第15話 兄と妹と兄と妹。
「この村は、わたしの妹を殺したんだ!!」
……おおぅ……領主さんの口から、思ってもみなかった衝撃的な話が出ましたよ?
驚いてタケムツさんを見るが、タケムツさんも驚いています。
「何か心当たりはありますか?」
「い、いや何も……それはいったい、何の話なんだ?」
困惑しているタケムツさんだが、その言葉を聞いた途端、領主さんが激昂してタケムツさんに走り寄る!!
「ふざけるな!!貴様らがぁぁぁぁ!!!」
「危ないっ!!!」
間に入って止めようとする僕、上手く止められず領主さんに殴られる僕、吹っ飛ぶ僕。痛い僕。
デジャブ!!!
なんで止めに入るかな僕!!弱いのに!!
あ、父さんが回復魔法かけくれてる。あざざます。
ちなみに領主さんは、母さんが片手で取り押さえて今地面に押さえつけられてます。強い。
「落ち着けよ、急にどうした」
「うるさい!わたしはこいつらに復讐する権利があるんだ!!」
「だから、それを聴こうって言ってんだろ。話せ」
「なんだわたしがいちいちそんな説明を……」
「話すか、頭をつぶされるか、選べ」
ああ、母さんのアイアンクローが領主さんの後頭部に食い込んでいく。
「なんだその二択は!あいたたたた!!!潰れる潰れる!!頭潰れる!!」
「話さないから潰そうとしているが?」
有言実行ですね。
「正気かあんた!?」
「領主さーん、母さんに正気を求めるだけ無駄なので、さっさと二択を選んでくださーい」
困っている領主さんに助け舟を出す僕。
殴られたのに優しいな僕は。
「あんたら鬼か!?」
優しさを見せたのに鬼だと言われましたよ。
「アレは、10年前の話だ」
鬼に負けて語り始める領主さん。助かります。
「ある日、わたしの妹が突然姿を消したんだ。長年一人っ子だったわたしのところに、天使がやって来たと思った。本当に可愛い妹だったんだ」
ああ、わかる。わかりますよ。
まあ、ウチの妹の方が可愛いですけどね!!
ねー、と僕の背中に隠れているユウミを見ると、寝てました。
……いつからですか……?
兄が頭を下げて謝罪してる時から寝てましたか……?
ま、寝顔が可愛いから良いか!!
どんな時でも兄の背中に安心感を感じてしまうということだな!
たぶん!そうであれ!
「そんな大切な妹が突然いなくなったんだ。当然探すだろう?」
「探しますね、それはもう探します」
今のところ共感が凄いぞ。
「だが、なかなか手掛かりも見つからないまま時間は過ぎた。うちはそれなりに資産家の家計だから、金に糸目は付けずに探したが、それでも見つからなかったんだ」
「それは心配ですね……」
もしもユウミが居なくなったら……想像しただけで怖すぎる……。
泣くぞ。
「さすがにもう諦めて捜索を打ち切ろうかと思っていたところ、10年前にこのファブラ村で見かけた人間が居る、という情報が入った。わたしはすぐにこの村のことを調べたところ、その頃のファブラ村では畑の不作が続いていて、そこから抜け出すために神様に生贄を捧げる儀式が行われたという話が出て来た……これがどういうことかわかるか!?」
まあ、連想は出来ます……かね、事実がどうかはわからないけれど。
「縁もゆかりもないこんな村に妹が居て、その10年前を最後に目撃情報は何もない!となれば答えは一つだ!妹は誘拐され、生贄として殺されたのだ!!そして、その生贄はこの畑の地下に埋められたらしい……だから、わたしは……わたしは……!」
……もしそれが本当なら、気持ちはわからなくもない。
妹を探すために村を丸ごと買い上げたんだな……けれど、本当に誘拐されて生贄にされたのなら村人が正直に答えてくれるわけがない。
だからまず証拠を見つけるために……か。
ボロボロと涙を流しながら妹のことを想うこの人が嘘をついているとは思えない。
けど、タケムツさんたちが見ず知らずの女の子を誘拐してきて生贄にするというのも想像しづらい……うーーーん……。
「タケムツさん、領主さんはこう言ってますけど、どうなんですか? 生贄の儀式はあったんですか?」
「いや、まあ、それ自体はあった。だがそれは――――」
そこまで言葉を紡いだところで、再び激昂する領主さん。
「やはり、やはりか!!貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
「いやだから落ち着けって!!」
領主さんとタケムツさんの間に立っていた母が、駆け寄る領主さんをプロレス技のウラカン・ラナで丸め込んだ。
簡単に言うと、ジャンプして両足で頭を挟んで、そのまま後ろに回転して自分が上になって着地するのです。最終的には馬乗りみたいな形になります。
母はプロレスファンでもありました。とはいえ、前世ではあんなこと出来るほどの筋力は無かったですけど……やっぱり異世界パワーは凄いな。
「く、くそ!離せ!」
「いいから、お前がまず話を聞け。今このタケムツがなんか言おうとして―――」
「ああああ、大変だ!!」
今度は父の叫び声が母の言葉を遮ります。
珍しいですよ、父さんが母さんの言葉を遮るなんて。
「原油が溢れそうだよ!!」
父さんが叫びながら指さしたのは、原油の吹き出し口の周囲を囲んだ円柱の土壁の上、そこからドロリと零れる黒い油だった。
嘘でしょもう満杯になったの。早くどうにかしないと畑がさらに汚れてしまう。
「父さん、あれもっと高くできないの!?」
「いやその、アレは基本土魔法だから、ユウミちゃんが居ないと」
そうか、ユウミ……は、背中で寝てる!
「ユウミさーん、起きてー。あの、起きてー!」
妹は寝起きが悪いのです……無理やり起こすと機嫌が悪くなるので、優しくゆっくり起こさないと……。
って、そんなことやってる間にどんどん原油が溢れてきてる!
ど、どうしよ、どうすれば―――
カランカラン……
戸惑っている僕らの処に届く、妙な音。
なんだ?今の軽くて硬いような音は……音のした場所に視線を送ると、そこには黒い原油に交じって、白く細長いものがいくつか落ちてきていた。
おそらく、地中に埋まっていたものが原油に押し上げられて出て来たのだろうけど……あれは……骨、か?
「ああ!み、見ろ!!アレがきっと妹の骨だ!!この村のやつらは殺して妹を埋めたんだ!!」
途端に気色ばむ領主さん。
確かに骨っぽいけど……人間の骨ですかね?
「タケムツさん?」
どうなんですか?
「だから、さっきから言おうとしたけど、生贄の儀式で捧げたのは人じゃなくて牛だよ。子牛の肉を捧げて、骨を畑の奥に埋める、そういう儀式なんだよ」
牛か……うーん、頭の部分が出てきたら一発で証明できるのだろうけど、今のところは何本かの細い骨だけで、どっちの言ってることが本当なのか……。
「ううぅ~ん……なぁに、どうしたのお兄ちゃん……」
あっ、妹が目覚めようとしている!!
寝ぼけた時には、「あにぃ」ではなく昔の呼び方である「お兄ちゃん」が戻ってくるんです!可愛いですね!
「嘘をつくな!!この人殺しめ!!妹を返せ!!」
ああうるさいな領主さん!妹の機嫌が悪くなるでしょ!!
「嘘なんかついてない!!アンタこそ何を勘違いしてるんだ!!」
今度はタケムツさんだもーーーう。
「あああああ、原油が、原油があふれるよー!」
父さんまで!!みんな大声上げててなんかもう何この空間!うるさい!!
ど、どうすりゃいいの!?まず何から対処すべきだ?
「うううううーーうるさいよぅ……」
「ご、ごめんねユウミさん。うるさいよねぇ。でも出来れば起きて貰えると、兄ちゃん嬉しいな」
「あにぃが嬉しいかどうかで、なんでユウミが起きないといけないの……?」
純粋な疑問!!それはまあそうだ。
起きてくれたら僕が嬉しい、と言ったところで、僕を嬉しがらせる必要性が無いのだ。
「妹を返せ!!!!!!」
「だから知らねぇよ!!!」
「原油がー!」
「ねむいー」
カオス!!混沌!!!なんだよこの状況もうめんどくせぇな!!
逃げ出したいけど逃げたとて!!
僕だけ逃げたとてどうにもならん!!
あああああーーーーもーーーーう!!!!どうしたらいいんだーーー!!!
「いい加減にして!!!」
その騒ぎを静め叱りつけるかのように声を上げたのは――――いつの間にか駆けつけていた、タケムツさんの妻・ササラスさんでした。
全員の視線がササラスさんに集まった次の瞬間……
「この騒ぎはいったいどういうつもりなの……兄さん!!!」
……兄さん?兄さんって……そう叫んだササラスさんの視線の先には――――領主さん。
……ん?
え?????
どういうこと???????
ササラスさんが、領主さんの妹ってこと……だよな?
いやでも、死んだって話では……あっ、それは領主さんが勝手にそう思い込んでただけだっけ?あれ?????
混乱してる僕らをよそに、ササラスさんはズンズンと歩を進めて、まだ母に押さえつけられている領主さんを見降ろすように近くで仁王立ちされました。
「―――――サラ?サラ………なのか?本当に?」
「……そう、サラよ。……もうその名前は捨てたけどね。今はササラスよ」
ちょっと元の名前の名残が残ってるやないかい、とツッコミたくなったけど、そんな空気でもないので黙っておきましょうね僕。
「生きて……いたのか……! なんてことだ……良かった……本当に良かった……!」
ボロボロと涙を流す領主さん。
ああ、良かったなぁ。感動の再開……と思ったけど、なぜかササラスさんの顔は曇っている。というか、なんだろうあの……嫌悪感すら感じる表情は。
「……そうね、久しぶりね兄さん……まさか追いかけて来るとは思わなかったわ……」
「追いかけるさ!大切な妹だ!なぜ連絡してくれなかった!?生きていたのならなぜ!」
そう、それが一番の謎なんですよ。
連絡するタイミングはいくらでもあったはずだし、なにより新しい領主が村に来たとなれば興味本位で顔を見に行くくらいはするだろうから、その時に兄だと気付いたハズですよね。
だが、その答えはすぐに明らかになる。
「決まってるでしょ。見つかったら連れ戻されるからよ。私はね、彼と駆け落ちしたの!あの家を捨てて自由を手に入れたのよ!」
彼、というのは当然タケムツさんだろう。
ササラスさんの言葉には激しい怒気が含まれている。
よほど実家に対して嫌な思い出があるのだろうと簡単に推察できてしまうほどに。
「そんな……何が、何が気に入らなかったんだ!?」
「何がって……何もかもがよ! 父さんも母さんもいつも勉強が苦手な私をなじって兄さんばかりを贔屓していたし、私の友達を下品だと罵るし、好きな人を連れて行ったら相手の家に圧力をかけて無理やり別れさせたわ」
それは中々にエグイな。
トモエさんの時と言い、異世界の金持ち家庭って子供に人権無いのか?
いやまあ、考えてみれば前世でもよく聞いた話ではあるかな。
「そのうえ、今の夫が結婚したいと挨拶に来てくれた時、なんて言ったと思う!?農業みたいな下賤の仕事をしているみじめな男と結婚できると思うな、って彼の居る前で言ったのよ!?それでなんで家が嫌にならないと思うの!?」
うーん、それはあまりにも失礼だ。
農家の人たちがいなくなったら、自分たちの食事もままならなくなるのにね。
「そ、そんなことが……全く知らなかった……」
「……当然でしょ、あの人たちにとっては私が駆け落ちして農家の娘になったことは恥なのよ。兄さんの調査も、本当はもう居場所解ってたのに伝えないようにしてたんじゃないの?」
ああ、あり得る話ですねぇ。
突然娘が居なくなったのに探さないのは体裁が悪い、だから探すふりだけ続けていたのだろう。
「そ、そうか……確かに今回も情報をくれたのは、私が独自で雇った町の探偵だった……そういうことか……でも、でもそれなら!なぜ、兄ちゃんを頼ってくれなかったんだ? 相談してくれれば……」
「だって兄さんは……」
「なんだ?兄ちゃんに何か不満があったのか?」
「だって兄さん……私のことを女として性的な目で見てたじゃない!!!!!」
………なるほどー。
……じゃあダメだな!!!!!
「そもそも、妹の事が大好きな兄って気持ち悪くない!?」
………えっ?待って待って???それは僕にも刺さるんだけど!?
えっ!?妹の事大好きな兄って気持ち悪いの???
えっ?えっ?えーーーー!?!?
僕は慌てて背中でまだウトウトしてる妹に視線を向けた。
もし、ユウミがササラスさんの言葉に深く頷いていたらどうしよう……!!
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