第18話 起死回生と暗闇。

「土下座で何とかするしかない!!」

 母が堂々と情けないことを言いました。

「そうだね、いざとなったら土下座だよね!」

 父が同調しました。

 ……いやまあ、結局はなんとか謝って返済を待ってもらう以外の選択肢は今の僕らにはないんですけどね。

 ただ、両親が土下座するのはなかなかに見たくない光景ですよ……?

 とは言え、とにかくギルドに行って借金の返済を待ってもらうように頼まないと……ああー気が重いーーー。



「じゃあ、行くよ……」

 家族揃ってギルドの扉の前に立つ。

「ここを開けたら即受付まで駆け寄って土下座しよう、心証が大事だよ。のんびりてくてく受付まで歩いて行っては意味がない、まず入るところから誠意を見せるんだよ!」

 父さん詳しいな土下座の作法。

 まあ、借金の時は本当に大変そうだったもんなぁ……うん、あの時に両親がいろいろ家族の為に頑張ってくれていたのだと考えたら、ここで僕も一緒に土下座することなんて何でもないというか、むしろ妙な一体感すらある。

 あの時は何もできなかったという負い目があるからね……土下座くらい一緒にしたりますよ!

 覚悟完了!!

 家族みんなで顔を見合わせて、いざ……土下座へ!!

 勢いよく扉をバン!

 ルート確認!

 人の通り無し!

 最初からなるべく伏目がちで―――……速足のままスライディングするかのようにすぐさま正座!

 からの――――

「申し訳ありません!!」

 素早い土下座!!!

 父、母、僕の土下座三連星!

 妹は後ろからてくてくと近づいてきて、なんとなく僕らのマネをする感じで軽土下座。

 うむ、妹はそれでいい。妹にはこんな情けない土下座をしない人生を送って欲しいよ……!

「――――何をやっているのだ?あなたたちは……」

 おや、どこかで聞いたような、けど受付のお姉さんとは絶対に違う男の声に、僕は思わず顔を上げた。

 それに立っていたのは、すらっとした爽やかなイケメン……どこかで会ったような………って!

「あれ!?領主さん!?」

 そう、それは数日前の依頼で出会った、ファブラ村の領主ウサクシさんでした。

「どうしてここに?っていうか、なんかすごい雰囲気変わりましたね」

 あの時は、どこか病んでるというか……暗くてとげとげした印象もあったけど今はなんだかすっかり爽やかイケメンだ。

「いやぁ、あれからそこのお姉さんに言われた通り妹のことを吹っ切って自由に生きたらなんだか日々が楽しくてな。何人か女性をデートに誘ったりもしたが、実際妹の話をするとウケが良いんだよ!いやー、感謝感謝!」

 調子に乗ってる感じが多少イラっとしなくもないけど、まあ幸せそうに生きているのならそれは良かった。

「おっと、そんな話をしに来たんじゃないんだ。今日は、これを受け取って欲しい」

 領主さんはおもむろに鞄を取り出すと、僕らの前にどすんと置いて、その鞄を開いた。

 中には―――――圧倒的大金!!札束!!札束だ!!!!

「んなっ、な、んななな、なん、ですか、これは……?」

 あまりの動揺に口が上手く回らない。

 両親はどちらも目を真ん丸くしてフリーズしているし、妹は小声で「すごーい」とか言いながら僕の肩越しにじろじろ見ている。

「お礼だよお礼。大きなビジネスチャンスを貰ったからな」

「ビジネス……とは?」

 妹さんの件でのお礼にしてはあまりに大金過ぎるけど、ビジネスを手助けした記憶は無いですよ?

「いや、実はあの塔があっただろ?あなたたちが畑に作ったやつ」

 ああ、原油が湧き出たから急遽作ったアレか。

「実はあれが凄く評判が良くてな。夜でも魔力を消費せずに明るいうえに、あの黒い水を燃やす時に出る独特の臭いをモンスターが嫌がって、街に近づかなくなったんだ」

「モンスターって……そもそもあなたがけしかけたのでは?」

「いや、まあ、それは、アレだけど、それ以外にも普通にモンスターの襲撃はたまにあったんだよ。だから自警団が村の周りを見回ったりしてたんだけど、そいつらが言うんだ、最近全然モンスター見かけないって」

 へぇ、そんな副産物が。

 というか、あの後も村の領主は続けておられるのか。

 とっとと手放してしまうか思いきや、一度買い取った責任はちゃんと果たしてるんですね。ちょっと見直しましたよウサクシさん。

「でだ、調べてみたら世界のあちこちにあの黒い水が出て困ってる地域がたくさんあるって言うからさ、それ使って各地にあの塔みたいの立てるビジネス出来るんじゃないか?ってさ!!もういろいろ専門家に動いてもらってるんだ」

 領主さん実は有能ですか……?

「これが結構大きなビジネスになりそうでさ!そのヒントをくれたアンタたちに、お礼をと思ってな!」

 マジですか!!これはあまりにも棚ぼた案件!

 ではありがたく頂こう……と伸ばした手を、母ががっちりと掴んできましたよ?

「ちょっと待て……」

 なんだろう、まさか、アレは善意や責任としてやったことだからお礼なんて受け取れないとかそんな高潔なことを言うのでは……?


「これは――――権利ビジネスの予感では……!?」


 ……何を言い出すんだこの母は……。

「考えてもみろ!おそらくこの世界にはまだ権利ビジネスの概念はない。つまり、アタシたちが最初にそれを始められるんだ!」

 また目が\か$になってるよ!なんなら交互になってるよ!

「ちょっと待ってよ。権利ビジネスってどういう契約するつもりなの?」

「どうってそりゃ、著作権でも特許でも何でもいいけどとにかく一個作る毎にいくら払えとか、そういうのだよ。ここで金を受け取ったら、きっとそれで終わりだぞ!」

「いやいや落ち着いて冷静になってよ。そもそもさっき母さんが言ったんじゃないか。この世界にはまだ権利ビジネスの概念が無いって。なのにどう管理するのさ?」

「どうって、どういうことだ?」

 ははーん……さては何も考えてないな!?

「いやだから、権利ってのはそれを管理する人がいてこそ成立するんだよ。契約書交わして、相手がそれを破ったら裁判で罰則与えるとか、そういうのが無いと内緒でこっそり作られても対処しようがないでしょ?」

「そん時はアタシが勝手に作られたものをぶっ壊す」

「……なるほど」

 それはそれで成立してるような気もするな……?

 最初からそう言う約束にしてしまえばいいんだし。

 一応ちょっと提案してみるか……?

「領主さん、ちょっとご相談なんですけど……あれは僕らが作ったものなので、勝手に作ったらダメで、一個作る毎に僕らにもお金が入るようにしたい、って言ったらどうします?」

「……意味が解らん。なぜ君らが作ったからと言っていちいち許可を取らねばならんのだ? 良いものだと思ったから私も作る。それだけの話だろう。お礼を持ってきただけ私は良心的だぞ?」

「……いや、うん、そうですよね。わかります」

 やはり概念の無い人に説明するのは難しいな……。

 ここで詳しく説明しても良いんだけど……たぶんこの世界のルールにはそぐわないんだろうな。

 そもそもモンスターに悩まされている世界において、モンスターをよけられるアイテムの権利を独占するというのは中々に危険な考えのような気がする。

 お金の無い村や町は襲われ放題みたいな話になってしまわないだろうか。

 ……まあ、どっちにしても領主さんがある程度の商売にはするんだろうけど、評判が良ければ追随する人も出てくるだろうし、独占するよりは色んな人がマネして価格競争なりなんなりやってくれた方が健全ですかね。

「つまりどういうことなんだ?このお金は要らないのか?」

「いや、要ります。すいません、今の話は忘れてください」

 ありがたくお金だけ貰っておこう。

「おいちょっと待て。権利ビジネスはどうした。寝てても金が入ってくる権利ビジネス!憧れの権利ビジネス!」

 ええいうるさいな母こと両津勘吉。

「落ち着いて母さん。権利ビジネスはまだこの世界では無理だよ。あと、たぶんやらない方がいい」

「どうしてさ」

「だって、もしあちこちで原油をそのまま燃やし続けたら、たぶんそのうち環境問題の原因になるよ。その時、権利なんて持ってたら責任問題になるかもよ? それより、今このお金を貰っておいた方が良いよ」

「……そうか、なるほど……損害賠償みたいな話も?」

「あるかもね」

 まあ実際に問題になるのは何十年も先だろうけど、正直ここで契約で揉めですぐに現金が手に入らないのは避けたいし、なにより……だ。

 せっかく異世界まで来たのに不労所得で生きてくってのもつまらないからね。

 男の子なら、冒険者って仕事を楽しみたいじゃないですか。

 ……あとはまあ、冒険者を続けないと母の蹂躙衝動を抑える方法が無くなっちゃうのも怖いし!

「わかった。じゃあ、ありがたくお金貰って借金返済だ!」

「いえーい!!」


 貰ったお金は、借金全体の半分くらいは返せる額だったけど……一気に返すと後々の生活が辛いから、とりあえず3回分だけ先んじて払っておいた。

 こうすれば、次の90日後の支払いまでに1回分だけ稼いでおけばいいからだいぶ余裕をもって稼げるし、その間に大きく稼げなくてもある程度の貯蓄は出来るだろう。

 これで当分は、のんびりと冒険の両立だ!!


 そんなこんなで、借金問題は無事解決し、僕らはまたいつもの日々に戻っていく――――――と、思っていた。


 けれど、そうはならなかった。

 僕らの前に立ちふさがったのは……あまりにも厄介な相手だったのだ……。



     episode2 「よーく考えなくてもお金は大事」 


                   おしまい。

 ・

 ・                               ↓

 ・


 目が覚めると、僕は暗い部屋に居た。

 完全なる闇……そう感じられるほどに何も見えない。

 声を出そうとしたが、口を何かで塞がれている。さるぐつわ、というヤツだろうか。フィクションの世界では何度も見たことあるけど、されるのは初めてだ。

 これって、ただ口のところを覆うように布とか巻かれてるだけかと思ってたけど、実際は口の中に何か入れられている。

 おそらくタオルのようなものがかなり口内に詰め込まれていて、それを外に出せないように口の周りを布で巻いているのだ。

 考えてみれば当然か。ただ巻いているだけならいくらでも大声は出せる。マスクしてるようなものだからな。

 けれど、口の中にモノを詰め込まれていることによって舌が動かせないから上手く喋れないし、口の中の布が音を吸収するから、よく見るような「んー!んー!」って声を出すくらいしか出来なくなってしまう。

 なるほどなぁ……勉強になります。


 ……じゃなくて!!!!!


 え?なんだこれ?

 なんで僕がこんなことに……椅子のようなものに座らされて、両手足と体を紐で椅子に固定されているからまるで動けない。

 声も出せないし動けない。

 真っ暗闇で辺りも見えず、一体僕が座らされているものが本当に椅子なのかすら確認出来ない。

 どう考えても拉致されたよなこれ……誰が一体何のために……?

 混乱している僕に強いライトが突然当てられた。

 うっ…!目が痛みを覚える眩しさ。

 なにこれ拷問なの?

 困惑していると、僕の耳に音が届く……これは、足音だ。

 光の次は音。

 失われていた感覚が戻ってきたような気分だ。

 しかし、足音が近づいてくるのに従って、恐怖が湧いてくる。

 この状況で近づいてくるってことは……当然犯人か何かだよなぁ……。


 少しずつ近づいて来て、ようやく全貌が見えた。


 ……なるほど、そういうことか――――……。



     NEXT STORY  episode 3 「家族の価値は」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る