見たくて見ているわけじゃない

 俺がおかしいと気付いたのは、小学生に上がる頃だった。周りのみんなには見えないモヤのようなものが視界に映る。初めはみんなに見えているものだと思って、それが当たり前のように過ごしていた。しかし、いくらそのモヤのことを話そうとも、誰も俺の話をまともに聞いてはくれなかった。そんなものは存在しないのだと言う。親も先生も子供特有のなりきり遊び、子供の妄言の一つとしてただ話を流すだけだ。


 あまりに言い過ぎてしまったのか、親は子供の俺を連れて病院に連れて行ったこともある。特に体に異常はないし、子供特有のものだの、一過性のものだと言われた。それでもなおモヤが見えると言う俺に親は怯え、とうとう呪われてるのではないかと疑い始めた。近くの有名な神社にお祓いを頼み足を運んだこともある。ただそこで払われたものは何もない。第一、払おうとあの白い紙切れを振っている方向にモヤはなく、きっとこの人に見えていないのだと俺を落胆させるだけだった。


 見えているのが俺だけだと気づいてからは、俺はモヤのことを口にしなくなった。特に見えているからと言って害があるわけではないし、これ以上、親を怯えさせるのは忍びないと思ったからだ。それから成長するに連れ、モヤはなくなるどころかはっきりと形作っていき、とうとう人の形になるようになっていった。いや、元々人の形だったものがはっきりと見えるようになったと言うのが正しいかも知れない。俺は、それが見えていることを隠しながら生活せざるを得なくなった。


 まあ、長いこと生活していけば、それの存在にも慣れていく。常日頃から見えているわけではないし、見えそうな時は予感のようなものが働くので見ないようにすれば良い。俺はそうしてもう何年もやり過ごし、今では立派なブラック企業の社畜戦士となっていた。



 それはある日の夜だった。

 時刻はもう日だけを跨いで深夜2時。納品トラブルに見舞われ何とか終電直前に電車に乗ることができた。帰宅と同時に風呂に入り時計を見たらこの時間だ。もう出勤時刻まで6時間を切ろうとしている。

 しかしもっと最悪なのは俺の後ろに何かがいることだ。それに気づいたのは帰宅して家の鍵を開けようとした時。ああ、これは振り返ってはいけないやつだと感じとり、そのまま一度家から離れた。近所をぶらりと歩いでもそれが離れる気配はなく、時間も時間なので諦めて帰宅したわけだ。今の感情を一言で言うなら最悪の2文字に限る。

 どうか目覚めた時にはいなくなっていてくれと願いながら目を閉じて眠りにつこうとする。案外体は疲れていたようで、すぐに眠りにつくことができた。


 次の日、目が覚めでそれはまだ背後に憑いていた。いい加減にしてほしい。今までこんなに憑かれたことはほとんどない。本当に最悪だ。まあ、放っておくのが最善策だと無視を決め込む。

 そいつは俺に何をすることはなかった。ただ後ろから俺の後をついてくるだけ。慣れてしまえば、どうということはなかった。


「あ、今日の配信リスナー参加型じゃん!」

 仕事中、いきなり隣の席の同僚が大きめの独り言を吐いた。しばらく雑談していると先輩社員から注意されてしまう。

「俺、佐伯先輩苦手」

 あの先輩はザ・仕事人間っていう感じで苦手っていうのもあるが、生霊のついている数がえげつないのだ。嫌でも視界に入ってきてしまう。不快極まりない。まあ、現時点で俺の後ろにも何かいるので人のことは言えないが。

 

 午後9時。今日は昨日と比べ早めに帰宅できた。とはいえまあ、そこそこ遅い時間ではあるが。それにしては疲れがあまりない。まるで疲労をこいつが吸い取ってくれているかのようだ。ただし振り向いて確認するにはそこまでの勇気はないのでしないのだが。まあ、本当に俺の疲れを吸い取ってくれるのなら、いっそこいつを利用してやろうか。明日は休みだ。飲みたいだけ酒を飲んで、好きなだけ見たいアニメを見る。眠くなるまで自堕落な夜更かしと行こうじゃないか。


 俺はこいつらの存在を見たいと思って見ているわけじゃない。勝手に俺の視界に入ってくるからこいつらが悪い。ただ、俺に有益な存在ならば無視しないこともないかも知れない。まあ、何が起きても誰にも助けてもらえないだろうから、今後もこいつを無視することにするけれど。

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