第26話 そして家族の日々は続く。
「この度は本当に、すいませんでした……!」
土下座である。
後ろに妹が居るにも関わらず、土下座せずにはいられなかったのである。
「お姉さん、すっごく待ったし、すっごく心配したんですからね?」
土下座で額を床にこすりつけている僕の後頭部にそう声を投げかけて来るのは、もちろんギルドの受付お姉さんミミミルルさんである。
怒られても何の反論も出来ない、何せ僕はデートをすっぽかしたのだ!!
デートを!デートをだ!!!
あの、多くの人間にとって人生の一大事であると言われるデートを!!僕が!!僕みたいなモテない男が!!せっかく誘われたのに!!千載一遇のチャンスだったのに!!!
仕方ない、これはもうこのまま後頭部を踏みつけられて、ハイヒールのかかとでそのまま穴をあけられて、そこに唾を何度も吐きかけられてその唾がたまった穴に対して「あらあら、なんて汚らしい水たまりなのかしら」って言われても仕方ないくらいの所業!!!
「なーんて、冗談ですよ。当日は確かに、すっぽかされたと思って悲しかったですけど……ちゃんと事情は聴きましたから、怒ってません。だから、頭を上げてください」
いつ踏まれるかとドキドキしてたのに急に優しい声。
「……怒って……おられない?」
「怒ってませんよ。でも、待ちぼうけて結局演劇に間に合わなかったから、今度また一緒に行きましょ。その時は、キミのおごりだぞ?」
―――……天使……!!!
いやさ女神!!!唯一神!!
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!!この穴埋めは是非にでも!!」
「ふふっ、じゃあ、休みの日が決まったら計画立てましょ? また何日かしたらここに来てね」
はっ、そうか、こういう時連絡先の交換とか出来ないんだ。電話無いしな。
くっ、この時代にLINEがあったら、初めての女の子との交換はお姉さんだったと一生誇って生きていけるのに!!
「来ます!毎日来ます!!」
「毎日は来なくていいわよー。あっ、でも……そうね、毎日来てよ。暇な時間にお話しましょ?」
「はい、よろこんでぇぇ??」
言葉を言い終わる前に、膝裏を強く殴られてヒザカックンの状態になった僕。
犯人はもちろんそう、妹です。
「……あにぃ……毎日はダメでしょ……」
「あ、ああ、そうだなユウミ」
怒っておられる……この顔は本気で怒っておられる。
確かに毎日はダメだな。ってかお姉さんが暇なときって日によって違うから、暇なときの相手としてここに居るとなると、それこそ一日中待っていなければいけないのでは……?
こっちもクエストもあるし、それこそユウミとの時間も必要だし……危ない、さすがに浮かれすぎたんだぜ。
「あ、あの、すいませんお姉さん。毎日は、ちょっと……たぶん、あの……ごめんなさい!」
再びの素早い土下座である。
「ふふっ、わかってるわよ。今のは、後ろでずっと妹ちゃんが嫉妬してたから可愛くてちょっとからかっちゃったの。ごめんね?」
言いながらお姉さんはユウミに向かってウィンクをする。
ユウミは相変わらずの人見知り炸裂で僕の後ろに隠れつつも、お姉さんを逆三角形みたいな目で睨みつけて威嚇している。
猫だったら間違いなく「シャーーー!!」って言ってるだろう。
「落ち着きなさいユウミ。ほらお菓子を上げよう」
こんな時の為に鞄に忍ばせて置いたお菓子を渡すと、奪い取るように手に取り、怒りを表すようにガブリと噛みつくが、お菓子の美味しさについ にへらっ と笑ってしまうのがあまりにも可愛い。
どうですか、これが僕の妹です。最高に可愛いでしょう!?と言いふらしたい気持ちです。
「そういえばさ、妹ちゃんの事名前で呼ぶようになったんだね」
「えっ?」
急にお姉さんに言われて困惑する僕。
「あれ、前から名前で呼んでませんでしたっけ?」
「名前では呼んでたけど……ずっとユウミ「さん」って言ってたじゃない? 妹なのにさん付けってどうしてなのかなーって思ってたんだ」
そう、だっけか。
全然意識してなかったけど……そうか、本当の兄妹じゃないという気持ちがどっか心の奥底にずっとあって、それが呼び方に出ていたのかもしれない。
……あっ、こないだあの事件の蹂躙時に、名前読んだらなんかユウミが変な反応してたの、それだったのか。
そんな僕らの会話を聞いていたユウミに目を向けると、「さん付けはユウミも気になっていたよ」という顔でこちらを見ている。
そうか……うん、なるほどな。
僕はしゃがんで視線の高さを合わせて、真っ直ぐにユウミの目を見つめる。
「ごめんな、今まで。もしかして今まで、距離感じさせちゃってたか?」
一瞬首を横に振りかけたが、それがピタリと止まり、今度はゆっくりと頷く。
「あにぃは……やっぱり、気にしてるのかなって……ユウミにとっては、本当の……お兄ちゃんだけど……でも……あの、うん……ちょっと、感じてたかな、距離」
ああ、泣きそうな顔に震える声。
申し訳ない!これはダメな兄ちゃんだった!!
「そっか……ほんとごめん。僕にとってもユウミは最高に可愛い妹で、僕の生きる意味の大きな一つで……なのになんだろな、何を気にしてたんだか。バカだな兄ちゃんは」
「そう、それはそう。ほんっとバカ。あにぃはバカだよ。気にしなくていいことばっか気にしてさ」
ぷくーっとほっぺたを膨らませて怒りを表すユウミのなんて可愛い事だろうか。
「そうだな、よーし、これからは今まで以上に妹を可愛がる兄と化すからな、覚悟しとけよー!?」
手始めに、ぷくーっと膨らんだほっぺを両掌でぷにっと押してみたら溜まってた空気が口から出て ぷしゅっと音がしたのがおかしくて笑った。
けど、ユウミはなんか恥ずかしかったみたいで顔を真っ赤にしてひたすらローキックをしてきた。いや、照れ隠しの方法がローキックなのどうしてなの妹よ?
「そこはぽかぽか殴るとか可愛いやつにしてよユウミー」
「うっさい!バカあにぃ!!」
それはなんてことない兄妹のやりとりだったけど、なんとなく、以前よりも確かに縮まった距離を実感するような、そんな不思議な感覚があった。
家族……家族か。
家族にもいろいろな形があって、その全てが幸せでない事を、僕はもう知っている。
けど……今の家族を、僕はとても好きだ。
家族という形で繋がっていられることが、凄く僕にとって価値あることで、だから―――――この人生が続いていくのは、きっと幸せなんだろうな。
家族で転生なんて、どう考えても不条理で意味わからん展開だったけど……こうならなかったら、僕は今でも表層的な家族のままで居続けたような気がする。
今回の事もそうだけど……不幸な出来事や、辛い体験も、場合によってはより人生を豊かにする出来事になり得るんだ。
不思議なもんですね、人生ってのは、人間ってのは……家族、ってのは。
「じゃあすいませんお姉さん。お話はまた今度。これから僕は妹超可愛がりタイムに入るので」
「何それ恥ずかしいこと言わないでよ!」
ローキックがミドルキックになった。感情の高ぶりが蹴りの高さに現れる性質なのだろうか。
いつか、超ハイテンションにしてあげられたらミルコ・クロコップばりのハイキックでKOさせられそうだけど、そんな瞬間が来るとしたらそれはそれで楽しみだ。
お姉さんに「じゃあね」と笑顔で見送られながら、僕はユウミに手を差し出す。
「よしっ、行こうユウミ」
「なにその手……」
「えっ、手を繋いで歩こうかと思って」
「やだよ恥ずかしい!」
「そうなのか……」
お兄ちゃんしょんぼりしてしまうな。
「……あーもう、わかった!ちょっとだけだからね!街の大通りに出るまでなら、いいよ」
目を、というか顔全体を僕から逸らしながらも、きゅっと手を握ってくれた。
なんて優しい妹なんだ……!!耳が真っ赤だぞ、可愛いな!
「よーしユウミ今日は兄ちゃんがなんでも……予算の範囲内ならなんでも買ってあげるぞ!」
「……予算っていくら?」
「えーーーと………月の小遣いの……5分の1までかなー」
「セコイ!けど許すよ! 行ってみたいケーキ屋さんあったんだー。おごってね♪」
「OK!」
そして僕らは歩き出す。
手を繋いで、絆を繋いで、家族でこれからも、歩いていく。
笑顔で、歩いていくんだ――――
episode 3 「家族の価値は」
おしまい。
・
・ ↓
・
「ただいまー」
「たっだいまー」
ご機嫌な僕らが帰宅すると、
「おかえり」
「おかえりー」
と両親が出迎えてくれた。
今まで意識したことなかったけど、良いものだな、「ただいま」と「おかえり」って。
――――そして、そのまま家族で夕食を食べている時に、それは起こった。
「そういえばさ」
それは本当に何気ない僕からの問いかけだった。
「あの時って、なんで僕ら喧嘩したんだっけ?」
もう一度聞くことでまた喧嘩になるかもしれないと、前の僕なら考えてしまっただろうけど、今はしっかり絆が確認できたし大丈夫だろう。
ちゃんと記憶を補完しておきたいし。
「ああ、そうだ。その話な。ツバメ、アンタ3日後から学校行きな」
………ん?????
あ、ああああ、あああああああああ!!
思い出したぁぁぁぁぁぁぁあぁあああーーーーー!!!
それでブチギレたんだったぁぁぁぁああああぁぁあぁ!!!
「絶対やだよ!!なんで異世界まで来てわざわざ学校行かなきゃなんないんだよ!!」
「まあまあ、おにぃ落ち着いて。また喧嘩になったらバカみたいじゃん」
ユウミが冷静に僕の怒りを鎮めようとしてくれる。
そ、そうだよな、せっかく仲直りしたのにまた喧嘩なんてな。
「あっ、言ってなかったけどユウミも一緒にな」
「……ええええええええええ!?!?!?!?やだやだやだやだ絶対やだ!!!」
ああっ、ユウミの感情が一気にマックスに!
転がり始めた!床を転がって子供のように駄々をこね始めた!
でも気持ちはわかる、わかるぞユウミ!!
なんで異世界まで来て学校行かなきゃならないんだ!!
異世界転生作品の主人公たちが学校行くのマジで理解できないんだよな!! お前らも現世で嫌な思いたくさんしたはずだろ学校で!!
学校ってそういうとこじゃん!!嫌な思い出製造機じゃん!!
なのになんで転生してまで行くんだよ!!
青春取り戻そうとすんなよ!!!
「いや、もう決定済みだから。申し込みは終わってるから。三日後から二人共学校な」
当然のことのように言い放つ母と、また喧嘩になるのではとヒヤヒヤしてる父。
僕とユウミは顔を見合わせて、声を揃えて言った。
「母さんはどうしていつもそうなんだよ!!」
「母さんはどうしていつもそうなの!?」
その日、僕らの喧嘩は夜遅くまで続いたとかなんとか――――
これもまた、家族の日常……なのかな?
NEXT STORY episode4「妹、異世界でも引きこもる」に……続…く??
一家転生・第一幕 了
一家転生 ~家族丸ごと転生したら僕以外の家族が最強でした~ 猫寝 @byousin
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