第24話 口八丁
腹から腕が抜かれると、大量の血が流れだしているのが見えた。
あ、これは……本当に……死ぬやつだ……。
完全に意識を失いかけたその時―――
「時を戻す回復(リペアンド)!」
父の回復呪文の声。
しかも、最上級呪文だ。
流れ出した血液が、時を遡るように体内に戻っていき、少しずつお腹の穴も塞がっていく。
助かった……そう思う暇すらなく、閉じかけた穴を無理やりこじ開けるように再び腕が貫通して来る。
「うがぁ!!」
なにしてくれてんだ……!!
「これは良いな。うっかり殺してしまってどうしようかと思ったが、これで再び交渉の余地が出来た。さあ、これからここに居る全員でキサマら家族全員再起不能になるまでボコボコにするから、抵抗するんじゃないぞ」
まだ回復呪文がかかり続けているから、死にはしないけど、腹を抉られては回復する、ということを繰り返すのは死ぬほどキツイ……回復呪文って別に痛みを感じなくなるわけじゃないしな……!
ってか、ふざけんじゃねぇぞこんにゃろう……!!
「……母さんっ…!僕にかまわず戦ってくれ……どうせこいつは全員殺す気だ……だったら、僕にかまわずみんなだけでも助かってくれ……!」
これは自分の命を軽んじてるわけじゃない。
全員死ぬよりも、僕一人が犠牲になる方が絶対に良いと思ったからそう言っているだけの、本当に素直な、皆に助かって欲しいという願い。
「は?やだよそんなの」
だが、母さんは即座に否定する。
「どう……して……」
「子供を犠牲にして生き残る親とかクズだろ。アタシは、絶対に子供を見捨てない。そういう親になるって誓ったんだよ」
母さん……母さんは両親との関係が上手くいかずに、不良の道に入って行ったという話を聞いたことがある。
だから、自分は良い親でいようと、絶対に子供を守る親で居たいと言う気持ちが強いのだろう。
それは素晴らしいことだと思う、でも、僕は……
「頼むよ母さん……僕はどうせ死ぬなら、僕のせいでみんなが死んだって、そんな風に後悔しながら死にたくないんだ……せめて、最後にかっこつけさせてよ……みんなの為に命を使わせてよ……!」
「うっせぇばーか、自分に酔ってんじゃねぇよ。アタシたち家族は誰も死なない。この世界で、みんな一緒に生きていくんだよ。それ以外の道は、一切認めねぇ!!」
「ツバメくん、私も同じ気持ちさ。せっかく頑張って回復魔法かけてるんだからさ、諦めないでよ……!」
父さんが少し苦しそうに声を上げる。
当然だ、こんな大がかりな回復呪文、ずっと使い続けるには相当の魔力と体力を消耗するはずだ。
それでも、諦めてないんだ……父さんは、僕を……!
「おにいちゃん……!死んだら、ユウミ許さないからね……!」
ユウミはもうほとんど泣いていた。
唇をかんで必死に涙が零れないように堪えながらも、その目は希望を捨ててはいなかった。
本当にダメだなぁ僕は……僕を助けようとしている家族がまだ諦めてないのに、助けられる僕自身が諦めてしまっている。
心底情けない……でも、ここから逃げ出すだけの力も体力も気力も残っていない僕に何が出来る?
普段でも怪しいのに、怪しいクスリで強化された元ギルド長の腕から逃れる術が見つからない。
捕まっていたから武器も無いし……僕に出来ることはなんだ……!?
家族に視線を向ける。
みんなの為に、今僕が出来る事は―――――……ん? 今のは……?
父さんの視線が、一瞬何か妙な方向に向いた気がした。
それは、普通にしていたら何の違和感もない程度の視線の動きなのだけど……僕はそこに、なにがしかの意図を感じた。
だから僕も、痛みにもがくフリをして、父さんの視線を追ってみた。
そこには―――――そうか、そういう事なんだね父さん……なら、僕に出来る事は一つしかない……!
「なぁ、元ギルド長さん……アンタ一体、家族と何があったんだい?」
「――なんだキサマ、人質は黙ってろ」
腹を貫く腕をぐりっと回され、肉と内臓が捻じれて強い痛みが走る。
ぐぎぎぎぎぎぎ……!!!
痛っっってぇ……!! けど、ここでやめられるかよ!!
「どうせ、アレだろ? 奥さんや娘さんに愛想つかされたんだろ? さっき言ってたもんな、家族の関係がどうとか……さんざん罵倒されて、離婚されて、そのうえ財産を半分以上とられて養育費も払い続けなきゃならないとか、そんなとこだろ?」
「黙れ……!!」
首を掴む力が増して、首の骨がきしむ音がする。
けど、それすらも傷つけられる傍から回復していく。助かるけどこれはこれで地獄だな…!
「残念だったね、あんなにも地位に固執してたアンタが、クソみたいなセクハラやパワハラをしたせいで仕事を奪われて家族を奪われて……そんなにも地位が好きなら余計なことしなきゃよかったのに、自業自得だよねぇ」
「……なるほど、死にたいと見える。いくら回復魔術がかかっていようとも、一瞬で頭を潰せば死ぬ。さすがに死者を生き返らせる魔術ではあるまい?」
それはそのとおり、死んだら終わりだろう。
けれど、冷静さを装っていてもどんどん声に怒りがこもっていくのがわかる。
なら、ここが勝負だ……!
「それで?僕を殺してどうなる? 僕が居なくなれば家族は何に気遣うことも無くアンタを殺すだろうよ。あんたが人生の最後でやりたかったのがこんなくだらない事なのか? だったらあんたが家族に見捨てられるのも納得だよ。なにが家族の繋がりだ。結局自分の娘に養育費を払うことすらできずに落ちぶれて死ぬだけのダメ親父だろうが。子供の人生に責任も取れないやつが、家族語ってじゃねぇよ!!!」
それは、僕の本当の両親に対する怒りでもあった。
無責任に僕を捨てた、本当の両親――――いや、本当は何か理由があったのかもしれない。それを、僕は知らない、知る由もない。
ただ結果としてあるのは、僕は捨てられ、それを拾ってくれた人が居た、というだけだ。
この幸福への感謝を受け取った時に、本当の両親への怒りなんて捨てたはずだと思ってたのに……まだ残ってたんだなぁ、僕の奥底に。
最後に残ったそれを全て吐き出した僕の言葉は、しっかりと元ギルド長にもクリーンヒットしたようだった。
「本当に殺されたいようだな……!!」
首の後ろを掴んでいた指が首の前の方に回ってきて、思い切り首を絞められる……!
「がっ……!」
一瞬で呼吸が止まるが、それでいい……!
待っていたのは、この一瞬なんだからな……!
僕は父さんにアイコンタクトを送ると、一瞬でそれを理解してくれた父さんが隙を窺って準備していた呪文を発動させる!!
「筋肉増強(ビルドマックス)!!」
そして、呪文が唱え終わると同時に……元ギルド長の両腕が、切断されていた。
「………はっ?」
さすがに意味が解らなかったのか、マヌケな声が漏れる元ギルド長。
「ぐっ、ごほっ!」
気道が解放されて、一気に空気を取り込みむせる僕。
そこに駆け寄ってきて、床にうつぶせに倒れた僕の頭に乗って来たのは―――
「にゃあ!」
いつもの短刀を咥えたピィだった。
にゃあ!と鳴いても短刀を落とさない器用な猫です。
「まさか……まさかそいつがやったのか!?その小動物が、このわたしの腕を!!」
信じられないという表情で目を見開く元ギルド長。
そうだろう そうだろう、普通に考えたらピィは確かにパワーがそれほどある訳じゃない。クスリで強化された筋骨隆々な腕を両方切り落とすなんて芸当は出来ないはずだ。
けれど―――さっき父さんが唱えた「筋肉増強(ビルドマックス)」は、その名の通り筋力を大幅に増強させて力を強くする補助呪文で、それは猫にも有効なんだよね。
「ははっ、ピィを弱い小動物だと侮ってろくに警戒もせず、そのうえ僕の挑発にあっさり引っかかって冷静さを欠いた……あんたは、負けるべくして負け―――」
すると、突然体が浮いた!?
「はっ!?えっ?ちょっ!まだ決めセリフの途中なんですけど!?」
カッコつけてる途中だったのにマヌケな声が出ましたよ!
「風の運び屋(ウィンドキャリー)!
そこでようやく妹の声に気付いた。そうか、風の魔法で僕を結界まで運ぼうとしてくれてるのか!
ありがとう妹よぉぉおおおおぉぉお!?!?!?
体験したことないけど、ジェット戦闘機の加速ってこのくらいGがかかるのかな!?っていうくらいの速度で一気に運ばれる僕。
待って待って!!これこのまま地面に激突したら死「ぶぁ!」
激突しました!!顔面からです!!顔面から激突しました!!死にませんでした!死ぬほど痛いけど生きてはいます!!
「おにぃ!!大丈夫!?」
「う、うん、ユウミさん……生きているよ……たった今、妹に殺されかけたけどね」
「良かった!即死じゃなければ治せるよ!って父さんに言われたから思いっきりやったの!即死じゃなくて良かった!!」
「……即死してたらどうしたの……?」
「しないって信じてた!」
凄い何の理屈も無い!!まあでも実際死ななかったからよし!!
僕の頭の上に乗っていたピィは、一緒に結界の中までは来たものの、顔面激突の僕を尻目にしっかりと華麗な着地を見せていました。さすが猫。
「今治すよ!」
駆け寄ってきた父さんが腹に刺さった腕を引き抜いて、僕の体に触れつつ回復呪文を唱える。
先ほどまでも遠隔で効果はあったが、直接触れると凄い勢いで回復していくのがわかる。
でも……
「……ぐっ…父さん……大丈夫、なの?」
結界の維持と回復呪文、同時に使うのはかなりつらいはずだ。しかも―――
「く、くそっ!!全員であいつらを殺せ!!あんな結界ぶち壊せ!!」
仲間の兵士に腕を治療されながら怒り狂っている元ギルド長の命令で、半円形のこの結界は全方位からそれはもう攻撃されていて、普通に結界を維持する以上の魔力が必要なはずだ。
「大丈夫さ。息子を失っていたかもしれない辛さに比べたら、こんなの全然苦でも無いよ」
うっ、さらっとそういうこと言うのやめてよ父さん。泣いちゃうでしょうよ。
不意に僕の頭部が持ち上げられたかと思ったら、頭の下にそっと足が差し込まれて、その上に頭を乗せられた。
「……そのままだと痛いかと思って……」
ユウミの、膝枕でも腕枕でもなく、足枕でした。正確には、足首枕です。
「……うん、ありがとう」
まあ、膝枕の方が柔らかそうではあるけど、僕今うつ伏せだしな。
顔を太ももに乗っけるのはそりゃ抵抗があるだろう。足首でも床よりは十分に暖かく柔らかいので、その優しさに大満足です。
回復を待っていると、後頭部をこつん、と叩かれた。
わざわざ見なくても感触だけでわかる。ユウミの手だ。
いつも肩車してる時に頭を持たれてるからね、わかるとも。
最初は軽くこつんだったが、徐々に強くなっていき、最終的にはこう……なんていうか、偉い人とかが「けしからん!」って言いながら机をドンって叩いてコップの水がちょっと零れる、くらいの強さになった。
「あの、ユウミさん……? さすがに痛いのですが……」
「いきなり約束破ろうとした」
「……あー、はい、すいません」
「もうこんなのやめてって、心配かけないって約束したのに……ユウミめっちゃ心配したんだけど!!」
またドンって来た。痛い。
けれど、これは僕が悪かったので仕方ない。
「ごめんな……兄ちゃんどうしても合理的に考えちゃうっていうかさ……ああいう状況になったら僕が犠牲になってみんなを生かすのが一番良いって思っちゃうんだよな」
「あにぃは自己評価が低い。自己肯定感が低い。IQが低い。人として底辺」
凄い言われよう!!反論できないけど。
「……約束とかじゃなくて、これだけ、これだけ絶対に覚えておいて」
「……うん、なんだい?」
「ユウミには、絶対にあにぃが必要。それだけ。それだけ絶対に覚えといて」
そんなことないだろう……と一瞬考えてしまったけれど、それを決めるのは僕じゃないよな。
今まさに、その自己評価や自己肯定感の低さをなじられたばかりだし。
「わかった。覚えとく」
「あにぃの人生にも、絶対ユウミが必要。これも覚えといて」
「それは覚えるまでもない。絶対そうだし」
「むぅー!」
照れ隠しで今までで最高の一撃を頂きました。痛心地良し。
なんて言ってる間にも傷はどんどん治っていき、同時に結界を襲う攻撃も強まってきている。
さて……ここからどうする―――?
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