第17話 過去と今と未来
「初めて見た時から奇麗な人だって思ってましたし、一緒に過ごして、優しくて人間的にも素敵な女性だと思いました!今でも僕の一番大切にした人です!よろしくお願いします!」
タケムツさんの真っ直ぐな愛の言葉だ!
領主さんの横に並んで、頭を下げて手を差し出します。
「さあ、ササラスさんはどっちを選ぶー!?」
ノリノリ母のMCで、ササラスさんが一歩前に踏み出して―――――
「これからも、よろしくお願いします。あなた」
「選んだのはタケムツさんだぁぁぁーーーー!!!」
……うん、それに関してはまあそうだろうね!!!
全然一切これっぼっちもドキドキしませんでしたよ!!!
「……くっ、な、なぜだ!なぜ私を選んでくれなかったんだサラ!」
……本気で選ばれると思ってたんですか領主さん……?
そんな傷心の領主さんに対する、ササラスさんの返しはあまりにも衝撃的でした……。
「だって私……兄さんの事、ずっと大嫌いだったんですもの。見た目も嫌いだし、声も嫌いだし、喋り方が気持ち悪いし、性格が悪いし、そのくせ私にだけ優しくして来るのも凄く嫌だったし、両親や偉い人にはヘコヘコするのに、使用人たちにはきつく当たってるのも無理だったし、もちろん私を性的な目で見てるのなんて本当に耐えられなかったし、私の下着を盗んでいたのは死ねばいいと思ったし、私が入った後のお風呂やトイレになぜかすぐに入ろうとするのもいつも吐きそうだったし、こんな人と血が繋がっているという事実は私にとって汚点でしかないわ、ってずーーーーーっと思ってたのよ、兄さん」
「ストップストーーーップ!!ササラスさん、それ以上はいけない。領主さんが言葉のナイフで全身から血を流しているのが見えるようだよ」
ああっ、痙攣だ!あまりの衝撃に領主さんが立ったまま痙攣を!
「ごぶばぁ!!」
口からなんか出た!!!なんか、こう、なんか出た!!!
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄って、震える体を何とか抑えようと体に触れた瞬間……震えがピタっと止まり……
「ふ、ふふふふ、ふははははは!!」
急に笑い出した!!怖い!壊れちゃった!?
「そうか、そうだったのか……ははは、私は、最初から何の可能性も無いものを必死で追いかけていたのか……なんて道化だ、なんて人生だ……ふ、ふふっ」
いや、本当にあの……どう声を掛けたらいいのか……。
「あっはっは、いいじゃねぇか! 長い人生、そんなこともあらぁな!」
領主さんの肩をバンバン叩く母。
空気の読めなさが強い!
「長い、そうだな、長すぎた……妹の為に使った時間が。無為に過ごした時間が…」
「違う違う、そうじゃねぇよ」
母さんはがっしりと肩を抱きます。
「これでアンタはようやく解放されて自由になったんだ。それだけのシンプルな話さ。もう妹の心配もしなくていいし、叶わない恋を追わなくても良い。そう考えたら、あんたのこれからの人生がどれだけ楽しいかって話だよ」
「楽しい……?」
「ああそうだ。今まで妹の為に使っていた時間もお金も心も労力も、全部それ以外の事に使えるんだ。考えてもみなよ!あんたは金持ちの家の息子で、妹はああ言ってたけどわりとイケメンだ。気付かなかっただけで、あんたと付き合いたいって思ってた女の子だって絶対いたはずさ!」
「そう、だろうか」
「そりゃそうだよ!いいか?金のある家に生まれたのも、イケメンに生まれたのも、あんたを輝かせる強い武器だ。それを、もうあんたは自分自身の幸せの為だけに使える。そんなのもう幸せ以外のゴールはないだろ?」
「しかし、私は妹の為に時間を使い過ぎた……今更……」
「大丈夫!!いいか、それは美談だ!!」
母の何の根拠もない大丈夫が出ましたよ。アレ意外と強いんですよね。
「美談……?」
「当然さ!!いなくなった妹の事が心配で恋愛や結婚どころじゃなかった、そう言えば相手はきっと、あんたの事を家族思いの優しい人だと思うだろ? 恋愛経験の少なさもそのせいってことにすればむしろ好感を抱かれる! つまり、あんたが無駄にしたと思ってた時間は全部!これから幸せになるために必要だったんだよ!!」
だいぶ強引な理屈のような気もするけど……まあでも、たった今どん底に居る人に必要なのは希望なんですよね。
実現可能かのように錯覚できる希望。
そういう意味では、母の何の根拠もないのに大丈夫だと言いきる姿勢すらも頼もしく感じることでしょう。
時には、理屈や常識を勢いがぶち壊すこともあるのです。
「そう、言われると……そんな気がしてきたな。うん、そうだ!きっとそうなる!!私ほどの人間が、こんなところで終わるはずが無いよな!!」
こうかは ばつぐんだ!
さっきまで死んだような顔をしていた領主さんの顔にみるみる生気が戻ってくるのがわかる。
領主さんさては単純な人だな……!?
いや、ここは純粋と言っておこう。純粋だからこそ、何年も妹さんを追い続けたのだろうし。
にしても、母さんには叶わないなぁ……昔からそうなんですよね、母さんは無茶苦茶だけど、だからこそ僕のような常人には出せない力強さがあって、それが色んなものをねじ伏せることが何度もあった。
まあ……むしろ逆に大変なことになったことも1回や2回じゃないけどさ……!!
とは言え、今回はそれが良い方に出たのでしょうね。
「おうとも!!そうだ!やったれ領主!! 妹より最高の女がお前を待ってるぜ!!」
「うおおおお!!待ってろよ世界最高のいい女!!今すぐこのウサクシがお前を惚れさせに行くぜぇぇぇ!!!」
……楽しそうでなによりです!!
ともかく、これにて依頼は無事完了!!
あー良かった良かった……って、違う違う!!
全然解決してないじゃん!!僕らの金欠問題全然解決してないじゃん!!
ふと目をやると、さっき倒したモンスターたちから出た宝箱が8個あった……少ないな……まあ、全部倒す前に原油が噴き出たことでいつの間にかモンスターたち逃げて行ったもんな……。
けど、今なんかいい流れが来てる!!
さあ行くぞ!起こすぞ奇跡!最高のお宝をわが手にぃぃぃぃ!!!!
………出ませんでしたー。
ろくなお宝出ませんでしたー。
いちいち一個ずつ何が出たのか描写するのもバカらしいくらい出ませんでしたー。
ちっくしょう僕の運無し!!
「……よし、帰ろう!」
落胆を隠そうとしつつも全く隠しきれない母にポンと肩を叩かれ、僕らは諸々の後処理を済ませて帰路に着いたのでした。
結局、依頼を何個もこなしていくしかないか……間に合うかなぁ……借金の返済。
「ただいまー……」
家に着いたときにはもうみんな疲れきっていて、すぐにでも寝てしまおうかと思ったけれどお腹も空いていたし汗もかいていたので、簡単な食事を済ませて、順番にお風呂に入った。
ダメだ、もう限界だ。眠いー。
「おやす……みー」
もうほぼ寝ている両親に挨拶して、僕は子供部屋へ入る。
月明りでうっすら照らされる部屋の中では、横並びに二つ敷かれた布団の片方で、すでに妹が寝てます。
ふと、ウサクシさんとササラスさんの事を思い出す。
僕は妹に対して今までと変わらずに接しても良いのだろうか……考えてみれば、見た目は8歳幼い妹だが、実際はもう14歳。
思春期真っただ中の14歳の女の子と横並びの布団で寝るというのも、どうなのだろう……いやまあ、どっちにしてもこの狭い家では同じ部屋に寝るしかないのだけど……僕もそのうち、お兄ちゃんと一緒になんて嫌だ……とか言われる日が来てもおかしくないんだよなぁ……ううっ、想像しただけでも悲しくなってきた……。
なんとなく、本当に気持ち程度だけど、少しだけ布団を離して隙間を開けて僕は横になった。
少しでも嫌われそうな要素は無くしていかなければ。
「……おやすみ、ユウミさん」
もう寝ているとは思ったけど、一応軽く声をかけて目を瞑る。
妙に落ち着かなくて、妹に背を向ける。あんまり寝顔を見たりするのも嫌かもしれないよな……とかさ。
ぐぬぬぬ、僕としては本当に邪な気持ちは何もなくシンプルに妹可愛い可愛いでやって来たけど、やっぱりいろいろ考えないといけないのかもなぁ……はぁ、悲しいなぁ…。
「おにぃは馬鹿だね」
後ろから声が聞こえて、振り向こうとした瞬間、背中に感触を感じて動きが止まる。
「ユウミ、さん?」
ユウミが僕の布団に入ってきて、背中に頭をつけている。
「どうせ、あの村であった人たちに感化されて、自分も妹に嫌われてるんじゃないか、とか考えたんでしょ」
うっ、図星。
「……まあ、あの妹さんの気持ちもわかる……と言えばわかるかな。一番近くにいる兄からエロい目で見られてたら凄いストレスだと思うし」
「いや、僕はエロい目でなんて……」
「わかってるよ。だからあにぃはバカなんだよ……こっちの世界に来てから、一緒にいる時間が増えたけどさ……ユウミは、あにぃからそういう視線を感じたことはないよ。日本にいる時だってそうだった。14歳の私は今よりちょっと大人っぽくて、せくしー?だったと思うけど、それでも無かったよ」
せくしーだったかどうかは議論の余地があるところだが、確かにそう言う気持ちで妹を見たことは無かったと思う。
いやまあ、一度着替えを見てしまった時はドキっとしたけれど、それでエロい気持ちになったかと言われると別になってないし。
「ユウミだって思春期だからさ、男の人からいやらしい目で見られたりしたらやっぱりそういうのってわかるんだよね。あーこの人の視線嫌だなぁ、とか」
「……そんな目で見てくるヤツが居たのか……兄ちゃんがぶっ飛ばしてやりたいな」
「ふふっ、弱いくせに。ぶっ飛ばせるの?」
「ぶっとば……せるよ」
「無理でしょ」
うん、無理。
「無理だけど……まあ、そのくらいの気持ちはある、って話さ」
「うん、わかってる……お兄ちゃんはいつもユウミを守ろうとしてくれてた。お母さんやお父さんと喧嘩した時も、――――学校で嫌なことがあった時も、いっつも味方してくれた。お兄ちゃんが居なかったら私……」
そこでユウミの言葉は止まった。
その瞬間、記憶がフラッシュバックする。
いつかの学校からの帰り道、僕は偶然ユウミを見つけたことがあった。
なんだか元気が無くて足取りかフラフラしていて、ホームで電車を待っているその背中に酷く不安を感じて、ふざけてかばんを引っ張るフリをしながら声をかけたんだ。
あの時、振り向いた妹の顔を、僕は忘れることが出来ない。
泣いているような、放心しているような……世の中の全てを諦めたようなあの顔を。
あの直後から、ユウミは学校を休むようになった。
あの時、偶然居合わせて声をかけなかったら、もしかして―――……いや、まさかな。そんなこと考えたくもない。
「だから、だからさ……お兄ちゃ……おにぃは今まで通りでいてよ。よその兄妹はどうか知らないけど、いいじゃん、ユウミとおにぃはこれで、さ」
……ユウミ……嬉しい、嬉しいなぁ、素直に嬉しいよ。
……っていうか、さてはアレだな? あの時、ササラスさんとウサクシさんの兄妹話の時、寝てたように見えたけど本当は起きてたんだな?
けど、こういうやり取りをみんなの前ではしたくないからわざわざ夜まで待って二人きりでしてくれた、って訳ですよね………くぅぅぅ!!なんて可愛いんだ僕の妹は!!!!
「あのー、ユウミさん、一つ良いですか?」
「……嫌」
「まだ何も言ってないのに?」
「なんとなくわかるから」
「本当に?今僕としては振り向いて抱きしめたい気持ちなんだけど」
「だから嫌なの。今日は……今は、このくらいが丁度いいんだよ」
そうなのか……まあ、そうかもな。
全然そういう変な気持ちでは無いけれど、布団の中で向き合って抱き合うとそれはあまりにも特別な意味を持ってしまうような気もする。
一緒の布団に寝ても良い信頼が僕らにはある。
けれどそれは向き合って見つめ合うような関係性ではない。
それが、僕ら兄妹の間柄を表す距離感なのだと、そう言われたら納得してしまうな。
「わかった、おやすみ」
「うん、おやすみ……」
よほど眠かったのか、ユウミはすぐにスヤスヤと寝息を立て始めた。
わざわざこの話をするために頑張って起きててくれたんだなぁ……可愛い奴め。一生守るぞこんにゃろう。
僕も疲れていたから、少しずつ眠りに落ちていくのを感じる。
ああでも、結局借金の件はどうしようかなぁ……明日からでも、地道に依頼をこなして、なんとか……間に合う、ように―――――
間に合いませんでした!!!
「ど、どうしよう……明日もう借金の返済日だよ!?僕らどうなっちゃうのさ!?」
夢だったら良かったけど、現実だ!!
あれからいくつかの依頼をこなしたけれど、結局借金の額には届かなかった。
これは……本格的にヤバい!!
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