第10話 さぁ馬だ!………馬?
「これだな、決定!」
いくつかのクエストが書かれた羊皮紙みたいな手触りの紙を受け取って吟味していると、母が突然の決定をしました。
「どれなのさ」
母がなんだか自信満々に見せて来たのは―――――
「……まーた確変型だよ……」
妹が大きくため息を吐く。
「いやでも、これは熱いって!鉄板だって! ほらこれ、見てみろよ!」
そこには、「デロス地方の町や村を荒らしてるモンスターの集団を退治して欲しい」と依頼内容が書かれていました。
「それがなんなのさ?」
「デロス地方は最近熱いんだよ!!」
「気温が?」
「違うっ!最近の傾向として、デロス地方では高価なお宝が出る可能性が以前より高くなってるっていうデータがあるんだよ!!これ鉄板!ほんとに!しかも相手が集団ってことは、それだけ宝箱の出る確率も上がるってことだし、一攫千金も夢じゃないって!!」
めっちゃ熱く語るじゃん……何そのデータどっから集めてきたデータなの。
「いやほんとこれ、信頼できる情報筋からの話なんだって!」
聞けば聞くほど怪しい話ですよこれは……。
「もしかして、どっかからそのデータとか買ってるんじゃないだろうね……」
「……カッテナイヨ?」
「ごまかし方が下手過ぎる……!!」
突然のカタコトと目線ずらしはもう自白なんですよ!
「なんだよ!いいだろ!自分の分のお小遣いをなんに使っても自由だろ!」
まあそりゃそうですけど。
何度も言うけれど財布は父さんが握っているので、母さんは僕らと同じようにお小遣いを貰っています。
まあ、金額的には当然僕らより多いのですが、莫大なお金って程ではなく常識的な金額なので、その範囲内でギャンブルしようとそれは当然自由ですとも。
この世界は娯楽が少ない代わりに、ギャンブルに対する規制とか全然無いからあちこちにカジノとかあるのですよこれが。
なのですが――――
「母さんの言う事もわかるけど、今はとにかく次のローンの支払いまでにお金が必要だから、確実に定額型の方が良くない?」
「……じゃあどれが良いか選んだらいいじゃん」
拗ねた。やっぱり肉体が若くなると精神年齢も下がるのでしょうか……?
とは言え、許可が出たので選びます。
「……あ、ねえねえこれは?」
妹が見つけた依頼は、なるほど確かに金額的には申し分ない。
「……んー、でもこれ、目的地が遠いうえにちょっと時間のかかる依頼だね……。移動してクエスト達成して帰ってくるとなると、10日はギリギリかもなぁ」
「そっか……良いと思ったんだけどなぁ」
ごめんな妹よ。せっかく選んでくれたからそれやりたいけど、状況が切羽詰まってるから……! つらい!妹の提案を断るの辛い!
心の中で血の涙を流しながら依頼を探るが、どうにも条件に完全に一致するものがありません。
それなりに良い条件のものはあるのだけど、10日後にローンの支払いがあると考えると、それまでに確実に終わって、かつ金額もクリアしてないと……うーん……。
「なかなかいい条件のものはないねぇ」
一緒に探していた父さんも、大きなため息を吐く。
母さんが何か言いたそうにソワソワしてきた。わかってる、じゃあやっぱり確変型で、って言いたいのを耐えてるんですね?
……うーーーーーん……けど、こうなるとそれも手かもしれないな……。
さっきのデロス地方の依頼なら、3日で終わらせられる。
ばっちり条件に合った定額型が見つからないなら、3日で終わる確変型クエストを3つ達成して、良いお宝を引き当てることに賭ける……というのも無い話じゃないんですよね……。
実際今探してて、丁度いいの3つ見つけちゃいましたし……。
まあ、しゃーないですね……何もしないよりはマシ!
「あの、さぁ……ちょっと提案があるんだけど―――…」
「がっはははは!!そうかそうか、それならほら!こっちにももう一個あるぞ!!」
母さん、超ご機嫌である。
がはは笑い初めて聞きましたよ?
「あっ、これもあるな!データ的にはこっちの方が熱い!これにしよう!」
んでもって、確変型の依頼を見つけるのだけめっちゃ上手いな!!
なんなのその才能!!
速読くらいの勢いでクエスト一覧見てるし!!
「ぐわっははは!! いやぁ、楽しいクエストになりそうだな!」
うーん、蹂躙ハイだけじゃなくて、確変ハイに入ってますね……。
……楽しくなれるものがたくさんあるって、良い事だね!(やけくそポジティブ)
さて、結果としては最初に母が目を付けたデロス地方の依頼を受けることになりました。残りの二つも同時に受けたいくらいでしたが、依頼は一つずつしか受けられないので、一応キープという形でお願いしておきます。
「状況が変わってすぐにでも来て欲しい」という形になった時に僕らが行けなかったら他の人が受ける事も可能なのがキープです。
ギルドはあくまでも困ってる人からの依頼を仲介する場所ですからね、冒険者の利益の為に依頼人が損害を受けることはあってはならないのです。
なので、今すぐ確実に一つ選ぶとしたら……と考えて、母曰く「データ的に一番熱い」というデロス地方の依頼に決めたのでした。
さてさて、どうなることやら。
「ふーんふーんふふんふーんふーふふんふふーん♪」
鼻歌を奏でながら、依頼先まで歩く母です。
……どっかで聞いたことあるな……あっ、ジャイアン!?ジャイアンの歌じゃない!?おーれーはジャイアーン♪のやつじゃない!?なんで!?
ガキ大将気分なの!?どんな気分それ!?
まあともかく、ひたすらに楽しそうです。
依頼のあったデロス地方は、歩いてもまあ半日あればつく場所。
しかも父の継続回復呪文によって歩きながらも徐々に回復されてるからほぼ疲れないというおまけ付きです。
本当は速度上昇の補助魔法も使いたいところですけど、山道なので速過ぎると制御が難しくなって危険なこともあり、回復だけにしています。
「父さん、向こうに着く前に改めて依頼の説明してよ」
まあ大体は覚えてるけど、ただ無言で歩くのも退屈ですからね。
「そうだね、えーと……ファブラ村の農民の皆さんからの依頼で、最近畑を荒らしているモンスターたちを退治して欲しいって」
なかなかベタな依頼ですこと。
「ファブラ村ってどんなとこだっけ?」
「うーん、パパの記憶では特に印象に残らないというか、本当に普通の農村って感じだったかなぁ。あ、最近領主が変わったとか言ってた……かな?」
「へー、領主が変わる事なんてあるの?」
「領主というか、元々はそこは村長が納めてたんだけど、その人が村ごと近くの領主に売っちゃって、大きな領地の一部になったんだって」
……なんか嫌な予感というか、面倒事が起きそうな話だなぁ。
「おにぃ、疲れたー」
ここで妹がカットイン。はいはい、了解です。
「おんぶと肩車どっちが良いですかお姫様?」
「肩車」
「あいよー」
僕が膝を曲げて姿勢を低くすると、跳び箱飛ぶみたいな姿勢でびょんと肩の上に飛び乗るユウミ。
慣れたもんです。
というか、回復呪文かかってるから疲れることはないと思うのですけど、まあずっと歩き続けることに飽きたのでしょうね。
ほら、頭の上から寝息が聞こえてきましたよ?
鼻がすぴすぴ鳴ってますね、可愛いですね。
ともかく、なるべく早くクエストを終わらせるために、出来る限りのことやるのみです。こうやって妹の足になることも含めて、ね。
いや、これはほぼ好きでやってるんだけどもさ。
「ついたー!」
今日人類が初めて木星に着いた時みたいな言い方をする母。
テンションが高いです。
「どこじゃー!宝はどこじゃー!!フシューー!!」
「落ち着きなさいって。まずは依頼人に会いに行くよ」
ふしゅるるふしゅるる息を吐く母を連れながら、ファブラ村を歩く。
肩ぐらいまでの高さの簡単な木製の柵と木製の門で街の周りを囲んでいるだけのシンプルな町だけど中はそれなりに広い。
やはり農村だから畑やら牧場やらのスペースが多く、村に入ってすぐに芝生の広場があり、その周囲に10件ほどの家が点在しています。
広場の真ん中から奥に続く道があり、その道の左右には商店が並んでいて、ちょっとした商店街のようです。
そこを超えると左側に大きな家。おそらく村長の家だろう。
そして正面と右側は、野球のグラウンド2つ分くらいの広さの土地に、一面の畑と牧場。
さて僕らが行くべきは……やっぱり村長の家ですかね。
依頼人は村長ではなく村人一同となっているが、どちらにしても村長さんに話は通しておくべきでしょう。
そう思い歩を進めていると―――
「あ、あの!もしかして、冒険者の方々では!?」
背後からそう声をかけられて振り返ると――――馬がいた。
もう少し正確に言うと、明らかに布で作った偽物の馬……着ぐるみみたいなものに身をまとった……たぶん、人がいた。
「えーと、はい。冒険者ですけど……」
父が恐る恐る対応する。ああもうバカ、人が良いんだから。
こんなあからさまに怪しい人に簡単に素性を明かしちゃダメだよ。もし冒険者の命を狙っているとかそういう相手だったらどうするのさ。
……いやまあ、こんな格好で命狙ってくるヤツが居たら相当どうかしてるけど、世の中にはいくらでもどうかしてる人はいるからね。
「良かった、わたくし依頼を出した者です」
……見れば見るほどなんでしょうかこれは。
馬の着ぐるみは100歩譲って許すとして、なんで顔が首の根本というか、胴体の正面にあるんですか……?
胴体の部分に四つん這いで人が入ってるとしか思えないけど……そうなると前足部分に入ってる手が長いな……って、よく見ると前足の途中でなんかちょっと膨らんでるところがある。アレが手か……? つまり、あの位置で何か棒のようなものを握って、足りない前足の長さを補っているのか………なるほどなるほどー………何のためにだよ!!!
もう立っちゃえばいいじゃん!!どうせ本物に見えないならリアリティ無視して立っちゃえばいいじゃん!!
前足のとこに人の足を入れて立っちゃえばいいじゃん!
そうすれば顔の位置も口のあたりとか首の上の方とかに出来るじゃん!
その方が四つん這いより楽じゃん!!っていうかそもそもなんで着ぐるみなんだよぉぉぉぉぉ!!!!
……という言葉を飲み込んで、「さあこちらへ!」と促されるまま後をついて行います。意外と歩くの上手いな。慣れるほど着てるんですかそんな着ぐるみ。
大丈夫なのか。ついて行って大丈夫なのか本当に。
……まあいざとなったら何とかするだでしょう。僕以外の家族が。強いし。
そのまま着ぐるみ依頼人は牧場の方へと向かい、スムーズに馬小屋へと入る。
……うん、まあ、馬だもんね。そうだよな、正しいよ。……正しいか?
馬小屋は木製で、中には通路が一本あって、その右側に馬の入る場所が板で仕切られている。今見た感じだと、3頭の馬が居る。基本的には地球の馬とあんま変わらないな。尻尾の形が少し違うかな?
あと、当然だけど少し獣臭いです。
ただ、それと同じくらい敷き詰められた藁の匂いがするし、全体的には奇麗に整えられていて、ここで馬の世話をしている人はきっと馬を大切にしているのだろうな、と伝わってきます。
「ここまでくれば大丈夫でしょう。失礼しました。わたくしここの牧場主である、タケムツと申します」
いや着ぐるみのあんたが牧場主かい!
じゃあ馬を大切にしてるいい人だよ!その着ぐるみは変だけど!
「こんな格好で失礼しました。人目を忍ぶ必要があったもので……」
忍べるか!!
忍べるわけあるか!!!
その恰好で人目が忍べると本気で思っているなら、一度じっくり鏡を見ることをお勧めしたいです。
っていうか、脱がないまま話すの……?
ちょっと面白いのだけど?
「あのー、なぜ人目を忍ぶ必要があるんですか? 私たちの受けた依頼は、畑を荒らすモンスター退治のハズです。誰から隠れる必要があると? モンスターですか?」
父の良い質問が出ました。
僕の心の中の池上 彰、略して僕上 彰が「良い質問ですね」と言っていますよ。
「実は……」
依頼人の……えーと……そう、タケムツさん。タケムツさんはそこで一度言葉を切り、左右を見回す。
本当に人目を避けたい様子……なんだ? どんな裏があるんですかこの依頼?
「実は――――― 畑を襲うモンスターは、新しい領主が操っている、という噂があるんですよ……!!」
………ええーーー……なにそのめっちゃ面倒事に巻き込まれそうな話ーー……。
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