あなたの後ろから見守りたい
88歳。米寿。多くの親戚が私の誕生日をお祝いに駆けつけてくれた。幸せだった。豪華な食卓を囲むのは娘息子と孫、曾孫。こんなにも自分のために集まってくれる家族がいるのだと、本当に幸せだった。
それが2年前、私の最後の誕生日だった。
誕生日のすぐ後の正月のことだ。毎年楽しみにしているお雑煮を食べていた時、うっかり餅を喉に詰まらせぽっくり倒れた。なんとあっけないことか。家族は大急ぎで病院に連れて行ってくれたがときすでに遅く、私の魂は体から離れていた。
こないだ誕生日を祝ったばかりなのに……。皆がそう口々に言いながら葬式が行われた。死んだ理由が理由なだけに、時々笑いの漏れる葬式だった。私はしんみりした空気が好きじゃないのでそれで満足だった。ああ、私らしい最後であった。
しかし、私には一つだけ心残りがある。それが末孫の恵介だ。恵介は昔から周りの目をよく見る子だった。周りの様子を伺うことができる子だった分、自分の話をあまりしない子になっていった。大人になってからは仕事が忙しいとなかなか会えず、こないだの誕生日にすら顔を出すことはなかったのだ。葬式には一瞬顔を出してはいたが、聞くところによると恵介の務める会社はあまり評判の良いところではなく、長時間労働の風習が強いらしい。
私は恵介の体が心配だった。
そこで神様にお願いして、三途の川を渡る前に恵介の様子を見に行こうと思ったのだ。頼んでみたら現世に降りるには2年の修行が必要らしく、私は三途の川を目の前に修行の日々を送った。どんな修行かって? それは教えられないよ。現世の人間には教えられない決まりだからね。
修行を終え、現世に降りられることになったが、現世に滞在できるのは1週間だけだという。2年も費やしてたったの1週間だけなの? とも思ったが、そもそも幽霊なんて世にいい影響を与えないのだから、そんなものかと納得できた。
早速、現世に降りてみるも、時間は深夜。もう恵介も寝てるだろうと思ったが、なんと彼は家の前にいたのだ。こんな遅くまで仕事をしていたのかと思いながら背後に回った。正面に行かなかったのは、掟として、現世の人間に見られてはいけないと言うものがあったからだ。
そういえば、恵介が小さい頃、よく黒いモヤが見えると泣いていた。あの頃は聞き流していたけれど、今思えば、本当に見えていたのかもしれない。ともすれば、私のことも見えてしまうかもしれないのだ。彼の視界に入らず、1週間を乗り切らねばならない。
しかし、彼が振り向くことはなかった。むしろ、見ないようにしていさえする。ああ、この子はまだ、見えるはずのないものたちに苦しんでいるのか。もう少し、本気になって話を聞いてあげればよかったと後悔した。
彼に憑いてから2日目、今日は昨日ほど遅くはならなかったらしい。とはいえ、1週間の疲れが溜まったいるようだ。少しでも和らぐように肩を揉んでみた。もちろん、触れられないのでエアーで。すると不思議なことに、彼の疲れを吸収してしまった。恵介も自分に起きたことに驚いていた。
幽霊になった私でも、まだ恵介の役に立てるらしい。いや、幽霊になったからこそ、このかわいい孫の役に立ててるのかもしれない。私は1週間、恵介の生活のサポートをした。
朝は起きるのが苦手な彼がスッキリ起きられるよう体がスッキリするツボを押して起こす。通勤時は事故に遭わないよう、恵介の周りに危険な車がいないか注意した。職場では、変な女に騙されないよう細心の注意を払って見守っていた。一人、生き霊がすごいことになっている方がいたが、恵介も彼女を避けているようだから今のところは問題ないだろう。
そんな生活を続け、とうとう滞在期限の1週間がすぎた。私の体は透け、やがて天に召されていくだろう。最後にこうして孫の顔を見ることができてよかった。仕事、大変そうだけど、なんとか自分なりにこなしている姿を見ると、ああ、孫はこんなに大きくなったんだなと、自分も歳をとったんだなと実感した。まあ、歳取りすぎてぽっくり逝ったのだが。
きっとこれから先も、仕事や恋愛、家庭を持ったら子育てで悩むこともあるかもしれない。もしかしたら、あなたの不思議な目の力に悩まされることもあるでしょう。それでも、大人になった恵介の周りには助けになってくれる人たちが沢山いることが分かったのだ。何も心配入らないだろう。
ああ、そろそろ時間だ、これで最後になるが、恵介、私の孫として生まれてくれてありがとう。また、何十年も後に、しわくちゃになったあなたの姿が見れることを楽しみにしているわね。
そして、私は恵介の背中から離れ、天国に続く道を登って行った。
「俺こそ、ありがとう。ばあちゃん」
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