画面の向こうに俺の推し
「あ、今日の配信リスナー参加型じゃん!」
時刻は午後3時を過ぎたところだろうか。お昼を食べ、眠くなってきたところにSNSの通知が届く。ちょうど仕事もキリのいいところまできたので、休憩がてらその通知を開いてみると、最近推しているゲーム実況者の配信予告だった。
「何? 吉川またヨーチューブの話?」
隣で作業していた同僚に話しかけられる。
「そうなんだよ。なんと今日の配信、リスナー参加型らしくてさ! 今日は何としても定時で帰らないと!」
「お前も飽きないねえ。画面の向こうにばっか気を取られてないで早く彼女の1人や2人作ったほうがいいんじゃねえの」
「うるさいな! お前に関係ないだろ!」
からかいながら呆れる同僚に俺は反論する。いいじゃないか、好きなのだから。俺の好きをお前にとやかく言われる筋合いはない。
「ちょっとー! 吉川くんと高橋くん! 雑談するのはいいけど、声の大きさは落としてね。一応仕事中なのよー」
「す、すみません」
少し声が大きかったのだろうか先輩社員に怒られてしまった。
「俺、佐伯先輩苦手」
「しっ! そんなこと言うなよ」
佐伯先輩はいわゆる“できる大人”だ。任されている案件は大きいものが多いし、俺たち後輩のフォローまでこなしている。現実に生きている人ってあんな感じなのだろう。
ゲームヲタク、ヨーチューブヲタの俺とは正反対の人種だ。
なんだかんだ仕事に集中して定時で上がることができた。俺は急いで今日の配信視聴のお供を買いに、家の近所のスーパーへ行く。今日は金曜日。翌日を気にせずに配信は観れるし酒は飲める。俺の推し配信者は毎週金曜日に酒を飲みながらゲームをするので俺たちリスナーも彼女に合わせてお酒を飲みながら視聴するのが決まった流れになっていた。
軽く夕飯を済ませ、風呂にも入った。夜9時の配信まで後5分。完璧な状態でスタンバイだ。
「おっと、酒を忘れてた」
いけない、1番大事なものを忘れていたではないか。今日の酒はやっすい発泡酒に、つまみはナッツだ。いかにも一人暮らしサラリーマンの酒飲みセットって感じだ。まあ、この組み合わせが好きなのだからいいだろう。
動画配信ページを開き、開始までSNSを巡回していた。
『こんばんわー! アッカですー! 今日は予告の通りリスナー参加のゲーム配信をしようと思いますー!』
夜9時を少し過ぎた頃、俺の推しの配信が始まった。アッカは中世的な声が魅力の女性ゲーム配信者だ。イケメン系女子のキャラデザで男性人気だけでなく女性人気も高い。
『早速だけど、今日は【100人鬼ごっこ】と言うゲームをやっていきますー!ゲームルームを作るので皆さん参加してくださいねー!』
ルームを立ち上げると同時に、多くのリスナーがルームに入っていった。俺も参加を試みたがルーム人数の上限に弾かれ失敗。まあ、人気配信者だ、仕方ない。
酒を飲みながらアッカの実況を見る。アッカの魅力はゲームの実力が高いことももちろんそうだが、何より酔うと口が悪くなる。
『おい誰だ今あたしを捕まえたやつ! 覚えてろ雑魚が!!』
《でた口の悪さww》
《リスナーさんナイスー》
口の悪さが目立つが、彼女は何よりもリスナーを大事にしている。それが分かるからこそ、リスナーはアッカの配信を楽しみにしているのだ。
何度かルームに入ろうとするがやはり上限に弾かれてしまう。今日は無理かもしれないと諦めた頃、俺のスマホが着信を知らせた。
「……はい」
「あ、でたでた。今ちょっといい? あんた最近帰って来ないようだけど元気にやってる?」
母親からだった。なぜ今このタイミングなのか。俺は半分聞き流しながら電話の対応をする。
「そういえばお隣のみっちゃん。今度結婚するそうよ。あんたも早くお嫁さん見つけられるといいんだけどねえ」
「母さんそろそろいい? 来週末には帰るから話はその時聞くよ。もう切るからね」
「え、あちょっと……」
電話を切って配信画面を眺める。……萎えた。せっかく酒も入っていい気分だったのに。みっちゃんこと美智子は幼稚園からの幼馴染だが、大学に入る頃にはもう連絡も取り合っていないような間柄だ。今さらあいつの近況を聞いたからと言って何になるというのだろうか。
結婚適齢期と言われる20代後半になり、親の焦る気持ちも分からなくはないがどうか放っておいて欲しい。現実はいつか見なくてはならない。そんなことはとうに分かっているのだ。だからせめて、今だけは、好きなものを好きに生きていいじゃないか。
俺は、配信の音声を聞きながら、久しぶりタバコの箱を開け、1本火を付けた。
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