなサンプルよりも、今目の前に作り出されている世界を見ているほうが楽しいのだが。


「今回はかなり面白いサンプルらしいから、これから渡す情報に目を通してみるといい」


そう言ってシアムは私に情報を粒子に乗せて投げてきた。

それを受け取りすぐに開くと、ナバルの観察してきた情報が入ってくる。


6日間でピットゥの集落を4消滅させ、集落1では58%、集落2では83%、集落3では98%、集落4では97%の殲滅が確認されている。


その中で、集落3と4が殲滅された後に、そのなかの生き残りのピットゥで初めてバーサク達へと反撃した者達がいたという内容だった。


その反撃もバーサク No.32の集団が機能しなくなるくらいの影響を与えており、今までにない行動力を示した個体がいたということだ。


ほう、今までそういう個体は発生していなかったが


ピットゥは争わず逃げることを基本とした行動をしていて、この地域ではヒエラルキー的に低い位置に位置していて。放っておくとどんどん繁殖していくという特徴を持っていた。


そのため、定期的にナバラが数の調整を行っていたのだが。


何度もバーサク、ナバラによる殲滅を受けている間に意識の変化がおこってきたのか。

そもそも、ピットゥの基本情報にはそういう攻撃的な感情は入っていなかったはずなのだが。


確かに、面白いサンプルが出てきたようである。


この変化は何を意味しているのか。

少し調査が必要なのは確かだが・・・



「この地上で行われていることはあまり好きではないのだが。私は海の中の柔らかい存在の活動が見ていて心地よい」


シアムについて歩きながら、情報をみつつ思わず口に出してしまうと、


「ノルは乾いた空気が嫌いなのだろう。情報に潜るのが好きだから海中が肌に合うのだろうし」


「シアムは集団がどんどん数を増やしていくのを見るのが好きなのだろう? 不確定要素の数値演算が好きだから彼らが増えたり減ったりするのが心地よいのだろう?」


「どのように自由にしていても、確率的な行動は常にタワーの情報に沿っている。それを再確認できる貴重なサンプルなのだから。

ただ、今回はそのなかにイレギュラーが発生した。それはタワーの情報とのリンクが何か変化してきたせいだからかもしれない。今回のサンプルを調べてそこのリンクを探してみることにしよう」


「彼らが行った行動は、アトランティス、レムリアがなにか変化をしているということだから?」


「まだわからない。今見えている情報からはそれが見えてこない。私たちのリンクしている側からは何も発見できてないのだから。ノルはどうだい?」


「私の潜っているところでも、そういう情報は見当たらない。深く潜った際もいつも通り穏やかな情報の揺らぎしか見えてこなかったが」


「我々の気付かないところで変化が起こっているのかもしれない。とりあえずは直にそのサンプルと会って考えてみようじゃないか」


シアムは次世代までの影響を見たいということで子孫を生む能力のあるほうへ、私は今回の行動を引き起こした原因となった彼のほうへと足を運ぶことにした。


すでにタワーの情報から彼らの情報にリンクを開始してみるが、特に他のピットゥと何か違うものは感じられなかったが。


肉体を介して接触するとまた、違う情報があるのかもしれない。


起き上がって初めてみる隔離部屋の中を歩るき回っている彼に、少し会ってみることにした。

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