第21話 最初の記憶

「家族、というのは厄介なものだよなぁ」

 急に語り始める元ギルド長。

「どんなに憎んでも嫌っても、憎まれて嫌われても、それでも決して親子であるという事実は消すことが出来ない。その事実を消すことが出来ない以上、何かしらの繋がりを持ち続けなくてはならない。良くも悪くもな」

 たぶん、ギルド長をクビになったことで家族といろいろあったんだうな、と想像は出来る。だからこそ復讐までしてるんだろうし。

 ただ、自業自得なので同情する気も湧かないし、こんなん完全に逆恨みだろうと思っているぞ。

「キミの家族もそうだろう? 間抜けにも捕まって行方不明になった息子を無視できずにわざわざ探しに来た。罠と知りながら、だ」

 家族をバカにされた気がしてムカついたが、僕が間抜けだったことに関しては反論の余地もない。

 あの時は完全にお姉さんとのデートの約束に浮かれてしまっていたからね……いや、浮かれてなくても背後からの襲撃に気付けてたかどうかは怪しいとこだけども。弱いし僕は。

「そのうえ、これだ。どうだこの状況、もうギリギリじゃないか!」

 楽しそうに元ギルド長が指さしたのは、家族の襲われている映像。

 悔しいけれど言う通り、まだ致命傷こそ負っていないが……かなり追い詰められていることに間違いはない。


「これが、キミたちが家族だからこその弱さだ。絶対に家族を守らなければならない、という弱さ」


 ――――ああ、そういう、ことか……くそっ。

「これだ他人だったらどうだ?寄せ集めの冒険者パーティだったら、自らの命を犠牲にしてでも守るかな? だが家族はそうはいかない。失ったらもう代わりはいないのだ。だから、絶対に守る」

 ……父さんが母さんを守るのに失敗したのは、妹も一緒に守っているからだ。二人同時に守ろうとしたらどうしたって完璧には出来ない。

「そして、その弱点を一番的確につく方法が……少年、キミだ。一見一番役立たずのキミだが、キミが居なければ妹は自由に動けずにピンチに陥る。そうなったら父親は娘を守る、すると母親の守りが疎かになる。そしてあの小動物は、母親と娘が暴れているからこそ虚を突いて相手を倒せるだけで、そもそものパワーは弱い。だから硬い鎧に身を包んだ兵士で囲むだけで無力化できる。キミたちは、一人欠けるだけで成立しない実にバランスの悪いパーティなのだよ!」

 ……ギルド長って肩書は伊達じゃなかったわけだ……冒険者の特徴を掴んだ分析が出来ている……言われてみればその通りだよ……!

 そして――――


「そして、そのバランスを崩すのはとても簡単だ。あの中で圧倒的に弱いキミを一人省くだけで、あの家族の強さは崩壊する!!!キミは、あまりにもわかりやすい穴なんだよ!!!」


 ――――そんなこと、言われるまでも無くわかってる。

 ……いや、わかっているつもりだった。

 僕が足を引っ張っていると、僕が居なくても家族みんなの強さでどうにでもなると、そんな風に思っていたんだ。

 でも、違った。

 もっと事実は深刻だった。

 僕が、家族の中で圧倒的に弱い僕が、こんなにもわかりやすい弱点だった。

 最初から僕が居なければ、妹を守りつつ戦う方法や、僕の代わりに妹を守りながらもちゃんと戦える……間抜けに誘拐なんてされない強い仲間を雇っていたかもしれない。

 そうすれば、こんな……こんな……!!

 目の前に突きつけられる、傷ついていく家族。

 僕の、せいだ……僕が弱いから……!!

 僕が捕まったから、捕まったうえにここから逃げだすことも出来ないほどに弱いから……!!

 そのせいで、家族が傷ついていく。

 それはあまりにも――――つらいよ……!

 どうして僕はこんなにも……恩を仇でしか返せないんだ。


 どうして、どうしてだよ父さん母さん――――――


 ――――――あの時、どうして僕なんかを選んで―――――



 ・

 ・

 ・



 その記憶は、ずっとずっと奥底に隠してあった。

 きっと、意識してしまうとダメだと思ったから。

 あの時の、そしてそこまでの過去の記憶も、全部―――――


「今日から、ここがアンタの家だぞ!!」

 そう言われたのが、僕が覚えていた最初の記憶だった。

 少し肌寒くて空が遠い冬の始まりの頃。

 僕は、小さな平屋の、プレハブ小屋みたいな家の前に立っていた。

 外から見ると二メートル四方くらいの四角いコンクリートに窓とドアが付いているような、本当にシンプルな家。

「ごめんね、狭い家だけど……でも、中はわりと綺麗にしているんだよ」

 状況が呑み込めずに怯えていた僕はあの時――――きっと3歳か4歳だったと思う。

 幼い僕は、なんだか柔らかい雰囲気の丸い男の人が優しい笑顔と声で語り掛け、そっと差し出してくれたその手を掴んだんだ。

「あっ、ズルいよシロさん!アタシも手を繋ぎたい!!」

「ズルいって……良いかい? ツバメくん」

 理由はわからないけどとても嬉しそうにワクワクした顔をしている派手な感じの女の人も手を伸ばしてきたので、空いたもう片方の手でつかむ。

「ひゃー!手ちっさい!かーわいいな!!」

「うんうん、そうだね」

 右手を男の人に、左手を女の人に掴まれて、一緒に歩く。

 握った手がとても暖かくて、その時僕は初めて感じたのだと思う。

 愛情、というものを。

 歩きながら二人が僕に向けてくれる笑顔からは、ただただ真っ直ぐな温かさが伝わってきて、それがなんだかとても嬉しかったんだ。

 そのまま家の中に入ると、コンクリートの上に薄いカーペットの敷かれた玄関で靴を脱いで、そこから一段高くなっている木の廊下を歩く。

 正面に一つ、左側に二つのドアがあり、その奥のドアを開けると――――畳の部屋の真ん中にこたつが置いてある和室だった。

「ささっ、座って座って。今お茶入れるからね」

 男の人は僕に座るように促すと、隣の部屋へと歩いていく。

 きっと向こうがキッチンにでもなっているのだろう。

 促されはしたけれど、こたつに入って良いのか悩んだ僕は畳の上にちょこんと正座をした。

「なにやってんのさ、ほら、寒いだろ。こたつ入んなよ」

 そんな僕をまた笑顔で、派手な髪色の女の人が抱きかかえるようにこたつまで運んでくれて、僕は恐る恐るこたつに足を入れる。

「待ってな、今スイッチ入れるから。あ、お菓子食べるか?」

 女の人はスイッチを操作すると、男の人と同じように隣の部屋へ。

「なあ、あのお菓子あったよね。あの美味しいやつ」

「ああ、えっとアレは―――」

 仲良さそうに弾んだ声で会話する二人の声を聴いていると、こたつがじんわりと暖かくなってくる。

 はぁ……あったかい……!!

 こたつって、こんなに暖かいんだ……!

 あまりの暖かさに、遠慮がちに入れていた足を思い切り奥まで入れると、丁度そこにお茶が運ばれてきた。

「はい、寒かったでしょう? 少しぬるめにしてあるけど、熱かったら言ってね」

 丸い男の人が持ってきてくれた、僕の手にぴったりな小さなお湯呑みに入っている綺麗な薄い緑色のお茶を恐る恐る口に運ぶ。

「あつっ」

 思ったより熱くて、無意識に口から言葉が出た。出てしまった。

 せっかく親切に暖かい飲み物をくれたのに、それに対して文句を言うようなことを言ったら叱られるかもしれないと、慌てて謝ろうとしたら―――

「ああ、ごめんね。ふーーー、ふーーー。ちょっと冷まそうね。ふーーー」

 僕のお茶に息を吹きかけて冷ましてくれる男の人。

「あったよー。はいこれ、甘くて美味いぞー」

 女の人は和菓子を持ってきて、僕の目の前に置いてくれた。

「……食べて、いいの?」

「おお、いいぞ!うへへ、初めてちゃんと喋ってくれたな。聞いたかいシロさん!?」

「うんうん、良い声だね。可愛い声だ。もしかしたら将来は声優さんかな?」

「ははは、そりゃまだ気が早いよ。―――まずは、明るく元気に育ってくれたら、それでいいさ」

「――――――そうだね」

 そうして二人は再び僕に笑顔を向けてくれた。

 僕は戸惑いながらもお菓子に手を伸ばす。

 それは、柔らかい生地にあんことクリームが入っているお菓子だった。

 口に運ぶと、ふんわりとした触感と甘さがとてもとても幸せで、僕は夢中で二口、三口と食べ進めた。

「はい、そのお菓子にはお茶がよく合うんだよ」

 ふーふーしていたお茶をもう一度僕の前においてくれる男の人。

 恐る恐る口に運ぶと―――もう、それほど熱くなかった。

 そして言う通りに、お茶を飲んだらお菓子がより一層美味しくなったような気がしたし、体が内側からぽかぽかと温まるのを感じた。

 こたつとお茶で同時に体を温められて、甘いお菓子で心が幸せで、僕はなんだか少し泣きそうだったけど、きっと泣いてはいけないと思って我慢した。

 泣いたらきっと、この優しい人たちが困ってしまうと思ったから。

 だからこの初めての幸せを、お菓子の甘さとほんの少しのほろ苦さのお茶で覆い隠したまま、気づけば僕はそのまま眠りについていた―――



 ふと目を覚ますと、辺りは暗くて不安になったけど、小さな豆電球と少し空いたふすまから漏れてくる隣の部屋の明かりで、自分が布団に寝かされていると気付いた。

 ふすまの隙間から見える光景は、さっきまで居たこたつの部屋だった。

 寝てしまった僕を布団に運んで寝かせてくれたのだと、その時の僕には眠くて気付けなかったけど、隙間から見えるこたつの部屋でさっきの優しい二人が話をしているのが聞こえてくる。

「ボクさ、父さんと話して、ちゃんと工場を継ごうと思うんだ」

「……いいのかい? アタシとの結婚を認めてくれなくて、凄い揉めたんだろう?」

「うん、あの時は本当に、キミの素晴らしさを理解できないなんて本当に酷い親だと思って、つい怒って……半ば駆け落ちみたいな形で出てきちゃったんだけどさ」

「……アンタ、ほんとバカだよねぇ。アタシなんかに惚れて、後継ぎっていう安泰の道を捨てるなんてさ」

「バカなもんか。キミと一緒になれないなら、どんなに金銭的に安定しようとそんなことには何の意味も無いんだよ。ボクにとってキミは、人生を捧げても良いと思えるくらい魅力的な人だよ」

「―――……うっせぇバーカ。……捧げんじゃねぇ、一緒に生きていくんだろ」

「ははっ、うん、そう、そうだね。一緒に生きていこう。これからもずっと」

「……おう、当然だろ」

 二人は凄く仲が良くてお互い好き合ってるんだな、とわかる会話だった。

「――――だからこそ、なんだけどさ。あの子のことも考えたら、やっぱりちゃんと父さんと話すべきだと思ったんだ。ボクらだけならこの狭い家でも良いけど……あの子にお金の事で不自由させたくないし、僕らが忙しい時でも両親が見ててくれれば安心だし……なるべく良い環境で育ててあげたい」

「うん、気持ちは、わかるよ。アタシもまあ―――だいぶ苦労した方だからな。金が全てじゃないけど……ないよりある方が絶対に良い。……あの子には、幸せになって欲しいもんな」

 僕の話……なんだろうか。

 どうして、あの人たちは――――

「だから、次の休みに実家に一度帰るよ。んで、ちゃんと話してくる」

「わかった、アタシも一緒に行く。絶対に行く。止めても行く」

「うん、二人で行こう。ボクらと、あの子の未来のために」


 どうしてあの人たちはあんなにも、僕の事を考えてくれているんだろう。


 親に捨てられて、独りきりだった僕のために、どうして――――――







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