第23話 家族

「あにぃ……!ユウミだよ……!」

 ユウミ!?確かにこの声はユウミです。聞き間違えるわけがない。

 無事だったのか……!というか、この混乱の中どうやって僕のところへ?

「精霊さんが導いてくれたの。あにぃはこっちだって」

 そうなのか、原理はよくわからないけどありがとう精霊さん。

「ピィ、お願い」

「にゃっ」

 煙で視界が悪いけれど、どうやら抱きかかえていたらしいピィが口にくわえた短刀で手足を拘束していた縄を斬ってくれた。

 久しぶりに体が自由になり、凄い解放感と同時に、体を動かすたびに痛みが走る。

「ぎっ……!くはっ、……はー、ありがとう、ユウミさん。けど、さっきのはいったい何だい?なんで急に爆発を」

「詳しい話はあと。とにかく、これ飲んで」

 手渡されたのはいわゆるポーション。

 劇的に傷が治るというほどの高級品ではないが、それなりの軽傷と体力の回復には役に立ちます。

「ありがとう。―――んっ、んっ、げほっげほっ……!んっ……」

 久しぶりの水分に咳き込みつつも、ポーションが体に染み渡る。

 まだ全身痛いけど……

「動ける?」

「ああ、少しなら」

「じゃあ任せた!」

 と言いながら、僕の体をよじ登ってくる妹。

「あの、ユウミさん……嘘でしょ?冗談ですよね?」

「なにが?」

「いや、ほらあの、やりたいことはわかるんですよ。肩車ですよね」

「うん」

「でも僕、見ての通り怪我だらけだし、全身痛いんですけど……」

「知ってる、じゃあ出発!」

 ばっちりいつも通りの肩車スタイルを決める妹です。

 スパルタだぁ!!僕の妹 超かわいいスパルタだぁ!!

 行くけどね!!

 ポーション飲んだからたぶん行けるし!

「どこに行けばいい?」

「父さんが防御結界を張ってる。そこに」

 いつも通り、頭を掴んでくいっと方向を指示されました。

 容赦ない!けどそれが心地よい!

 しかし移動中、いつもと違う感触が。

 ユウミが、僕の頭をぎゅっと、でも優しく抱きしめてきた。

 そんなことは初めてだったけれど、そのあとにそっと小声で

「良かった……お兄ちゃん生きてた……怖かったよ……!」

 と震える声で囁く声が耳に届いた。

 それが僕に伝えたくて言ったのか、それとも独り言なのか僕には判断が出来ないけど……手を上に伸ばして、ユウミの頭を撫でた。

 兄として、妹の不安を吹き飛ばしてあげたい僕に今出来るのはこのくらいだから。

 それに対してユウミは、僕の頭に顎を密着させて

「バカ、あにぃはバカだよ。何捕まってんの、ドジ、弱い。ばかばか、ばーか」

 と可愛く罵って来ましたよ。

 顎が密着してるから、喋るたびに顎が動いて頭をグリグリされるけど、それがちょっと痛くて、ちょっとくすぐったくて、少しだけ笑った。

「ははっ、そうだね。ごめんな、心配かけて」

「心配したし、めっちゃしたし。もう二度とやめてよねこんなの」

「うん、気を付ける」

「気を付けるとかじゃない。絶対やめて」

「……努力します」

「努力とかじゃない、絶対」

 そうは言うけど僕は弱いからなぁ……今後もピンチに陥る可能性が無いとは言えないよなぁ……と考えたけど……うん、でも。

「わかった、絶対だ。絶対に、もうユウミに心配かけないよ」

「……よし、それでよろしい」

 大事なのは、ユウミに安心できる言葉をかけてあげる事だと思ったし、なによりも、その「絶対」を本当にするために僕がどれだけ頑張れるか、だ。

 僕は確かに弱い。圧倒的に。

 でも、それを言い訳にしない。

 弱いなら強くなるために努力するし、弱いままでも生き延びられるための準備をする。

 今それを、誓ったのだ。兄が、妹に。

 大事なのは、それだけだ。


 だというのに――――その約束を、僕はすぐに破ってしまうことになる。



「あれだよ」

 妹が頭上から指し示す先には、確かに両親の姿が見えた。

 結界が張られていて、モンスターは近づけなくなっている。

 生身の体なら入れるが、殺傷力のある武器は弾くという便利結界なのです。モンスターに至っては、爪や牙が武器扱いなので、腹くらいしか入れません。

 ただ、それは逆に言うと母さんも中から外へ攻撃出来ないし、ユウミが一人でいるような場合だと、生身で入られて素手で捕まってしまうので、意外と使い勝手が難しいのだけど……こういう混乱状況ならかなり頼りになるだろう。

 向こうも僕を認識して、早く来いと手招きをしてくれる父さん、喧嘩が尾を引いているのかまだ気まずそうに、でもこちらを心配そうにチラチラ見る母さん。

 うーん、まず第一声はなんて言おうか。

 ごめん、というべきなのか……?

 いやでも、なんかもっと適切な言葉があるような気もするな……なんだろう…。

 なんて考えている間にも、あと数歩で辿り着くところまできた。

 ええい まあいいか、行き当たりばったりで、そのときに口から出た言葉をそのまま――――

「逃がすと思うか?」

 刹那、耳元に響く嫌な声。

 次の瞬間、僕のお腹に強い衝撃が加わる。

「ぐはっ……!」

「残念だったな、家族のもとに辿り着けなくて」

 元ギルド長……どうしてここに……!

 膝だ。元ギルド長の膝が僕のみぞおちにめり込むように当たっている。

 なん……だ、このパワー……!!

 生身での力がこんなに強かったのかこの人……!?

 あまりの衝撃にその場でうずくまりそうになるが、頭上の妹のことがすぐに頭をよぎり、何とか踏ん張る。

 けど、目の前にこの人が居る状況でそれをかわして結界の中に入れるか?

「ここにいるぞ!!集合だ!!」

 周囲に声をかけ、兵士を集める元ギルド長。

 まずいマズい、どうする?

 いや、考えてる暇はない!僕に今できる最善の事は―――

「うおおおおおお!!火事場のクソ力----!!!」

 僕は前に倒れ込みながら、頭上の妹を掴んで、結界に向かって放り投げた!

「ちょっ……おにいちゃ…!!」

 妹はすぐさま驚きと抗議の声を上げて来るが、今僕に出来る最善は、兄として妹の安全を守る事だ!

「父さん母さん、頼む!!」

 妹が少し結界より手前に落下しそうになっているのが見えた。

 くっそ、結局自分の力じゃそんなもんか限界は!

 でも―――

「任せろ!」

 母さんが結界の外まで手を伸ばし、妹を空中でキャッチすると、すぐに結界の中に引き入れた!!

 ほんの数瞬まで妹が居た場所には、どこからか弓矢が飛んで聞いていたが、ギリギリ中に入れたので結界が防いでくれた。

 さすが母さん、ありがとう……!!

「余計な事を!!」

 四つん這いのように倒れた僕の背中に、元ギルド長の拳が振り下ろされる。

「ぐあっ!」

 マジで……なんだよこの力は……!!

 普通の人間の一撃じゃないぞ……!

「おらぁ!!」

 さらには腹を蹴られると、驚くべきことに体が宙に浮いて吹き飛んだ。

「が……がはっ…!!」

 これ、は……あばらの何本かいってるんじゃないか……!?

 おかしい、明らかに変だ。さっきまで元ギルド長はそこまでのパワーは無かったはずだ。あれだけのパワーがあるのなら、ムチで叩かれてももっと酷いダメージになったはず。

 いったい、何が起きている……?

「貴様は、もう一度人質だ」

 服の後ろ首のあたりを掴まれると、そのまま片手で持ち上げられる。

 どう考えても、何かしらの強化をしているな……魔法なのか、ヤバい薬なのか……なんとなく、こういうつまらん人はヤバい薬とか飲んでそうだな。お約束として!

「ふふ、やはりこの薬の効果は素晴らしいな……! 今なら誰にも負ける気はせんわい。副作用のこともあるからギリギリまで使いたくはなかったがな」

 やっぱりヤバイ薬だった!

 あと、副作用がある事も説明してくれてる!!本当に居るんだこんな自分の事べらべら喋るマヌケな敵って!!フィクションだけの話だと思ってたよ!!

 ……ただ、そのマヌケに捕まってる僕はさらなるマヌケ……!

 ごめんみんな……!

「さあ、こいつを殺されたくなかったらそこから出てこい」

 元ギルド長は僕の首の後ろを掴み、盾のように前に出しながら家族に結界から出てくるように要請する。

 混乱はいつの間にか収まり、兵士たちが結界を取り囲んでいる。

 モンスターたちは、大半が同士討ちや兵士にやられたようでほぼ倒れていたが、結果として人間と生き残った強いモンスターによる少数精鋭の集団が出来上がってしまった。

 くそっ……混乱状態の間に逃げられたら良かったのに……!

 結界から出てこようと、母が率先して立ち上がるのが見えて、僕は思わず声を出した。

「来なくていい!!」

 その言葉に、母の動きが一瞬止まる。

「結界を強化してユウミを守れば、父さんと母さんだけでこいつら全員倒せる!僕の為にみんなが犠牲になることない!!」

 そうだ、結局は僕が居なくなることでユウミを守る人間が居なくなることが一番問題なのだ。

 戦いながらでは難しいだろうけど、既に結界の中に入っている安全な今なら完全に外からの侵入を完全にシャットアウトする結界に作り替えられるはずだ。

 そうすれば、母さんは好き勝手に暴れて、父さんがそれをフォローするといういつもの形が作れる。

 僕だけが犠牲になれば、それで―――

「お前さ、自分が犠牲になればいいとか、そんな馬鹿なこと考えてないよな?」

 そう言葉を発した母さんは、既に結界の外へ出ていた。

 続いて、父さんとユウミもあとに続いた。

「そんな……どうして……」

「どうして、だぁ?本気で言ってんのかツバメ」

 母さんは少し怒っているように見えた。


「そんなの、ツバメが大事な息子だから以外の理由が居るのかよ」


 それは、何の特別なことでもなく、お腹がすいたらご飯を食べるとか、眠くなったら寝るとか、お風呂に入ると気持ちいいとか、そんな日常の言うまでもないことをあえて言葉に出してみたと言わんばかりに本当に自然に、母の口から出た言葉に思えた。

「でも、でも僕は弱いし……それに、それに――――」

 本当の子供じゃないし、と言いそうになってさすがに思いとどまった。

 それを言ってしまったらきっとみんなを傷つけるし、なにより、本当に全てが終わってしまいそうだったから。

「アンタは本当にバカだねぇ……なに余計なこと考えてんのさ。弱いとか強いとか、そんなの知るかようるせぇな。ただ大切で、一緒に居たくて、好きで、大事だ。それが全てだろ」

 そんな、そんなの……信じていいのかい……?

 僕は、僕はずっと、本当の家族になるためにはもっと役に立たないといけないって思っていたのに、ただ――――ただ好きなだけで、僕は家族になって良いの……?

「ツバメ、一緒に帰ろう。僕たちの家に」

「あにぃ、さっき約束したよね?」

 父さんもユウミも、僕に真っ直ぐな瞳を向けてくれる。


 ――――ああ、どうして僕は、この目を信じられなかったんだろう。

 言葉や態度で、僕のことを大切に思ってくれてるってわかってたはずなのに、心のどこかで、本当は血の繋がっていない僕を本当の家族だとは認めてくれていないんじゃないかって、そんなこと……どうして、考えてしまっていたんだろう……!!


 こんなに、簡単なことだったのに……!!

 僕の二つの瞳から流れる涙が、地面に落ちるのと同時だった。


「がはっ……!」


 背中に強い衝撃があったと思ったら、次の瞬間には――――僕のお腹から、手が生えていた。


 いや、違う……これは、背中から貫かれたのだ……元ギルド長の腕で、体を貫かれたんだ……。


「ふん、くだらん家族愛を見せつけられる身にもなって欲しいなぁ。思わず、殺してしまったじゃないか―――」


 ごぼっ、と自分が口から血を吐くのが分かった。

 意識が一気に薄れていく中で、


「お兄ちゃーーーーん!!!!!」


 ユウミの悲痛な叫び声だけが、僕の耳に届いていた―――――

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