episode2 「よーく考えなくてもお金は大事。」
第9話 そうだ、ギルドに行こう!
「本日の風霧家会議ー」
家族揃って朝食後、まったりしてるタイミングで急に父が声を上げた。
これは我が家では定期的に起こるイベントです。
基本的にあまり自分から積極的に発言しない父が、何か言いたいことがある時にだけ、家族会議の開催を宣言するのです。
なので、それに対する僕の返事はひとつ。
「今日の議題は何ですか?」
父はゆっくりと立ち上がり、僕らをゆっくり見まわします。
なんだろ、珍しいな。なんか楽しい発表でもあるのかな?
「お金が、全然無いです!!!」
……めちゃめちゃ重要な議題でした……!!
・episode2 よーく考えなくてもお金は大事。
「どのくらい無いの?」
「10日後に控えた借金の定期返済日に返せないくらい無いです」
「致命的な無さ!!」
この家を買う時の借金は、毎月少しずつ返している。
いやまあ正確に言えば、この世界には月という概念が無いのですけど、30日毎に返済日がやってくるので「毎月」ということにしている。その方がわかりやすいですからね。
しかしまあ……前世であんなに借金で苦労してこっちに転生してきたのに、こっちでもお金が無いのか……!つらい!
「なんでそんなに無いんだよ」
母さんがまるで人ごとのように尋ねましたよ。
まあ、この家の財布は父が管理しているので仕方ないのですが。
「んー、最近あまりお金になるクエストをやってなかったからね」
「こないだのモンスター退治は?」
宝箱からトモエさんが出て来たやつ。
「アレは、報酬自体はそれほど多くないんだよね。その代わりに、そこでゲットしたお宝は自由にしていいよ、っていう契約だったから」
みんなの目線が一斉にこっちを向きます。視線が痛い!
「ううっ、ごめん、ごめんて。僕の運がないばっかりに……」
実際問題、モンスターを倒したときに宝箱が出る確率とか、中から良いものが出てくる確率がどうなっているのかはさっぱりわからないし、調べても確実な情報はほぼ無かったのですけど、運がいい人は宝箱の中身だけを集めて1年で家を建てたなんて話もあるので、やっぱり運の要素も強いのではないかと……思うわけで…。
それでいて、宝箱を開けられるのは盗賊の僕だけなので、どうしても僕が責任を感じてしまうという仕組みなのだ。理不尽!!
「まあまあ、あの時はそもそも、倒した敵に対して宝箱の出る確率も低かったし、そんなこともあるさ。一攫千金を狙ったワタシたちの失敗だったって話さ」
父のフォローが心に沁みます。
クエストには二種類あり、成功報酬として決まった金額を貰えるけどそこで得たお宝は依頼主に収める「定額型」と、報酬自体は安いけどそこで得たお宝は自由にしていい、という「確変型」がある。
たとえば、「ダンジョンの奥にあるお宝を取ってきてほしい」なんて依頼は、そのお宝を冒険者自ら売ってしまわないように「定額型」で依頼を出し、最初からそのお宝の価値、そしてダンジョンの難易度と危険度に見合う金額を設定しないと受けて貰えないので、コレクションを集めたいお金持ちとかが依頼することが多い。
逆に「確変型」は、モンスターに悩まされているという村人や農民が、お金は無いけどクエストの過程で得たお宝を自由にしていい、という形にすることで安く依頼出来るという、ある種の貧困層に対する救済制度だ。
ただ、「無理してでも「定額型」で依頼を出しておけば高めの依頼料払っても格段に儲かったのに!」と言うようなとんでもないお宝が出て来たという報告も稀にあるので、意外と侮れないのです「確変型」は。
とはいえ、それは稀な話なので、普通は定額型の依頼を受けた方が冒険者としては安定して稼げるのですけど……
「母さんが「絶対確変型が良い!!」って言うから……」
「いやだってさ、考えてみろよ。もし定額型で行った先で、ものっっ凄いお宝見つけたらどうする?めちゃめちゃ悔しいじゃん!後悔するじゃん!!」
言わんとすることはわかりますけど、発想がもうギャンブラーのそれ!
この馬券買っとかないと当たった時後悔するから!って言われてる気持ちですよ?
「でもさー、当たんなかったら損するだけじゃん。確変型は交通費とかも出ないしさー」
妹が現実的なことを言う。
そうなのだ、確変型の基本報酬はかなり安く、しかも交通費や宿泊費は基本出ない。まあ、宿泊は行った先が街や村ならそこの宿とか村長さんの家に泊めてもらえることもあるけど、何せこっちは4人+1匹家族だから目的地へ行くまでの交通費や食費もバカにならないのだ。
結果、ろくなお宝は見つからずに赤字、なんてパターンも珍しくありません。
簡単な依頼なら少人数で行くというのも手ではあるけど、母さんと父さんはもう絶対にセットだ。それは夫婦仲良すぎ問題でもあるし、同時に戦力の問題でもある。母さんの蹂躙ハイは正直、父さんがある程度制御しないと危険すぎるからなぁ。
敵の攻撃どんなに受けてもぐいぐい進むから、この世界にきてすぐの時に一度それで死にかけたし。それ以来、父さんの補助・防御魔法は絶対に必要、という結論になった。
ただ、二人だけだと心配なので僕も……となると妹と猫だけを家に残していくことになる。
――――絶対無理だよそんな心配なこと!!!!!!!!
あああああああああ、僕がいない間に妹に何かあったらと思うとそれだけで心がぶっ壊れそうだよ!!
「うにゃああああ!!!」
「うにゃ!?」
僕が突然奇声を上げたので、ピィが驚いて目を覚ました。ごめんごめん。
ちなみに家族の皆は、「ああ、いつものやつね」みたいな顔だ。慣れている。
……慣れられてるくらい奇声あげてる僕はもう常識人を名乗ってはいけないのでは……? との考えが一瞬頭をよぎったけれど、僕は僕のその声を無視することにした。
だって僕の声を無視したところで僕は傷つかないからね!
よし、落ち着いた。
「とにかく、ギルド行こうよ。稼がない事には話にならないからね」
と言う事で、家族そろってギルドへ。
まだ昼前だからそんなに人はいません。冒険者は、朝一番で良い依頼を探しに来るか働き者か、夜遅くまで酒飲んで昼過ぎにのんびり来る自由人か二種類にだいたい分けられるので、今は中途半端な時間なのです。
僕らが足を踏み入れると、少ない人たちでもざわざわします。
まあ、僕らはこのギルドを半壊させた問題児たちですし、その時に母さんがぶっ飛ばした奴らはそれなりに名の知れた悪童だったらしく、怖がられつつも一目置かれてる、って感じです。
たぶん。せめてそうであれ、という願いを込めて。
「いらっしゃいませ、ギルドへようこそ!」
受付のミミミルルさんがいつもの笑顔で迎えてくれる。ありがたい。客商売の鑑である。ちょっと前に曇り顔を見せられたことはもう忘れます。
とりあえず僕と妹でカウンターに近づいて話しかける。
ギルドの中には広いロビーに机と椅子が置かれているので、両親には後でどの依頼を受けるのか検討する場所を確保しておいてもらって、僕たちがカウンターに良さそうな依頼一覧を貰いに行くという流れがいつの間にか定着したのだ。
余計なトラブルを避けるためにね!!
「どうも、この前はいろいろとお世話かけまして」
「いえいえ、困ったことがあったら何でも言ってくださいね!」
笑顔を崩さない。プロである。
僕はそっと近づいて、依頼の前に気になっていたことを小声で質問する。
「あのあと、どうなりました? ギルド長怒ってました……?」
なにせ母さんが顔面蹴っちゃいましたからねぇ。
ミミミルルさんは一瞬笑顔のまま固まったが、スッ……と顔を下に向けて周囲から見えないようにすると、僕に向けて小さくニヤリと笑った。おお、邪悪な笑み。むしろ可愛いです。
「まあ、イライラしてたみたいですけど……実は、あれから全然セクハラしなくなったんですよ」
「おっと、本当ですか。あの脅し、聞いたんですかね?」
「ええ、お姉さんだけじゃなく、ここで働いてる女子はみんな助かってます。感謝です!」
顔の前で軽く両手を合わせて感謝を表すミミミルルさん。可愛い。
「いやいや、僕らより、あの場でお姉さんがビシっといったのが効いたんですよきっと。お姉さんが勝ち取った勝利です!」
「いやいやそんな」
「いやいやそんな」
「いやいやそんな」
「いやいやそんな」
「……なんかイチャイチャしてない?」
妹が僕らの間に割って入る。
「イチャイチャなんてしてないよ。なんだい妹よ、やきもちかい?」
「あらあらそうなの?お兄さんの事大好きなのね、可愛いわ♪」
言われて、顔を真っ赤にするユウミ。
「ち、違うよ!こんなヤツのこと好きな人間なんてこの世に居る訳ないでしょ!」
またまたぁ、と言いつつその言われようは軽く傷つくぞ妹よ。
「ええー、そう? お姉さんは割と嫌いじゃないけどな~♪」
「「えっ」」
僕と妹の声が完全にシンクロした。むしろハモった。
「そ、その、それ、それは、どどどどどどどうどうどどどと」
「ちょっ、ちょっと、本気!?本気なのお姉さん!?」
兄妹で動揺が酷い。
「うふふふふ、どうかしらねー。お姉さんは大人だから、大事なことは秘密にしておくのよ?」
「ズルい!大人はズルい!!」
「兄ちゃん!こいつびっちだ!絶対びっちってやつだよ!」
妹よ、それはさすがに意味が解って言っているのかい?
「女性にそういうことを言うのは失礼なのでやめようね」
「でも、でもー。兄ちゃんがこの女に食われちゃうー。女に耐性のない兄ちゃんは簡単に篭絡されるし簡単に騙されるし、簡単に金をとられてなんだかんだで家族を捨てるんだ。そして最終的にはこの女にも捨てられて、「僕は全部を捨てて君の為に生きて来たのに!」って泣きすがる兄ちゃんを、「ほんと、馬鹿な男ね…」ってごみを見るみたいな目で蹴飛ばして去っていくんだー!!わかってんだからね!妹はわかってんだからね!」
どんなイメージだ妹よ。
僕もだけど、ミミミルルさんのイメージもだいぶ酷いよユウミさん。
「ふふっ、ふふふっ、あはははっ!」
突然、ミミミルルさんの楽しそうな笑い声。
「ごめんごめん、冗談よ。妹ちゃんが可愛いからちょっとからかっただけなの、ごめんねっ。本当にお兄さんの事好きなんだね」
それに対して妹は顔を真っ赤にして……
「――――――――!!!ユウミ、お姉さん嫌いっ!!」
怒ってカウンターから離れ……るかと思ったら、後ろ歩きで戻ってきてそのままぼくの背中に寄っかかって頬を膨らませている。
……二人きりにしたら兄が誘惑されるかもしれない、とか思ったのでしょうか。
嬉しいような、信頼が無いような。まあでもやっぱり嬉しい。
少なくとも妹に必要とされているのは確かなようですし。
とは言え、です。
「お姉さん、勘弁してください……」
「ふふっ、ごめんごめん」
そう言ってペロリと舌を出すお姉さんは当然かわいかった。くそう、あざとい!!
「おーい、なんか良い依頼あったか?」
席に座ったまま、遠くから母が訪ねて来る。
そうだそうだ、そもそもの目的を忘れてはいけない。
「えーと、お姉さん。単刀直入に聞きますけど―――簡単に大金がもらえるクエストあります?」
「―――ないでーす」
でしょうね。
「じゃあ簡単じゃなくても良いので、なるべくお金稼げるクエスト、お願いします!」
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