episode3 「家族の価値は」
第19話 幸運の陰に不幸あり。
「母さんも父さんも、なんでいつもそうなんだよ!」
それはまあ、とくに珍しくもないというか、傍から見れば普通の親子喧嘩に過ぎなかったのだと思う。
きっかけがなんだったのかは、それほど重要な話じゃない。
「アタシなりに考えた結果だ。何がそんなに気に入らないんだ」
「気に入るとか気に入らないとかじゃなくて、なんで相談も無しに勝手に決めるの?って話をしてるんだよ。僕の意見は聞いてくれないの?」
重要なのは、僕の中にずっと残るもやもやした気持ちで。
だから、こういう時につい言ってしまいたくなるんだ。
どうせ僕なんて―――――
目が覚めると僕は、暗闇の中に居た。
周囲が僅かも見えない真っ暗な空間で手足を椅子に縛られて身動きが取れない。
待て待て、なんでこうなった……?
落ち着いて思い出してみよう……確か今日は、朝から両親と喧嘩して……家を飛び出したは良いけれど、行く当てもなく、なんとなくギルドに行ってお姉さんと話していたんだ――――……。
「もーう、お姉さん聞いてくださいよー」
「なぁにツバメくん。お姉さんに相談?いいよいいよ、お姉さん今暇だから、聞いちゃう聞いちゃう!」
「……なんか楽しそうですねお姉さん?」
「だって、受付なんて退屈な仕事なのよ。決められた言葉を正しく正確に伝えるのが大事だからね。変なアドリブとか入れたら怒る人も居るし、窮屈なのよ」
ふーん……受付の仕事も楽じゃないですね……ま、この世に楽な仕事なんてないですよね。
「だから、日々他人のプライベートをこっそり覗き見たり聴き耳立てたりするくらいしか楽しみが無いの!むしろそれこそが楽しいの!」
「それはそれで楽しみとしてはだいぶアレですね……」
でも凄く良い笑顔だからやめた方がいいとは言えない……!
だって本当に凄く良い笑顔だから……!
ちょっと精神状態が心配にはなるけど!でも凄く良い笑顔だから!
「で、どんな話どんな話?」
「いや、そんな期待に応えられる様な話では……ただ、ちょっと親子喧嘩したっていうだけで」
「ふむふむ、理由は何だったの?」
「理由は――――あれ、なんだったかな」
怒りからのお姉さんの心配コンボできっかけを忘れてしまったな……。
「ふふっ、なぁにそれ?忘れるくらいならたいしたことじゃなかったんじゃない?」
「……そうなんですかね……いやでも、なんだか凄くイラっとしたような気も……」
「まあなんにせよ、喧嘩できる相手がいるってのは良いことよ。いい?本当に仲の悪い人たちはね、喧嘩なんかもうしないの。無視よ無視。ほら、元ギルド長とかも今 家庭が大変みたいよ?」
おっと、僕の話がきっかけでお姉さんのゴシップ魂に火がついてしまった様子です。
っていうか……元ギルド長とは?
ここへ来てからギルド長はあの偉そうな偉い人しか見たことないけど、その前の人でしょうか。
そんな僕の表情を読み取ったのか、お姉さんから補足説明が入ります。
「あっ、元ギルド長っていうのは、あの宝箱のお姫様の時に会ったでしょ?あの人よ」
「えっ、あの人ギルド長辞めたんですか?」
それは意外ですね。めちゃめちゃ権力に固執しそうな人だったのに。
「そうなのよ、実はね……」
お姉さんは声を潜めるために顔を近づけて来る。
うっ、これはガチ恋の距離。可愛いなもう!
「あの後、あの場で起こったことがギルド内で広まってね、今までギルド長のセクハラとかパワハラにうんざりしてたみんなが一斉に決起してギルド長に解任を迫ったのよ!クーデターね!」
それはそれは……まあ、因果応報としか言いようがないですねギルド長。
つーか、この世界は技術的には中世くらいなのにセクハラとかパワハラとか人権意識はあるんですよね……不思議です。
まあ、いつの時代もそういうモノは存在したでしょうし、その行為に名前が付くのが早いか遅いかというだけの話だとは思いますけど。
名前がついてしまうと、一気に広がりますしね。
「その運動が結構な大騒ぎになって、ギルド長の家族とか、上の方にも伝わったみたいで、そんな問題を起こす人間をギルド長にしては置けないってことで、自主退職を命じられちゃったみたい」
「ひえー……それはまた……っていうか、ギルド長の上って誰なんですか?」
「そりゃ国よ。ギルドはそれぞれの国が直接管理してるからね。お城の方からのお達しよ」
「でも自主退職って断ってもいいんじゃないんですか?」
「いやいや、基本的にはクビにするけど、自主退職って形にするなら退職金は出すよっていう温情なのよ。だったら受け入れるしかないでしょ?」
「確かに」
どうせ辞めなきゃならないならそりゃ退職金欲しいですよねぇ。
「まあウチとしては嫌な上司が辞めてくれて万々歳なんだけど、ギルド長はだいぶ恨んでるみたい。自業自得のくせにね。まあ、家族からも見捨てられたみたいだから気の毒ではあるけどさ。だったら最初から真面目に働けって話じゃない!?あーーー思い出しただけであの人の体毛という体毛をむしり取ってやりたいわ」
仕事をクビになってもなお、こんなにも全力で恨まれ続けるとは……どんだけ嫌な上司だったんですかギルド長……。
「ともかく、そんな人も居る訳だし、喧嘩も出来るうちにしときなさい、ってことよ。ね?」
「―――……そうですね。ありがとうございます。お姉さんに話聞いてもらったらなんかちょっとスッキリしました。すいません、ギルドの仕事に関係ないのに」
「いいのよ、私も仕事ばっかりしてたら疲れちゃうからさ。忙しい時はごめんねするけど、人の少ない時にはどんどん話に来てよ。お姉さん、お話しするの大好きだからさ!」
「……一応聞いときますけど、ここで聞いた話をまた誰かにするんですよね?」
「そりゃそうよ!!全ては話題の種だから!だから、本当に秘密にしたいことは黙っておくか――――」
再びのガチ恋距離。
「プライベートな時に、こっそり教えてね♪」
耳元でそんな囁きはもう心臓がもちませんて……!!
「そ、そもそも、プライベートで会ったことなんてないじゃないですか……いいんですか?そんなこと言われたら、デートに誘っちゃいますよ?」
それは冗談半分の言葉だったのだけど―――
「あっ、いいねそれ。今日デートしちゃう?」
「……えっ?はっ、そ……ええっ!?」
思いもよらない返し!!!!!
「お姉さん、今日丁度見に行きたい演劇があるのー。でも一人で行くのもアレだなー、誰か誘おうかなー、と思ってたから……一緒に行く?」
ううっ、あざとい上目遣いでお誘いを!!
「ズルいですねお姉さんは……そんなの断れる訳ないじゃないですか……!」
「ええー、ほんとに?ふふーん、じゃあ行こっか」
なんという悪戯な微笑。好きぃ……!!
惚れてまうやろーーーー!!!
「……一応確認しますけど、演劇の代金を僕がおごるとかそういう話ですか……?」
モテない人生だとこういう疑心暗鬼が湧くのである。
いやまあ、それでもお姉さんとデート行けるなら出すけど!
「あははっ、まさか。自分の分は自分で払う。それだけよ。あっ、でも……観劇したあとにちょっとお茶くらい奢ってくれたら、お姉さん喜んじゃうなー」
あざとい!!口元に指をあてて首をかしげるあざといポーズ!!
ええい、小悪魔め!! 男にモテる方法を知り尽くしている!!
「……わかりました、出しましょう! あ、あんまり高いのはアレですけど…」
「ふふっ、わかってるわよ。本当にちょっとお茶飲むだけ。あざまーす♪ じゃ、今日の夕方には仕事終わるから、その時にまたねっ」
「は、はい。じゃあ適当に時間潰してきます!!」
うおおおおお、思わぬ流れでお姉さんとデート!!
こうなると両親との喧嘩にすら感謝の気持ちが湧いてくるな……!
……と、浮かれ気分でギルドの外へ出たところで、不意に財布の中身が気になる。
……大丈夫だよな……?
僕はちょっと建物の陰に入り、財布の中身を確認する。
さすがに軽くお茶をごちそうするくらいにはお金残ってるハズ……ああでもお姉さんが呑むようなお茶となると、それなりに高級な―――――
―――そこで、僕の意識は途絶えた。
からの、目が覚めたら暗闇。
そうか、あのとき……財布の中身を数えてる時に後ろから殴られたのか……?
なんか後頭部がズキズキするからきっとそうだな。
状況からしたら、たぶん誘拐ってのが一番しっくりくる……とは思うんだけど………しかし、一体誰がこんなことを……僕なんか誘拐して何の意味が?
うちはお金ないですよ……?
そもそも、どう見てもギルドから出てきた冒険者を狙うなんて、営利誘拐としてはあまりにも効率が悪い。
相手がめちゃめちゃ強いかもしれないし、お金も持ってないかもしれない。
お金持ちの子供を狙うのとはわけが違う。
となると……あえて僕を狙った……?
だとすると怨恨だろうか。
けど、恨みを買う覚えは―――――まあ、めっちゃあるな!!
主に僕じゃなく、家族であるな。
そもそもギルドで暴れたしなぁ……あの場にいた誰かが僕らを恨んでいたとしても不思議はないよね……そして、一番弱い僕が狙われるのも、また道理。
そこまで考えを巡らせて、何人か容疑者が絞り込まれたタイミングで、突然明かりがついた。
明かりというか、スポットライトだ。ピンスポだ。
こんな芝居がかったことをするような人は、多分あの人だろうなぁ……。
「やあやあお久しぶりだね!!このワタシが会いに来てあげたよ!!この、とても偉い人がわざわざ来たんだよ!」
ああ、やっぱりだ……元ギルド長……なるほどね。
これはもう完全に怨恨ですね。
乱暴にさるぐつわを外され、ようやく声が出せる。
「……どうも、何か御用でしょうか……?」
一応聞いてみる。
「黙れ」
瞬間、頬に痛みが走った。
殴られた?と思ったけれど、違う。もっと鋭い痛みだ。
元ギルド長の手を見ると、そこには、競馬でジョッキーが持ってるような短い鞭が握られていた。
さるぐつわ外しておいて黙れとは理不尽ですね。
頬を何か液体が伝う感覚。
―――ああ、血だ……切れた、か?
マジか……そこまでやるのか……。
困惑している僕の肩口に、もう一度、今度ははっきりと鞭が振り下ろされた。
……痛ってぇ……!!!
「御用、御用か……そうだなぁ……復讐、と言ってしまえば簡単だが、それは美しくない。これは天罰さ。私という天に逆らった罰なのだから」
ああ……これはヤバいな……完全に目がイッてる……。
ちょっと……本気で命の危険さえありえるのでは……?
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