町の小さな焼き鳥屋さん
僕がこの町に店を構えてからもう30年になります。そんなに大きな店ではありません。住宅街の端っこにポツンと佇む程度、お持ち帰り専門の焼き鳥屋さんです。
お客さんは小さなお子様連れの主婦の方から、一人暮らしのサラリーマン、地域のおじいちゃんおばあちゃんまでさまざまな人たちが買いに来てくれます。
中でも僕には忘れられないお客様がいます。今日は、そのお客様についてお話しさせてください。
それはもう20年も前のことです。毎週金曜日の夕方になると片手に500円を握りしめて、僕のお店に来てくれる男の子がいました。
「おいちゃん、ももと、かわと、ねぎまをみっつずつちょうだい!!」
小学校低学年くらいでしょうか。前歯が抜けた可愛らしい笑顔で、毎回同じ注文をしてくれました。きっとおつかいに来ていたのでしょう。僕のお店はおつかいで買いに来る子供もたくさんいました。彼もまた、その1人だったのです。
「はい、お待ちどうさま」
「ありがとおいちゃん!」
僕から袋を受け取ると、男の子は一生懸命に走って帰って行きました。
ある金曜日のことでした。その日はたまたま、お昼にたくさんの注文をしてくれたおばあちゃんがいました。なんでも、遠くに住んでる息子家族が来るから僕のお店の焼き鳥を食べさせたいというのです。僕は嬉しくて、たくさん焼き鳥を焼きました。おかげでいつもより早く品切れになりました。僕は忘れていました。あの男の子が買いにくる日だということを。男の子はいつも通り500円を握りしめて、僕の店にやってきました。
「ごめんね、今日はもう売り切れちゃったんだ」
男の子はひどく悲しそうな顔をしながら、「そっかあ……」と呟いてトボトボと帰って行きました。僕は申し訳なくなりましたが、仕方のないことです。次回来た時は、とびきりおいしい焼き鳥を焼いてあげようと思いました。
しかし、またその次の週も早くに売り切れ、男の子に焼き鳥を焼いてあげることができませんでした。それから、男の子はもう僕のお店には来ませんでした。2週間も連続で買えなかったから、もう焼き鳥はいらなくなったしまったのでしょうか? 買えなかったことを親に怒られてしまったのかもしれません。
思えば、男の子はいつも傷だらけでした。焼き鳥を受け取る袖口からはいつも切り傷が見え、首元には青あざが見え隠れしていたのです。僕は、見て見ぬ振りをしていました。まさかとは思いながら、品物を受け取るあの笑顔にそんなことはないと言い続けていたのです。
もしかしたら、買えなかったことが原因であの子に何かがあったのかもしれません。僕は、途端に怖くなりました。僕のせいで、もしものことがあったらと思うと、怖くて怖くて仕方がなかったのです。
それから新聞、ニュースを毎日欠かさずみました。あの子の名前が流れてこないように。
20年経った今でも、あの男の子がどうなったのかは知りません。あれ以来、男の子が悲しいことになった記事は見ていません。僕の思い過ごしだったのでしょうか。そうであって欲しい。ただ、そうであって欲しいと思うことしかできません。
僕はただの焼き鳥屋さんです。焼き鳥を焼くことしかできないのです。
今日も、お昼12時から開店しています。近くにいらした時は、いつでもいらしてください。
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