第22話 誓いと謎のカウントダウン。

 本当の両親がどこの誰で、どうして僕を捨てたのか、僕は知らない。

 一度、知りたいか?と聞かれたけれど断った。知りたくない訳じゃなかったけど……それを聞いてしまって、変に里心というか……前の両親の事を考えてしまうようになったら嫌だと思ったから。

 僕の両親は、施設で誰とも打ち解けずに独りでいた僕を選んで引き取ってくれた、今の両親だけなのだから――――



 妹が生まれたのは、僕がこの家に来て2年ほど経った頃だった。

 僕は両親に大切にされていると感じていたし、生活するうえで不自由を感じる事も無かった。

 父さんの父さん……僕にとってはお祖父さんだろうか……との話し合いは上手くいってないらしいというのは、なんとなく知っていたし、その原因が僕らしい、というのもなんとなく感じていた。

 今になって考えればそうだろうと思う。

 駆け落ち同然で家を出て行ったかと思ったら、他人の子供を引き取って育てているから仕事を継ぎたい、と言われても困惑するのも無理はないだろう。

 そんな中、母が妹を妊娠したのは大きな転機だった。

 祖父としては本当の孫が出来るのだから、そうそう邪険にも出来ず、結果として父は祖父の工場で働くことになり僕らは実家の近くに引っ越した。

 実家に戻らなかったのは、母と祖父があまり反りが合わないのもあったけど、やっぱり僕が原因だったのだろうとも思う。

 祖父は他人の子である僕をいぶかしんでいたし、僕もそんな祖父が苦手で怖かったのを、両親が察してくれたんだろう。

 それでも、明らかに暮らしは裕福になっていったし、両親も心つかえがとれたのか安心して出産に挑めて良かったと感じていた。


 ――――いたのだけど、僕の中には言い知れぬ不安があった。


 本当の子供が出来たら、僕は要らなくなるんじゃないか?という不安。

 あの頃、そこまで明確に感情を言語化出来てはいなかったけど、そういう不安をなんとなく感じていたと思う。

 だから、実際に妹が産まれて初めてその顔を見るまで、自分がどんな気持ちになるのかわからなかった。

 もしも、産まれた妹を見て憎らしいと思ってしまったらどうしたらいいのか、そんなことばかり考えていた。


 けれど――――そうはならなかった。


 初めてその顔を見た時に僕が思ったのは……あえて言葉にすれば……「愛おしい」だ。

 この子を僕が守るんだ、と子供心に謎の決意と使命感が心の中を駆け巡った。

 それは本当に純粋に心の中から湧き上がってきた想いだったのだけど、結果的にそれがとても良い方向に働いた。

 この子のお世話をしている限り、僕はこの家に必要な存在だと思えたから。

 可愛い妹が出来た嬉しさと、そのお世話をすることで自分の存在を肯定できる喜び。

 その二つが上手く重なったことで、僕は家族と自然に接して行けるようになっていった。

 だから、妹には本当に感謝しているし、本当に大事な存在だ。

 絶対に、守りたい。

 ユウミの事は、僕が絶対に――――



『お兄ちゃん助けて!!!』

 ―――ユウミ!!!

 遠い過去に飛んでいた意識が、映像の向こうから聞こえて来たユウミの声で呼び起こされる。

 慌てて駆けだそうとするが、当然体は椅子に縛られていてどうにもならない。

「うぐっ!」

 何とかもがいてここから逃げ出そうとするが―――

「黙って見てろよ」

 僕を押さえつけるように元ギルド長が頭上から鞭を振り下ろす。

 痛ってぇ……けど、知るかバカ!!痛いのがなんだ!!僕の痛みなんざどうでもいいんだよバカ野郎!!!

 何度も何度も殴られても、ひたすら僕は前へ前へと体を起こす。

 外れろよ……僕を縛り付けているこのロープさっさと外れろよ!!!

「ふぅぅぅ、うううううぅぅ!!!!!」

 さるぐつわで声もろくに出せないけど、それでも声と力を振り絞り、この拘束を引きちぎり、僕は行くんだ。

 妹のところへ、家族のところへ!!!

「うぅぅぅあぁぁあぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「―――しつこいんだよ!!!」

 鞭の持ち手の方で、横殴りにこめかみのあたりを殴られて意識が遠くなる。

 なんだよそれ……持ち手の方 金属じゃねぇかよ……。

 ダメだ、意識を失うな。

 こんなところに座ってる場合じゃないんだ、こんなところに縛られてる場合じゃないんだ。

 家族のために出来る事をしないと、僕は――――

「おらぁ!!」

 もう一発、こみかめに硬い衝撃………くそっ、なんで、なんで僕は弱いんだ……。


 家族を助けられる力もないくらい、弱くて、役立たずで……なんで、なんで僕は――――


 そこで僕は、意識を失った。


 ……僕は、勇者にはなれない。

 ただの弱い、足手まといの盗賊……何もできない無力な長男のままだ――――。




 次に目が覚めた時 目の前にあったのは、檻に入れられた、家族と同じ形をした鉄の像だった。

「……??」

 母も父も妹も居る。ピィは……定位置の父のフードの中だ。

 一瞬意味が解らなかったが、すぐに察した。

 そうか、これは―――

「どこまでも忌々しいなキサマら家族は!」

 寝起きに聞く声としては最低の、イライラが乗っかりまくった元ギルド長の金切り声が耳にうるさい。

「もう少しで全員を始末できるというタイミングで、謎の術が発動して全員がこうなりおった!」

 これは、父の呪文の一つで、簡単に言うと硬質化の術だ。

 以前、防御力を上げる呪文を研究していた父が、必要以上に皮膚が硬くなり動かせなくなる呪文を編み出してしまったことがあった。

 おそらくあの呪文をさらに強く発動させることでこの状態になったのだろう。

 言うなればまあ……アストロンだ。

 父さんもわりとゲーム好きで、ゲーム内の呪文を再現しようといろいろやっていたから、あの失敗呪文からこの形を発想したのだろう。

 いいぞ父さん、素晴らしい機転です。

「何をしても砕くことも壊すことも潰すことも出来ん……仕方なく持ち帰りこうして檻に入れているわけだが……どうすればこれを解除できるか、キサマ知っているな?」

 僕は素直に首を横に振る。

 本当に知らない事は答えようがない。

 たぶん、父さんの事だから元に戻る時のことを考えてないハズはないので、きっと時間で戻るようになっているとは思うけど……それすらただの推論でしかない。

「嘘をつくとろくなことにならん……ぞっ!!」

 再びムチの持ち手の方で殴られて頭がくらくらするが、本当に知らないことを伝えるにはどうすればいいのか。そもそもさるぐつわでまともに喋れないのに何を教えろと。

 さすがに自分の発言の矛盾に気付いたのか、イラついた手つきでさるぐつわを外される。痛い。

「さあ言え、この状態はどうやったら解除されるんだ!」

「知らねっす」

「キサマ!!!」

 殴られた。本当のことを言っただけなのに。

「おふざけもいい加減にしろよ……それは命を懸けてまでやる事なのか?」

「いやいや、本当に知らないんですよ……まあ、知ってたとしても言わないですけど、知らないからそれ以前の問題なんですよね」

 この場で嘘をつく意味は無いので、全てを正直に語る。

 下手したてに出れば多少手加減してもらえるかもしれないが………理屈ではわかっていても、僕はそこまで大人じゃないんだよなぁ。

 こんなクソヤロウにぺこぺこしたくない!!

「そうか、じゃあお前はもう用無しだ。死んでもらおう」

「待ってください元ギルド長様!偉い人!お願いします偉い人!」

 しまった!とっさにめちゃめちゃ下手に出た命乞いを!!

 仕方ない!命は惜しい!仕方ない!

「ダメだ、死ね」

「ちっくしょう損した!!下手に出て損したーー!!!」

「……正直に言いすぎだろキサマ……」

「そりゃそうだろ!どうせ死ぬならアンタみたいなヤツに頭を下げない人生だった方が絶対生きた価値があったよ!!」

 しまった言い過ぎた、と思った時には時すでに遅し。

「そうか、ならば価値のない人生のまま死んで行け」

 元ギルド長がムチの持ち手の金属部分をくるりと回すと、中から刃物が出て来た。

 何そのギミックちょっと格好良いな。

 っていうか、もしやそれで刺されて死ぬのでは……?

「何か言い残すことはあるか?」

 額に刃物を押し付けられ、ツゥ……っと血が流れるのがわかる。

「言い残すことか……そうだなぁ……」

 そんなの、一つしかないよ。


「たとえここで僕が死んでも、家族が絶対に仇を取る。それまで、せいぜい怯えながら生きろよこの雑魚が」


「―――最後まで、ムカつくガキだ」

 ナイフが振り上げられ、そして――――


「10秒前でーーす!」


 振り下ろされるその直前、どこからか突然声が聞こえた。

 今の声は……父さん?

 僕と元ギルド長の視線が同時に家族の像の方へと向く。

 しかし、何も変わらない。

 そこにあるのは動かない鉄の像で……

「9」

 しかし、確かに聞こえるのだ。声が。

「おい!なんだこれは!」

 問われるが、僕もただただ首を横に振る。

 なんだこれは? 父さん、一体どんな仕掛けを?

「8……7……6……5……4……」

 カウントダウンが進むが、まだ何も起きる様子はない。

「くそっ、なんだこれは!!おい!!集合だ!!囲め!!!」

 元ギルド長が声をかけると、どこに控えていたのか先ほど映像で見たモンスターや兵士たちが集まってきて、檻を取り囲んだ。

「何か妙な動きがあったらすぐにそいつらを殺すんだ!!」

 兵士たちは檻の外から、隙間をぬって槍やら剣やらを差し込み、呪文が解けたらすぐに刺せるようにスタンバイする。

「3」

 部屋の中に緊張感が走る。

「2」

 いったい何が起こるのか、誰もが警戒し周囲を確認する。

「1」

 来る……!

 全員が身構え、おそらく来るであろう何かに備える。

「0!」

 僕も思わず身を固くして、何かが起こるのに備えたけど……あれ?

 ……何も、起きないな。

 家族の像もそのままだし、辺りからも特に何の音もなんの動きも伝わってこない。

 ………なんだったんだ???

 父さんはいったい何を……???

「……ふ、ふん。たんなるコケ脅しであったか」

 元ギルド長も、そして身構えていた兵士たちも一瞬気を抜いた、まさにその刹那――――


 鼓膜を破らんばかりの凄まじい爆発音と共に、檻がバラバラになって吹き飛んだ!!!!


「はぁぁぁぁああああぁ!!?!?」

 あまりの事に大声が出た。

 な、なん、なに!?

 なんで!?檻が爆発!?

 檻がなの!?家族が爆発したの!?

 何のカウントダウンだったんだよ父さーーーーーん!!!?!?!?!?

 辺りは爆発の衝撃で煙が充満し、かなり視界が悪いせいもあり、一瞬で凄まじい混乱に包まれた。

「何が起きた!?状況を確認しろ!!」

 元ギルド長の声が響くが、誰もが状況を掴めずに身動きが取れずにいた。

 しかし、モンスターたちは混乱で暴れ始め、状況はさらに混沌としていく。

 そんな中、煙に紛れて近づいてくる影が見えた。


 マズい、暴れるモンスターがこっちに来たら、逃げることも出来ずに殺される……!!


 くそっ……これまでか……!?


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