第25話 さあ、蹂躙の時間です。
「ふぅ、大体治ったかな。どう?」
そう言われて、妹の足枕の心地良さにウトウトしていた意識が覚醒しました。
「……え、ああ、大丈夫っぽいよ。ありがとう父さん」
体を動かしてみると、まだ少し痛みとも言えないような違和感はあるけど、普通に動く分には問題ない。
「……あにぃ、寝てたでしょ……」
見抜かれた。
「はははは、まさかそんな。こんな緊迫した状況で、ねぇ?」
そうしてる間にも結界はガンガンに攻撃されているし、父さんは魔力と体力を回復するためにポーションを栄養ドリンクみたいにがぶ飲みしているというのに。
「寝てたでしょ?」
「はい寝てました。でも許して欲しい。捕まってずっと身動きできずに拷問されてたところからの、安心できる足枕だったので許して欲しい」
「愛しい妹の?」
「そうです、愛しい妹の安心できる足枕が最高に心休まったので許しいて欲しい」
「じゃあ許す」
「ありがとうございます」
なんだこのやりとり。っていうか、ユウミがこんな風に正面切って甘えてくるのも珍しい。
……それだけ心配かけたってことですかね。反省反省。
「終わったか?」
ずっと僕らに背中を向けて、結界の壁ギリギリの位置でじっと外に向かってメンチをきっていた母さんの声が結界内に静かに響きます。
「ああ……ごめん、ありがとう、母さん」
「そうか、それはいい。シロ、どうだ?」
「え?あ、うん。もうツバメは大丈夫……」
「そうじゃない、アタシは、行けるか?と聞いている」
その言葉の意味を感じ取ったのか、父さんは慌てて三本目となるポーションを飲み干しました。それはもう、グビッと。
「よし、行けるよ!!」
ああ、そうか、なるほどなるほど……。
「ずっとウズウズしてたんだよ……そろそろ、全力で暴れたいよなぁ!!!!」
そうだね、母さんは蹂躙大好きだもんね!!
「さあ、始めるぞ―――――家族総出で、大蹂躙だぁぁぁぁああぁぁあぁぁ!!!!」
雄叫びと同時に、空間から大剣を取り出す母さん。
その背後に控えていくつもの補助呪文を同時に展開する父さん。
膝をついて姿勢を低くした僕と、その肩にスムーズに乗ってくるユウミと、僕らを守るように周囲をうろうろするピィ。
完全に、いつもの僕らだ!!
こうなったらもう……負けるわけないよなぁ!!!
「行くよっ!!!」
父さんがそう合図して結界を解除すると同時だった。
「粗肉無礼弩(ソニックブレイド)!!!!」
母さんが相変わらずダサい当て字の剣技で野太い衝撃波を飛ばすと、結界を円形に囲んでいた兵士たちの一角が全員吹っ飛んで、なんかこう……円形が「C」みたいな形になりました。恐るべし母さんの一撃。
なので僕は、そのCの空いた隙間に一気に駆け込み、囲いを突破して少し開けた場所に陣取ることで、両親と挟み撃ちをする形をとる。
それが一番相手にとって厄介だと知っているから!!
「キシャキシャシャ!!!覚悟しろてめぇらぁぁぁ!!!死ぬ程度で生きて帰れると思うなよ!!!」
母さんが意味の解らないことを言っている!!
よっぽど溜まってたんだなぁ!!ごめん、我慢させて!!
ユウミは僕が絶対に守るから、好き勝手暴れてください!!
と、僕が言うまでも無く蹂躙はもう始まっている。
爆発音のような音や空気を切り裂くような音、そして全力で何かを殴り飛ばすような音、あらゆると共に人がポイポイと宙を舞っている。
一方僕らは……
「エクスプロージョンアロー!!」
ユウミの、爆発魔法を込めた弓が放たれると、やはりあちこちで人が舞った。
人ってこんなに飛ぶんだなぁ……そのうち、どっかにバスケのゴールみたいなの作って、人をそこまで吹っ飛ばして入れる遊びとかやりだしそうな勢いだ。
「見ろよシロ!!吹っ飛ばしたやつらが綺麗に天井に刺さっていくぞ!!キシャシャシャ!!」
「うんうん、等間隔で綺麗だねー!」
もう似たようなことやってた!!!もっと高度なことを!
わぁ、なんて見事な人つらら。
実に楽しそうで何よりです。
そして僕らの方には、捕まってる時に映像で見た鎧の兵士が近づいて来たけど、分厚い鎧を着ている分、重くて動きが鈍い。
「行くぞユウミ!」
「えっ、あっ?うん!」
なんか今のやり取りちょっと違和感あった気がするけど、ともかく僕は唯一の特技である足の速さで距離を取って鎧の攻撃をかわしつつ、そこへユウミの
「ブリザードアロー!!」
氷の弓がさく裂し、鎧ごと凍らせてこれにて一件落着……
「ボルケーノアロー」
ってあれ?炎の弓矢で氷を溶かして、逆に炎で包みましたよ?
熱い熱いと踊るように慌てる鎧の兵士。
「ブリザードアロー」
再び凍らせる。
「ボルケーノアロー」
そして燃やす。
それを何度か繰り返す我が妹よ……さては怒ってますね……?
まあ、怖い思いもさせられただろうから、このくらいの復讐は大目に見てあげよう。というか、思う存分やるがいいさ!!
繰り返しているうちに鎧が割れて、中の人がむき出しになった。
下着の髭おじさんが出ましたよ。魔界村思い出しました。
「ブリザードアロー(弱)」
おっと弱めに行きましたよ。しかし生身だと相当寒いのか、全身震えていますね。
「ボルケーノアロー(弱)」
今度は熱してやります。熱い熱い踊(ダンス)ってますね。
それを見ながら、実に満足そうなユウミさんです。
やはり母の娘……蹂躙のDNA!
最終的には、もうボロボロになって泣いて謝ってるおじさんの股間を全力で蹴飛ばすまでがワンセットでした。いやまあ、蹴飛ばしたのは僕ですけど。ユウミは肩車から降ろすわけにはいかないけど、妹を怖がらせた罪は万死に値するので僕がやったりました。。
そこからはもう、全てを語るのが面倒になるくらいひたすらに蹂躙が続きました。
阿鼻叫喚の叫び声に、空間全てに響き渡る母の狂ったような笑い声と、それを称賛する父、それに呆れつつも頼もしさを感じている僕と妹、そしてパワーアップしたままのピィが新しいおもちゃを貰った時みたいに実に楽しそうに暴れまわっていた……。
そして――――最後に残ったのは、僕たち家族と傷だらけの元ギルド長だけになりました。
「殺せ!もういっそ殺せ!嘘です殺さないでください!」
元ギルド長は混乱している。
仲間に腕のいい僧侶や賢者が居なかったのだろう、切断された両腕は中途半端な回復術で傷口こそ塞がっているがくっついていない。
「よし治してやれ」
「っ!もちろんだよ!」
おお、母が腕を治してやれと言い出すとは。慈悲の心ですよ。
蹂躙する母が大好きな父さんも、母の慈悲にそれはそれで嬉しそうだ。相反する感情だけどそれもまた人間。
「な、治してくれるのか……? あなたは女神か……? わたしは、わたしはこんな優しい人に何と言う事を……!」
おお、元ギルド長が改心を。
優しさが人の心を救うこともあるのだなぁ。
そして、さすがの父の回復呪文ですぐさま腕がくっつくギルド長。
「おお私の腕……!これでまた娘を抱きしめることができ―――えっ?」
感動で両手を天に掲げると、その両腕が切断されました。
母の大剣によって。
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「にゃっ」
これにはさすがの家族もビックリです。ピィまでも。
「ちょっ、ちょっとママ?いったい何を―――」
「治してやれ」
「……んっ?」
ああ、母のやりたいことが分かってしまった。
父も察したのか、なるほどね!という顔をした。あの顔は、母の中で慈悲よりも蹂躙が強かったことに対する興奮の顔だ。本当にややこしい性癖だよ父!!
「な、なぜだ!?今治したばかりだろう?なんでこんなことを!?」
動揺する元ギルド長。
そうでしょうそうでしょう。けど僕としては、さっき妹が似たようなことしてたの見てるからなんとも。
ただ、母の方がより強烈ではありますが。
そして腕がくっつくと、今度は足を切り落とした母です。
「ぎゃああああ!!!」
「治せ」
「はいっ!!!」
そんな感じで、即死してしまう首意外のありとあらゆる部分を切り落とされては治す、というそれはもう酷い拷問が続きました。
これは怒ってますよ、母の怒りがそれはもう頂点ですよ。
「もう、もう許してください……!」
父さんが完璧に治すとは言え、切断されるときの痛みは当然あるので、それはそれは辛いだろうと一瞬同情しそうになったが、そもそもこいつ僕のことめっちゃ拷問したし、腹を腕で貫いてたよな、と思ったら同情するのもバカらしくなった。
自分だけが一方的に拷問出来るなんて、そりゃ不公平ってもんです。
拷問していいのは、拷問される覚悟のあるやつだけだ!ってやつだよね。
そして、母はそういうとこほんと容赦ないので、這いつくばって懇願する元ギルド長のさっきよりちょっと薄く白くなってきた気がする髪の毛を掴んで顔を近づけ睨みつけると―――
「アタシたち家族に手を出して、「許される」なんてことがあると思うなよ……?」
僕がギルド長の立場だったらおしっこちびるくらいの迫力で言ってのけました。
「ひ、ひひひ、ひえぇぇぇえええぇえええ!!!!」
その後、しばらくの間 元ギルド長の悲鳴が部屋の中に響き続けましたとさ……。
そして朝になったら、全身を鎖で縛りあげて傷は全部治してから、普通に拳でボコボコにして自警団に引き渡しました。
命にかかわるような怪我のまま引き渡して死なれたら困るけど、五体満足だと逃げようとしたりするかもしれないので、死なない程度にボコボコにした、とは母談である。さすがです。
まあ、あの人もこれで懲りただろうし、街中までモンスターを引き入れた罪に関しては今後おそらく軍や国の裁判で裁かれて大変なことになるだろうから、もう手を出してくることはないでしょう。
元ギルド長のたぶん離婚した奥さんや娘さんは少し気の毒ではあるけど……すいません、養育費は諦めてください。
というか、どちらにしてもたぶん普通に養育費払うつもりも無かったのでは。もう仕事してないのに払えるわけないですしねぇ。地道に1から働くようなタイプとも思えないですもの。
まあ、あの人自身が言っていたように、家族の繋がりは消えない。いつか、お互いの存在に価値があると認めあえる親子になってくれるといいな、と少しだけ願っておくとしましょう。
そして僕ら家族は帰路につく。
早朝の空気が少し肌寒く、朝焼けの太陽が目に眩しい中、街を歩く。
誰も何も言わない、皆が言葉を探している。
まあ――――まずは、僕が言うしかないよな。
「あの……今回の事は、本当にごめん。僕が捕まったりしたせいで、皆に大変な迷惑と心配をかけて、危険な目に合わせてしまった……。本当に、僕のせいで――――」
「やめろやめろそういうの」
母は本当に面倒くさそうに、そして少し照れ臭そうに、その言葉を口にした。
「アタシたちは、家族だろ? だから、謝るな」
……家族でも迷惑かけたら謝るのでは……?
と思ったけれど、ああ、そうか。違うんだ。
言うべき言葉が。
「……わかった。……みんな――――ありがとう」
僕も少し恥ずかしかったけど、それを受けて家族がみんな笑ってくれたから良し!
「じゃあ、帰るか!アタシたちの家に!」
「そうだね」
「うん」
「ああ!」
そんなこんなで、僕ら家族にとって長く、そして大きな転換期になる一日は、終わりを告げたのだった――――
・
・ ↓
・
「そういえばさ、あのカウントダウンってなんだったの?」
帰り道、僕は思い出した疑問を解消したくなって父さんに質問する。
「なんのことだい?」
「いやほら、あの石化みたいな状態から戻る時に……」
「あーあー、あれね、あれは言うなれば、いざという時の為の保険だよ。あの状態は攻撃受け付けないけど、あのまま土に埋められたり水の中に沈められたら、戻った時に大変だろ?」
そう言われれば確かに。そういう弱点があったのか。
「だから、戻ると同時に周りを吹き飛ばす効果をつけたんだけど、でも街中とかに放置されて通りがかりの人にケガさせても良くないから、カウントダウンで注意を促したんだよ」
なるほどね、理由を聞けば納得です。
まあ、海みたいな深い場所に沈められたらどうにもならないような気もするけれど……この近くに海はないからね。浅い湖程度なら一瞬は水を吹き飛ばせるだろうから、防御や移動の呪文を唱えるチャンスも生まれるでしょう。
ちゃんと考えてるんだなぁ。もうちょっとわかりやすくして欲しい気もするけどね!あと―――
「そういう事は、教えといてよー。急にカウントダウン始まった時だいぶ混乱したし、みんな吹き飛んだかと思ったじゃん」
「ごめんごめん、心配したよね」
「そりゃ、まあ、ね」
「おっ、なんだ?心配したのか?」
「心配してくれたの~?」
うっ、女性陣がからかいモードに入った。面倒!
「いや、だから……はいはいしました。心配しましたよ」
「そうかそうか、ツバメは家族みんなの事が大好きだもんなー」
「あにぃはユウミの事大好きだもんねー」
うっとおしいな!からかい方がそっくりだ!この母娘!!
くそぅ、ニヤニヤしてからに。
ダメだ、こういう時は受け身に回ってはダメだ、攻めなければ。
「そうだね、僕は母さんも父さんも妹もピィも……みんな大好きだからね。心配もしますよそれは!」
どうだ!
「お、おう、そうか、そうか」
「へ、へぇ~そ、そうだったんだ~まあ知ってたけど~」
急に照れるなよ!!こっちも恥ずかしくなるだろ!!
父さんはニコニコしてる。ピィはすり寄って来た。
なんか、全体的に気恥ずかしい空気……!!
僕らは、登り始めた朝日に照らされてなのか、恥ずかしいからなのか、家族全員顔を真っ赤にしながら帰路に就いたのでした……。
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