第20話 初めてのピンチ
あれからどのくらい時間が経ったのか、この暗闇の中では知る術もない。
ただ全身の痛みと、それによって薄れていく意識、そして逆に痛みによって覚醒する意識が同居している。
頬だけでなく、全身のあちこちを鞭で叩かれた痛みは、じんじんと痺れるような痛みと、鋭い切れ味の痛みが混じっていて、かなり参る。
しっかりとまたさるぐつわもされてるから口呼吸がしづらくて息苦しいのも地味に辛い。
くそぅ、僕がドMだったらなぁ……いやまて、仮にドMだったとしてもあんなおっさんに叩かれて気持ちいいわけないぞ。アレは美しい女性に叩かれることに意味があるのだ。たぶん。
……とか、そんなことでも考えておかないと気が滅入ってしまう。
ファンタジー世界に来たからには危険と隣り合わせなのはある程度覚悟してたけど、まさかモンスターじゃなくて人間相手にこんな目に合うとはね……。
……喉乾いたな……水が飲みたい。
ああー……このまま死にたくないなぁ……せっかくお姉さんとデート出来るハズだったのにな……お姉さん待ってるかなぁ……人生初のデートをすっぽかすなんて、何様なんだよ僕ってやつは……。
心配してるかな、怒ってるかな……ははっ、怒ってそうだなぁお姉さんは。
……家族はどうかな……妹は心配してくれるかもなぁ……父さんと母さんはどうだろう。
朝に喧嘩して飛び出したからなぁ……家出だと思って探さなくていいとか言ってそうだなぁ……父さんは心配しつつも、母さんには逆らえないんだろうなぁ。
ピィは……まあ、猫だし意外とドライかもな。寂しがって食欲なくしたりとかの方が心配だからそれで良いか。
―――不思議なもんだな。
こんな状況なのに家族の事を思い出すと、少しだけ心が安らいだ。
僕らは決して仲の良い最高の家族って訳ではなかったけど……それでもやっぱり、特別だった。
それは、たとえ僕が―――
「やあやあご機嫌いかがかな?」
いかがかな、は「か」が多い言葉だな。とかそんな感情しかもう浮かんでこないくらいに、気まぐれに戻ってくるこいつの、元ギルド長の顔なんざ見たくもない。
「そうかそうか、偉い私に会えて嬉しいか!うんうん、良い心がけだ」
何言ってんだこの人は。
無言の相手に偉ぶりたいなら、人形遊びでもしてたらいいのに。
「しかしどうだい?こんなに長時間閉じ込められていたらさぞ退屈だろう? そこで、キミに娯楽をプレゼントしようじゃないか」
それはそれは、switchでもくれるんだったらありがたいですね。ある訳ないけど。
せめて本でもくれると嬉しいですよ。手が縛られてるから読めないけど。
じゃあラジオだ。ラジオだったらありそうじゃないか? 魔法で電波飛ばしたりとかさ。
と、そんな素直に楽しい娯楽をくれるはずもないけど現実逃避。
「そうかそうかそんなに楽しみか、それではこちらを見たまえ」
こちとら さるぐつわで喋れないのにどんどん一人で話し進めるなこの人。
ギルド長クビになったなら一人芝居でもして生きていけばいいのに。
絶対人気出ないと思うけど。
なにやら気持ちの悪い動きで、少し離れた位置から謎の装置を運び入れてくる元ギルド長。
なんかあの……レストランとかにある料理を乗せて運ぶ、足に小さいタイヤが付いてる台みたいなのがガラガラと近づいてくる。
その台の上に乗っている装置のスイッチに指をかけると、
「すぅぅぅいっっっち、ぬおーーーーーんぅぅぅうううううん!!」
と気持ち悪い声と同時にその装置を作動させた。全体的に気持ち悪いなこの人。
すると、空中に映像が映る。
えっ、まさかのテレビ?映画?この世界にこんな映写機みたいなものがあるのか。
そこに映し出されたのは……夜の街の風景。
……見たことあるな……これ、僕らの住んでるクレウイン王国の城下町だ。
「どうだ凄いだろう偉いだろう? これは最新の魔術装置の一つで、離れた場所で起こっている事が見られる超最高な代物なのだ!」
……起こっている事が見られるってことは……つまりリアルタイムか?
生中継とか生配信みたいなものか。基本的には中世くらいの文化レベルの世界なのに、魔法だとそんなことが出来るの凄いな。
………で、これが何だって言うんだろ?
お天気カメラみたいなこと? まあ確かに、そういう定点カメラの映像とかずっと見てるの好きな人居るよな。You Tubeとかでも配信されてたし。
「さあ、始まるぞ」
始まる? 街の中で一体何が―――――
『ったく、どこ行ったんだよアイツは!!』
映像から、聞き覚えのある声が聞こえて来た。
……今の声は―――映像には、イライラしながら角を曲がってくる母さんが映し出された。
わずかな街灯だけが存在する夜の暗闇の中、人通りのほぼ無い城下町の大通りを歩く母。
『ママ、ご近所迷惑だから大声出さないで』
その後ろをついて歩くいつも通りの父。
そして、ピィを抱っこしながら辺りをきょろきょろと見回す不安そうな妹のユウミ。
――――毎日顔を合わせていたし、朝も会ったのに……こんな状況だとなんだかとても懐かしくて少し泣きそうだ。
にしても、これがリアルタイムなら今は夜なのか。
お姉さんと約束をしてギルドを出たのが昼前だったから……半日くらいしか経ってないのかな。
いや、夜になったばかりで探しに来るはずもないから、きっと晩御飯に帰って来なくて、風呂の時間にも帰ってこなかったから探しに来た、とかだろう。
となると、夜の10時前くらいかな……?
正確には、この世界と前の世界では時間の感覚が少し違うのだけど、なんとなく前の間隔で時間を考えてしまう。
『……手紙によると、この辺りだよね……』
ユウミが何か紙のようなものを持って辺りをキョロキョロしている。
手紙……なんだそれ?
『でも、この手紙どう考えてもあにぃの字じゃないよね』
『そりゃそうだろ。誰かがアイツの名前を騙って出したんだろ』
「なんだと!?なぜバレたんだ、この私の完全な偽装が!」
なんか悔しそうにしてる元ギルド長。
ははぁなるほどね、僕の名前で手紙を出して家族を誘い出したのか。
そんなのバレるに決まってる。だって僕が家族に手紙書くなら絶対日本語書くからね。一応この世界の文字もなぜかみんな最初から読めたから、簡単な文字なら書けるようになるのにもさほど時間はかからなかったけど……家族相手にこの世界の文字で手紙書くわけないんだよなぁ。
僕らが異世界からの転生者だと周りに伝えてなかったのはやっぱり成功だったようです。
「ふん、まあいい。偽物だとわかっていながら誘い出された愚か者たちめ。見ていろ、華麗なる復讐、いや、天罰の始まりだ」
何をするつもりか知らないけど、母さんたちに対して何が出来るんだ?
普通に襲い掛かっても暴力で追い払われるだけだし、遠距離攻撃は父さんが防ぐし、毒やらなんやらもすぐに治してしまう。
普通に考えてどう復讐しようというんだろうか?
どうせ大丈夫だと思っているので、何をするつもりなのか興味本位で映像を見る。
すぐに「こんなはずじゃなかったのに!」とか言うんだろうなこの人。僕を誘拐なんかしたところで、風霧一家をどうにか出来るわけがない。
そもそも僕は居なくなっても何の影響もない最弱の役立たずなのだから。
映像では、家族を囲む男達とモンスターの大群が見えた。
……街の中にあんなにモンスターを侵入させるとは……王国軍や自警団は何をしてるのか。自警団ならまあ買収されたり騙されたりってのもわかるけど……軍は動いてくださいよ。
とは言え、モンスターを連れて来たくらいでみんなをどうにか出来るわけがない。
そんなこともわからないほど、復讐に取りつかれて冷静さを失っているのかこの人は?
――――ちらりと元ギルド長の表情をみると……そこにあったのは狂気ではなく余裕の笑みだった。
母さんたちの強さは理解してると思うのだけど……それでもその表情なのか?
モンスターたちが一斉に襲い掛かる。
しかし、いつものように母さんの狂気の笑いが周囲を包んだ。
『キシャシャシャシャ!!!どうしたどうしたぁ!?わざわざ呼び出しといてこれかぁ!?』
うーん、頼もしいやら、客観的に映像で見せられるとより狂気性が際立って いたたまれない気持ちになるやら。
その後ろをピッタリ着いて行く父もいつも通り健在だ。
―――だが、妹はそうはいかなかった。
素早い動きのモンスターに囲まれて、すぐに身動きが取れなくなってしまう。
ああ、いつもは僕が足になってあげているから……!
けど、ピィがいる。あの子はユウミを守ってくれるだろう。
――――しかし、そうはならなかった。
確かにピィはユウミを守ろうと頑張ってくれているが、ユウミに近づくモンスターがことごとく堅い鎧に身を包んでいるのだ。
ピィの力では、それを打ち破るほどの強い攻撃が出せていない……!
あっという間に追いつめられてしまうピィとユウミ。
危ない!逃げてくれ!!
『くっ!』
慌てて父が二人の周囲を結界のような防御呪文で囲む。
何とか敵の侵攻は一時的に止められたけど、破られるのも時間の問題に思える。
それを察したのか、母さんが方向転換してユウミを守りに向かう。
『テメェら大事な娘に何やってんだこらぁ!!』
良かった、これで大丈夫――――ではなかった。
移動する母さん向けて、大量の弓矢と攻撃魔術が放たれる。
『守るよっ!』
父さんが母を守ろうと呪文を使う――……が、いくつかの攻撃が魔法をすり抜けて、母さんを直撃する!
『ガハッ……!』
炎魔法の爆発と、足に刺さった弓矢のダメージが大きそうだ……!
どうしてだ!?父さんが母さんを守るのを失敗するなんて!
すぐさま回復呪文を唱えるから大事には至らないけど、その間にも攻撃は降り注ぎ、父は全てを完ぺきにこなせるほどに手が回らない……!
「ふふん、やはりこの私の天才的頭脳が出した計算は間違っていなかったな。当然だろうな!この私だからな!偉いからな!」
偉いからな、が凄いバカっぽいぞ!と言ってやりたいが、確かになぜか効果的に母さんたちを追い込んでいる……なぜだ?
「ふふん、不思議そうな顔をしているな……どうしてあの強い家族が追い込まれているのか、という顔だ」
その通りだよバカ野郎。ムカつくな。
「教えてやろう、それはな……キミが居ないからだよ」
……は? 何言ってるんですかね?
僕なんてただの最弱ですよ?僕が居ないからってなんで最強の皆に影響があるんだ。
「いいか?まず第一に私が考えたのは、キミたち家族の弱点だ。それはなんだと思う?」
そりゃ僕だろう。一番弱いからな。
「外れだ。キミではない」
なんでだよ、考えが読めるのか?
……そう言えばユウミが、僕は考えてることがすぐ顔に出ると言ってたな……くそぅ、こんなヤツにも読まれるほどにか。どんだけなんだよ。
「いや、正確には、半分正解というべきかな。キミはもちろん弱点だが……正しく一番の弱点は―――――君たちが家族であるということだよ」
――――どういう、ことだ……?
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