第11話 胡散臭いよウサクシさん。
「ようこそいらっしゃいました。わたくしが領主のウサクシです」
嘘くさいくらいにニコニコの笑顔で僕らを迎え入れてくれたのは、この村の現領主であるウサクシさんです。
「どうも初めまして、わたくし共は冒険者を生業としていまして、この村の畑がモンスターに荒らされているという話でやってきました。まずは領主にご挨拶を、と」
父は前世では一応社長だったので、こういう社交的な部分はわりとしっかりしています。全面的に色々任せられたら僕もだいぶ楽なのに……そうはならないんですよねぇ…。
「そうですかそれはそれは。―――――しかし……妙ですなぁ?」
ピリッと、肌を一瞬切り裂かれたような空気。
領主の目が、酷く濁っています。
「妙、とは?」
父さんは気づかないんですよね、こういう空気に。普通に会話続けてるし。
「いや、わざわざ冒険者の皆さまに依頼するほどの損害が出ているとは、こちらには報告が入ってないもので。やはりわたくしがまだ日の浅い領主ゆえ、皆様に信頼されていないのかもしれませんね」
「いやいやそんなことは……ねえ?」
こっちに話を振るんじゃないよ父。
しゃーないな……。
「信頼の事はよくわかりませんけど、僕らとしても依頼を受けてここまで来たからには何もしないで帰るというわけにはいきませんので、数日この村に滞在して周囲の調査をさせて頂きますし、モンスターが実際に畑を襲ってきたら戦いになりますので、それは領主として許可をいただけますか?」
「戦い……というとどの程度の規模で?」
「それは……モンスターの規模にもよりますね。大群で襲ってくるならこちらもそれなりに対処が必要なので、場合によっては少し村に損害が出るかもしれません。だからこそ、こうして許可を―――」
「それは困りますな」
「――――は?」
「村には損害を出さずに戦っていただきたい。それが出来ないというのなら許可は出せませんね」
何を言っておられるのでしょう領主さんは……そもそも村の畑に損害が出てるから僕らが呼ばれてるのに、それを守るための戦いで僅かでも損害を出すなとは?
無茶を仰られますなぁ……。
「あぁ!?てめぇ何言って……」
あっ、ヤバい。ご機嫌だった母がイライラしてきましたよ!
気持ちはわかるけど、ちょっと抑えて抑えて、どうどう。
領主に詰め寄りそうになる母の前に立って、背中で抑えます。
「わかりました。なるべく気を付けて戦いますので、それでよろしいですか?」
「お前何を……!」
母の怒りの矛先が僕に向きそうになるけど、まあまあ、と怒りを納めてもらうしかありません。
それを察して父も母を抑えに入ってくれます。
あっ、出た、出ましたよ!視覚妨害と音声断絶です!
父の特異な呪文の一つですが、これによってイライラした母が暴れて大声を出しても、外からは見えない聞こえないという優れモノ!!
ただまあ息子の僕ともなると背中の気配だけで母がそれはもう大声を張り上げているのが伝わってくるのですが……母は叫んで暴れれば少し発散されるので、無理に抑えるよりこれがベストなのです。
「なるべく、では困りますな。確実に損害を出さない、と約束していただかなければ」
一方、折れないなこの領主さん。
「では……畑を襲ってくるということですので、畑は多少荒れてしまうかもしれませんが、建物には被害が無いようにします。それでいかがですか?」
「逆ですな」
「逆……とは?」
「建物は壊れても直せばいいのです。しかし畑はそうはいかない。死んだ作物や土は元に戻りません。畑を最優先で保護していただきたい」
ふむ……一応理にかなっているような気もしますけど……どうにも違和感があります。
これは、依頼人のタケムツさんが言ってたことも、そしてその話を聞いた母のひらめきも、あながち間違いじゃないのかも……?
―――依頼人のタケムツさんは、馬小屋で馬の着ぐるみのまま真面目な話をし始めました。脱いでほしい。
「実は、新しい領主がモンスターをけしかけている可能性がありまして……」
「何のためにそんなことを?」
自分でお金を出して買った村にモンスターをけしかける意味が解りません。
「それはわからないのですが……実は私たち村人は全員、この村から出ていくように言われているのです」
「全員……?」
そうなると確かにきな臭いですよ?
それはそうと馬の着ぐるみは脱いでほしい。
「立ち退き料は払うと言われているのですが……こちらとしても先祖代々守ってきた畑と家がありますし、村の皆の結束力も強く、そう簡単には受け入れられません」
「そりゃあ、そうでしょうね」
僕らでも、そんな簡単には受け入れないだろう。
あと馬の着ぐるみは脱いでほしい。
「そして、皆が立ち退きを拒んでいたら突然モンスターが襲い掛かってくるようになったのです……しかも、我々の家や畑は荒らすのに、一番大きな元村長の家には傷一つ付けない……さすがに怪しくないですか?」
うーーーん……そう言われると確かに怪しいですね……馬の着ぐるみと同じくらい怪しい。脱いで欲しい。
「けど、そんなことして何の得が? せっかく買い取った村を無人にするなんて……」
「それは、私どもにもわからんのですが……」
この辺りは決して交通の便も良くないし、リゾート地とか工場地帯とかを作るのにも地形的に向いてるとは思えない。山の中ですかね。
そもそもそれなら村人に告げずに追い出そうとする意味が解らない……馬の着ぐるみも意味が解らないので、もう本当に脱いでほしい。
「あっ!!!!!!!」
「うわぁびっくりした!!!何!?」
突然背後で大声を出す母、びっくり死するかと思った!
「いや、これ、もしかしてアレじゃね? そういうアレじゃね?」
うわぁ、すっごいニヤニヤしてる。
なになになに、怖いですよこれは。
「ちょっと、ちょっと家族集合、集合~」
母さんは依頼人のお馬さんだけ「ちょっと待ってて」、と待たせて僕ら家族を馬小屋の外へと連れ出します。
「なんだよ母さん、一体何を―――」
「お宝の匂いがするよな……?」
小声だ。基本声の大きい母さんが小声で話している。これは相当の事ですよ。
「どういうこと?」
「だから、新しい領主ってのはこの村のどこかに埋まっているお宝を手に入れるために、村人を追い出そうとしたんだよ……!」
「……なるほどね……?」
それはまあ……ありえない話とまでは言えません。
素直に「この村の下にお宝があるんだ」と言って掘り出したら村の人たちもみんな自分たちの権利を主張するでしょうからね。僕ならそうします。
けれど、追い出して後で掘り出せば宝は領主の独り占め。
だから、わざわざ村を買ってから、お金や手間をかけてでもまず追い出そうとする……話の筋としては通っています。
「と言う事は、だ……アタシたちがこのクエストの中で見つけてしまえば、確変型の規定に則ってそのお宝は頂けるってことだ……!! ふふふ、こいつは大儲けの匂いがしてきたぜ!」
なんかだんだん母さんが両津勘吉に見えて来たので、このまま進めると失敗するような気がしてなりません。僕に大原部長の役目は無理ですよ?
とは言え、本当にここで一攫千金出来ればそれはそれで助かるのは確かです。
まあ、頭の片隅に入れておくぐらいは良いかもしれないけど……期待しすぎるのも怖いですねぇ……。
「あのー……どうかしましたか?」
着ぐるみのままひょっこり顔を出してこっちの様子を窺う依頼人のタケムツさん。
だからそれを脱ぎなさい、と思いつつも、そのひょっこりはんはちょっと面白いな、と思ってしまったので良しとしよう。
だって変な着ぐるみに身を包んだ顔が壁からひょっこりこっち見てるのどう考えても面白いですもん!
「いや、大丈夫です。ともかくお話はわかりました。どちらにしてもこの村で仕事をする以上は領主の許可が必要になりますから、ちょっと様子を窺いがてら行ってきますよ」
―――ということで、今領主さんの前に僕らは居るのですが……。
「いいですか、くれぐれも畑は無事に残しておいてくださいね」
この言い草を見ると、あながち母さんの推理も間違っていないのでは?という気もしてきました。
畑に何かが埋まっている……もしくは畑の地下になにか資源が?
ちょっと面白そうじゃないですかこれは。
「了解しました。畑では戦わないと誓います!では、許可証にサインをお願いします」
これほんと面倒な仕組みなんですよね……異世界なのになんですかねこの旧態然としたシステム……! まあでも、異世界の文化レベルは大体中世くらいだと考えると、しっかり書面で契約を交わすのはまあ正しいというか、むしろ時代で考えれば進んでる方かもしれません。
やはり紙。紙が証拠能力としての信頼性は高いのです。
不満顔ながらも、ペンを取り出しサインを書いてくれる領主さん。
さすがに正式に依頼を受けて来た冒険者を追い返したとなればギルドと揉め事になるからそれは避けたいのでしょう。この村の中でも活動自体は許可してくれました。
「では、失礼します」
丁寧に頭を下げて帰る途中に、ドアの隙間から少しだけ家の奥が見えた。
……ドアのすぐ向こうに大きな玄関ロビーがあるが、その壁に大きな写真が飾ってある。10代中盤くらいの女の子、だろうか。奇麗な銀色の髪に、なんだかとても悲しそうな目をした子で、それがとても、印象に残った。
「どうでしたか!?」
「もう脱げい!!!」
戻ってきてもまだ依頼人のタケムツさんは着ぐるみ姿だったので、さすがにツッコミを入れてしまった。
「おっと、これは失礼しました。ついうっかり」
うっかりでずっと四つん這いみたいな体勢で待ち続けてたのだとしたら、恐ろしいくらいのうっかりさんですね?
「いや、こちらもついちょっと強く言ってしまいましたすいません」
それはそれとして謝ってはおこう。親しくない人に思いっきりツッコミを入れてしまったし。
「いやいやお構いなく、ふう、いやはや暑かったので助かりました」
なんて言いつつ着ぐるみを脱ぐと、中からスーツを着たイケメンが出て来た。
なんで中にスーツ着てんの!?!?
「大事なお客様を出迎えるとなれば、やはりスーツかと思ったのですが……出迎えが遅れてしまい、皆さんが領主の家に向かうのが見えたので、慌てて内密にお話ししたいと思った結果、このようなことに」
言ってることはどうかしてるけど爽やか笑顔ですね!!
田舎の農村だから洗練されたイケメンっていう訳ではないけれど、整った顔立ちにちょっとした無精髭と無造作な髪型がワイルドさを与え、さらには足が長くすらりとした高身長に、がっしりした体つき。
ぐぬぬぬぬぬぬぬ……完全にイケメンです。
妹が惚れないか心配!と思いユウミに視線を向けると……ああ、気になってる!イケメンの事が気になってる顔してる!!
く、くそぅ!兄ちゃんは許さんぞ!!
「あなた!」
……あなた? 突然聞こえた女性の声に振り向くと、そこにはエプロンを付け麦わら帽子をかぶった女性が立っていました。
「ササラス、丁度いい。こっちへおいで」
ササラスと呼ばれたその女性は、小走りで駆け寄ってきてタケムツさんの隣にとても自然に寄り添います。
「紹介します。妻のササラスです。今回の依頼は僕たち夫婦からなんです」
「冒険者の皆さま初めまして。この度は依頼を受けていただいてありがとうございます」
奥さんが居たのか。っていうか奥さん美人です。
腰辺りまである長い銀髪を後ろで結んで束ねている奥さんは、とても整った上品な顔立ちをされている。
タケムツさんも僕よりだいぶ背が高いけれど、ササラスさんはそれより頭一つ小さいくらいなので、女性にしてはかなりの高身長。
うーん、これは美男美女カップル。
ふとユウミを見ると、もうタケムツさんに興味はない、という顔をしています。
好きになった相手に恋人がいると一瞬で醒める。
これはユウミの特技でもあり、厄介なところでもあります。
前世では、めちゃめちゃ推してたアイドルに恋人発覚した瞬間、集めたグッズとか全部メルカリで売りに出してましたからね……極端な子だよ!
「皆さん、長旅お疲れでしょうから、モンスターは襲ってくる夜まではウチでお休みください。食事の用意もしてありますので」
ササラスさん……なんてありがたい申し出!!
父と母はハイタッチしてるし、さっき一瞬で醒めた妹も、ご飯を目の前にした猫みたいにソワソワし始めました。可愛い奴め。
「にゃー」
実際の猫であるピィもご飯の気配に目を覚ましたのか、父の服のフードの中で声を上げます。
よし、いろいろ考えても仕方ない。とにかくまずは腹ごしらえと行きましょう!!
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